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パーマン

店を出ると吾輩が飛びついてきた。

なんだ、けっこう懐いてかわいいじゃん。


「おい、買ってきたぞ、どこで食うんだ」

「フニャー!フニャー!」


違った。ただの威嚇だった。

ケンタッキーを目の前にして喋り方も忘れたのかコイツは。

吾輩は興奮しすぎて逆毛を立てて手に負えなかった。

フニャーフニャーと鳴きまくって俺の周りをグルグル回ってジーパンに爪を立てて引っ掻いて裾に噛み付いて離れない。

そして離れたと思ったら信号待ちで渋滞のタクシーの屋根に乗ってまた俺を威嚇してきた。

ただのバカ猫だコレ。


俺はそこから一匹の猫にまとわりつかれながら駅の方に戻りサザンテラスを歩いたが、残念なことに、ちょうど昼時のサザンテラスの両側の植え込みは人がいっぱいでまるで座る所がなかった。

というかそもそも人が多い場所で猫とケンタッキーを食うなんて馬鹿らしくて無理だ。

そう思って吾輩を見てみればすごい勢いで植え込みに潜ったかと思えば突然飛び出してきて散歩中の犬に突っかかったり、人間動物植物関係なしに絡んでどうしようもない。

仕方ない、紀伊國屋の方に行くか。

   

しかし見回してみれば街で時間を潰してる奴がけっこう多い。

ケータイをいじってる奴もいればジュースを飲んでる奴もいるけど、中には何もしてない奴もいる。

まったく人類全部の、時間を潰してる時間が無くなったらどんだけ世の中が進歩するのかわかんねーや。

やっぱ世の中、効率効率っていうけど土台無理なハナシなんだな。

俺はそう思う。

効率良く物やらサービスやらを作って提供して、誰かが無駄にする。

そこら辺突き詰めていくと、人間、食い物作って食って糞して寝とくのが一番無駄がないように思えるぜ。


俺はそこからイーストデッキを渡りタカシマヤタイムズスクエアの板張りの連絡通路を紀伊國屋書店の方に歩いて、ビルとビルの間にある小さいガーデニングの広場のベンチに座った。

吾輩もベンチに飛び乗りピッと猫座りになった。


「おー、落ち着いたか」

「ふぅ、もう大丈夫じゃ」

「ケンタッキーの袋を奪って逃げるかと思ったぞ」

「吾輩子供じゃないんじゃ」


チキンごときで我を忘れるお前をケータイで撮っといてやればよかったぜ。

まぁ俺も腹が減ったからもうどうでもいいけど。


「じゃあ食うか」


俺は袋から箱を出そうとした。


「待て拓郎」

「なんだよ、待ちわびてたんだろ」

「皿はあるのか?」


はい? 何言ってんだこの猫?


