第10話_待ちに待った味です
「で、これをどうするんだい?」
「まずは鍋に水を入れる」
「入れましたよ」
「で、これを加熱するんだ」
「魔道具のスイッチ入れたっす」
「よし、じゃあ沸騰するまでちょっと待つよ」
本日の夕食作りで一品だけシュウ達が振る舞うことになっている。
言わずもがな味噌を使った料理である。
何が出るのか知らない村長は作ると申し出た時、冒険者の作る料理に興味津々であった。
「何が出るのか楽しみだのう」
「・・・あまり期待しないほうがいいと思いますが」
一方、何が出るのか知っているニアは不安そうな表情である。
そうこうしているうちに調理が進む。
「よし、沸騰したね。じゃあ砂抜きした貝を入れるよ。熱いから気をつけてね」
「任せるのじゃ」
「ところで砂抜きってなんですかぁ?」
「こういう貝は体内に砂が貯まってるんだよ。で、それをそのまま調理すると砂が残ってるから食べた時にジャリジャリしちゃうんだけど、それを避けるために砂を吐かせることを言うんだ」
「へぇ、シュウさん物知りですねぇ」
学校の調理実習の知識さまさまである。
「よし、再び沸騰したところで味噌を入れる。あ、これは俺がやるね」
そう言ってシュウは加熱を止め、味噌を溶き入れる。
日本で食べたものより塩気が強いので入れる量は少なめだ。
ここで加熱して沸騰させると味噌の風味が飛んでしまう・・・らしいので注意する。
色々仕切ってはいるが基本ふんわりとした記憶を辿っているため完璧な作り方かはどうかは不安が残る。
それでも完成に近づくにつれ、匂いが知っているそれになっている。
「よし、完成だ」
「これで完成ですか?・・・随分簡単ですね」
「でもこれで充分美味しいと思うよ?」
「では食べてみましょう。さ、他の料理もできたようですし食卓へ運びましょう」
村長の奥さんが作っていた他の料理とともにシュウの作った味噌汁が運ばれていく。
そして全ての料理が運ばれたところで食事の開始である。
「さて、これがシュウ殿の作られた料理ですか。・・・随分シンプルですな」
「貝をあのしょっぱいので煮ただけ?・・・ホントに美味いのかい?」
「ま、食べてみてよ」
「では、いただきます」
まずは村長が口をつける。
出来立てで熱いそれを村長は火傷しないように気をつけながらズズッとすする。
そして・・・固まった。
「そ、村長?大丈夫かい?」
「・・・」
「シュウ、一体これに何を入れたんだい?村長が動かないんだが」
「ん?別に変なものは入ってないからニアも食べてみて」
「・・・分かったよ」
シュウが自分でも飲みながら勧めてきたのでニアは自分も口にすることにする。
ズズッ・・・
ニアが味噌汁を口にすると・・・村長同様に固まる。
「え、村長さんもニアさんもどうしたんすか?」
「固まってますね」
「美味しいと思うだけどなぁ」
「ふむ、では我々も食べてみるかの」
そう言って仲間たちも次々に口にして固まっていく。
ここまで来るとさすがのシュウでも困惑してくる。
自分が食べる限り充分に美味しく出来ているはずだ。
しかし他の面々が口にすると次々固まってしまうのだ。
もしかして味覚が異世界から来た自分とは違うのでは?と内心冷や汗を流し始めたところで最初に固まった村長が復活してきた。
「こ、これは・・・」
「あ、村長。もしかして口に合いませんでした?」
「ち、違うのですじゃ。美味しすぎて驚いていたのですよ」
「美味しすぎる?」
村長が何を言っているのかいまいち理解できない。
確かに美味しく出来ているとは思うが、思わず固まってしまうほど美味しいとは思えない。
しかし現実は復活した面々が次々と味噌汁を口にしてたちまち器を空にしていくのだ。
「えーっと、そんなに美味しかったですか?」
「こんなに美味しいのアタイ食べたことないよ!」
「すごく美味しいです!」
「おかわりが欲しいですぅ」
リエルが早速とばかりにおかわりを要求してきた。
だが、リエルが手にしている器の中身を見てシュウは注意する。
「あ、ダメだよリエル。ちゃんと貝も食べないと」
「え?これですか?」
「そう、こうやって食べるんだ」
そう言ってシュウは貝を口元に持ってくると器用にその中身だけ口に入れる。
シュウはこの貝の食感も好きなのだ。
「こうですか?あ、確かに美味しいですねぇ。でもスープのほうがもっと美味しかったですぅ」
「スープ?」
シュウとしては貝あっての味噌汁だと思っていたのだがどうやらリエルの感想は違うらしい。
と、ここでシュウはあることを思い出した。
貝の味噌汁における貝の立ち位置だが、人によって違いがあるらしい。
シュウは具材として扱っているのだが、なかには出汁を取るためのものと位置づけている人もいる。
そして更にシュウはこの世界にきて様々な料理を食べてきたのだが、そのほぼ全てが出汁を使っているような感じでは無かった。
そこで考えついたのがもしやこの世界の住人には出汁というのは馴染みのない存在なのでは、と。
意図せず食材の旨味を引き出すような調理法をしているものでも複数の野菜などを入れれるだけ入れたごった煮、という感じなので一つの食材からしっかりと味の染み出したものを初めて食べた結果が今の状況なのでは、と。
確かに余分な食材を一切使わず貝の旨味のみが引き出された味噌汁は強烈なインパクトをもたらしたようで食べた面々はとても満足そうな顔をしている。
「うーん、アレがこれだけ美味しくなるなんて・・・。何も入れないお湯に入れるんじゃ駄目なのかい?」
「それだとあまり美味しくないと思う。貝じゃなくても何か魚を入れて味噌を使えば美味しいんだ」
シュウは調理実習で得た知識を元に家でも料理の真似事をやったことがある。
その時一切の出汁が取れる食材を入れず、お湯に味噌を溶かしただけの味噌汁を作成したのだ。
それは本当に味噌の味がするお湯、という出来でありお世辞にも美味しいとは言えなかった。
あれは二度と再現してはならない味なのだ。
なのでニアにも注意しておく。
ちなみに味噌汁を獲得したので今日の夕食は今まで足りなかったピースをようやく手に入れたような、シュウ的には完璧な布陣となりいつも異常に美味しかった。
アルスに滞在しているうちに味噌も可能な限り獲得しておくことを心に決めたシュウであった。
◇◆◇
貝の味噌汁に舌鼓を打った翌日の朝である。
この日シュウたちは久々にしっかりとした訓練を行うことにしていた。
内容としてはせっかく砂浜があるので足腰の鍛錬を中心に行うことにしている。
この村に来てから昼を跨いで出掛ける時は毎回村長の奥さんにお弁当を作ってもらっていたのだが、今日はシュウが自ら作っている。
それほど凝ったものを作れるわけでもないシュウが何を作っているのかというと王都からこの村に来た時も食べていたおにぎりである。
しかしただのおにぎりでは芸がないし、訓練で汗を流しているため塩分補給も兼ねておにぎりに味噌を塗り、それを焼いたものを作っている。
通常は火加減に気をつけねばならないそれだがクッキングヒーターに似た魔道具を使うことで比較的に簡単に調理できている。
こうして何の問題なく調理終了、とはいかないのが毎度のこと。
今回はトラブルという程でもないが焼きおにぎり特有の匂いを発生させながらの調理だったため仲間たち、特にリエルが過敏に反応したのだ。
「シュウさぁん、何を作っているんですかぁ?」
「今日のお昼ごはんだよ」
「いい匂いですねぇ。・・・ちょおっと味見させてもらえませんかぁ?」
「お昼までのお楽しみだよ。っていうか今朝食食べ終わったばかりだよね?」
「むぅ、いじわるですぅ。こんないい匂い嗅いだらお腹が減っちゃいますぅ」
「ダメったらダメだよ。お昼まで我慢しなさい」
「むうううぅ」
リエルが両頬を膨らませる。
その仕草は確かに可愛いのだが一応は女神様なので自覚を持って欲しいと思うシュウである。
隙を見てリエルが手を出しそうになるのを牽制しながら調理を終え、容器に入れたら後はいつも通り収納袋に入れて完了である。
収納袋に入れるまでリエルの視線が外れることは無かったが、入れた瞬間の悲しそうな顔は思わずひとつ上げようかと思ってしまうほどだったが、何とか我慢して収納した。
「むぅ、こうなったら早くお昼になるように頑張って特訓しますよぉ」
リエルが宣言しつつ外へ向かって行った。
仮にリエルが物凄く特訓を頑張ったとしてもお昼までの時間に変わりはないと思うのだがやる気になっているので特に水を差すようなことはしないでおく。
こうして特訓するために出掛けるのかお昼を食べに出かけるのか分からなくなりつつも出発するシュウ一行であった。
たまに砂抜きされたあさりの冷凍が安く売ってたりすると買いだめしておいてます。
貝の味噌汁はこだわらなければ簡単に美味しくできるので重宝しますね。