「吾輩ケンタッキーは皿に盛って食いたい」


ふざけるな。


「持ってるわけねーだろそんなもん」

「そこの高島屋で買ってきてくれ」

「マジで言ってんの?」

「マジじゃ」


ちょっと待て、冷静に考えろ。

吾輩がつぶらな瞳で俺を見つめる。


「なぁ吾輩」

「なんじゃ」

「つぶらな、ってどういう意味?」

「まるくて、かわいらしい、という意味じゃ」


そんな目で俺を見やがって。

たしかに、たしかに食い物を皿に盛って食うのは分かる。

百歩譲ってそれが猫の発言だとしても。

だけど、客観的にみて、競馬で勝った高校生が? ケンタッキーの袋をぶらさげ? 高島屋で高いお皿をお買い上げ? おかしいだろ。


「マジでかよ」

「マジでじゃ」


マジでかよ…

俺けっこう良いヤツなんだよ…


 ♪


結局、俺は皿を買いに行った。

人生初のマイ有田焼、一枚七千円。

ベンチに戻ってくると同じ場所で吾輩がピンと猫座りで待っていた。

新宿のベンチで猫と一緒にケンタッキーを皿に盛って食う。馬鹿げてるぜ。


「ずっとそこで待ってたのか」

「そうじゃ、吾輩ずっと拓郎を待ってたんじゃ」


散々歩かされて今さら一途にずっと待ってたとか言われてもな。


「吾輩拓郎を信じてたんじゃ」


ちっ、さらにまともに言われてちょっと恥ずかしいじゃねーかよ、いちいち歯がゆい猫だな。

でもな、腹を空かせた猫だからな、そう思えばかわいいもんだぜ。


「吾輩、腹減ったか?」

「吾輩腹ペコじゃ」


しかたない、好きなだけ食わせてやるよ。


「いま出してやるからちょっと待ってな」


俺は箱を袋から出した。

チキンが入った箱が湯気でふやけてる。


「おい拓郎」

「なんだよ、次は漆塗りの箸買ってこいとか言わねーだろうな」

「言わん、取り出すときはおてふきで手拭いてくれよ」

「へいへい、仰せのとーりに」


俺は手を拭いてチキンをベンチに出した皿の上に乗っけてやった。

吾輩はチキンをペロペロと少しなめて、それから少しずつ、小さくむしゃむしゃと食べ始めた。

けっしてガッつかず少しずつ口に運ぶ。

ネコが 上品に チキンを お召し上がる。

落ちぶれた貴族かお前は。

俺は自販機で買ったペットボトルの水を一口飲んで一息入れた。


「なぁ吾輩、一枚七千円の有田焼に盛られたケンタッキーは美味いか?」

「極楽浄土の味じゃ~」


ふっ、幸せなヤツ。


「好きなだけ食っていいぜ」

「まことか?」

「まことじゃ」

「吾輩幸せじゃ」


俺も食おう。


「いただきまーす」


俺もチキンを取り出して食べた。猫と二人でケンタッキーを食べた。

美味い。皿を買いに行ったせいで少し冷めてるけどケンタッキーは美味い。


「美味いな」

「美味い、すごく美味いぞ、めでたしじゃ、拓郎に感謝じゃー」


なんだかすごくいい気分だ。

猫に親切にすると幸せな気分になれるんだな。

吾輩いい奴だぜ。


「季節のチキンは皮がパリパリなのが売りだけど、歩くうちにパリパリはふやけてチキンぬるくなっちゃってるな」

「熱々のチキンは吾輩苦手だったんじゃ」



前言半分撤回、コイツチキンが冷めるのを待つために皿を買いに行かせやがったな。


「なぁ吾輩、チキン冷ますために皿買いに行かせただろ」

「結果的にチキンが冷めてしまったんじゃ」

「うそつけ」


確信犯め。


そこでメールがきた。さっきの返信だ。


【それバーマンだよ、どうしたの?】


「おい吾輩、吾輩はパーマンて猫らしいぞ」

「なんじゃ、頭悪そうじゃの」

「子供には好かれそうな名前じゃん」

「吾輩は吾輩じゃ」

 

【新宿で見つけた。】


「なんじゃ小娘か?」

「そっ、クラスの小娘」

「交尾した小娘か?」


…、ちょっとチキンをこぼした。


「してねーよ!」

「交尾したい小娘か?」


【かわいいね】


好きな女子とのメールのやりとりと隣で一緒にケンタッキー食ってる猫との会話が交錯する状況ってめんどくさい。


【かわいいけど、そうでもないよ】


「フラれちまったんだからしょーがねーだろ」

「なんじゃ、情けない、なんという小娘じゃ」

「名前?鹿瀬麻衣子、かわいいだろ」

「名前だけじゃわからん」


そりゃそうだ。


【うそぉ、かわいいよ!】


「デートはしたぜ」

「ほぅ、楽しかったか」

「まぁまぁだったかな、映画も面白かったし好きな女子とデートだし」


【今なにしてんの?】


【お母さんと買い物中だよ】


やばい、お母さん出てきた。


「そのわりにつまらなそうに語るの、お主なんで麻衣子を競馬場に連れて行かなかったんじゃ」


はぁ?


【お母さん】


やばいお母さん間違えた。


【なにその件名…、本文ないよ??】


【ごめん今の間違い、今ちょっと猫で忙しいからまた今度話す!】


「高校生がデートで競馬場とかどう考えてもありえないわ、ってか吾輩のせいで麻衣子に【お母さん】ってメール送信しちまったじゃねーかよ」


意味がワカラン上にこの上なく恥ずかしいメールすぎる。最悪だ…


「知るか!なんでじゃ!」


もう話がゴッチャゴチャだ、えーと、「デートに競馬場なんて行けるか」「何でじゃ」、この流れだな

まったく社会の仕組みが猫基準で困る。


「そもそも馬券は二十歳未満は買っちゃいけねーんだぞ」

「吾輩が言いたいのはそういうことではない」


じゃあなんだよ。


「じゃあなんだよ」


思わず頭と口で二回も言ってしまった。


「お主競馬が好きなんじゃろ?」

「何をいまさら」

「じゃったら、好きな小娘じゃったら、自分が好きな場所に連れ行くのが純粋じゃろう」


お?

俺は考えた。

たしかにそうだな。

…いや、むしろ言われてみればそれ以外ありえないような気がしてきた。

好きな女の子を自分が好きな場所に連れていく。

それでいいじゃん。

映画好きでもないのに映画なんて連れて行ってどうすんだろ。

たしかに競馬場なんて連れて行けばドン引きされる可能性もあるけど、俺はすげー楽しいと思う。

そういうこと一緒にしたいから好きなんじゃん。


「でも、競馬場ってそこら辺に新聞とマークシートが散らかって、ゴミ箱に馬券を漁る小汚ねーおばあちゃんとかいるぞ」

「お主はその馬券を拾うばーさんを見てどう思うんじゃ」

「別に嫌悪感とかねーよ、しかたねーよ人間だしさ」

「そう麻衣子に言えばいいんじゃ、拓郎の世界観が大切なんじゃ」


俺の世界観か…


「そうじゃ、男と女が二人並んで同じ光景を見る。隣にいるお主がそれを見てどう思うのか、麻衣子はそこが知りたいんじゃ、女にせよ男にせよ相手を選ぶ時そこが肝要なんじゃ」


これが1歳の猫の恋愛感覚なのか。

猫ってすげー。

世田谷生まれの恋の伝道師妖怪猫すげー。


「吾輩ただの猫じゃ」


そんなワケあるかよ。


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