魅蛆死暗-邪威闇ノ羅異侮≪ミュージシャン-ジャイアンのライブ≫
久しぶりの更新で、次話に回そうとしていたストックも突っ込んだので少々長くなりました~。今回は…ジャ〇アンといえば定番の…。
「おはよう!」
通学途中、ぼくは見覚えのある背中に声をかけた。
「お、おはよう…」
恥ずかしそうに挨拶をしてくれたのは…そう、しずかちゃんだ。
ああ、もう何だろ、ふふふっ、何か新鮮だなぁ!
少し間を開けて返ってきた返事にぼくはそう思う。なぜならこのやり取りは昨日までなかったからだ。
昨日のことは…。
ぼくにとっては多分、忘れられない出来事になるだろうな…。それくらいに衝撃的な体験だった。
薬の効果を得たぼくは自分でも信じられないことを連続でこなし、いつの間にか、彼女の心を開くことに最高したんだ…!
まさにミラクル。ドライモンには感謝してもし足りないぐらいだ。
でもあの後お礼を言うぼくに、彼は、俺は礼に値するようなことはやっていない、と謙遜されたけどね。
「やっぱり、まだ慣れないね…」
ぼくの隣を歩きながら、しずかちゃんはそわそわしていた。
「え、何が?」
「その、誰かと一緒に、登校するのって…。あ、イヤな訳じゃないの!…ただ久しぶりだから…」
何だそんなことか。ぼくは少し安心した。
「ゆっくり…慣れていけばいいよ」
「う、うん。そうだよね。ありがとう、もぶ太くん!」
彼女はそう言ってはにかんだ。
ぬぅ…。…か、かわいいなぁっ…!!
惚れてまうやろー。いや、もう惚れてるんだけども。
チャーミングな笑顔に、ぼくは軽くめまいを感じてふらついた。
「大丈夫!?」
ああ、そんな接近しないで!覗きこまないで!今は薬も何も飲んでないからっ!
「熱があるんじゃない?」
心配そうな顔でそう言って彼女は急接近。同時にシャンプーや洗剤が混ざった、花のような清潔感溢れる香りがぼくの鼻腔を刺激する。
え、何?、なんなの?ちょ、これ以上はヤバいって…!
ぼくが状況を理解する間もなく…
ぴとっ。
お互いのおでこがくっついた。
「~~~ッ!!」
ぼくは頭がショートするのを感じたが、辛うじて意識を保てたのは日ごろからのドライモンの指導の賜物といえるだろう。
今までのツーンとした態度が一変した、しずかちゃんのデレは破壊力抜群だよ~…。
朝っぱらから、ぼくの頭のネジは数本紛失した。
おかげで授業中、ぼくは先生に3回もひっぱたかれる始末だった。
◆◇◆
給食を終えた昼休み。
クラスでは、いや学校では、しずかちゃんの話題でいっぱいだった。
そりゃそうだろうね、なにせ【絶対零度の女王】と呼ばれた彼女が一夜にして壮絶な変貌を遂げたんだから。
当たり前だが今現在、当の本人の机の周りには≪軽い人だかり≫ができ…
いや、ちがうね。その表現は正しくない。
だって…
「しずかちゃんってさ、どこに住んでるの?」
「あ、ハンバーグ好きなの僕と同じだ!」
「給食の後に、一緒にグランドで遊ぼうぜ!」
「昨日のアレ観た?え、観てないの?アレ絶対オススメだって~!」
「今度、ボクん家においでよ。良いもの見せてあげるよ!」
「オレさ~…」
そう、≪軽い人ばかり≫で≪軽いひとだかり≫ができていた…。構成員はもちろん男子。
「あ、えっと、そんなに一度に言われても…」
聖徳太子ではないしずかちゃんは、その中心で困り果てている。
…何、こいつら。
その様子を遠巻きに眺めていたぼくは苛立ちを感じた。無意識に膝が貧乏ゆすりを起こしていて、ぼくの机の上だけが軽く震度4を超えている。中でも牛乳パックはいつ倒れてもおかしくない状態であった。だが、心中穏やかでないぼくにとってそんなことは些末なことだ。
…気持ちは分かるけど、がっつき過ぎじゃない?
彼らはぼくと同じくしずかちゃんに惚れてアピールするも、今まで相手にもされず、軽くあしらわれてきた連中だ。彼らの取って、今回の彼女の変貌ぶりは千載一遇のチャンスだろう。…が、いきなりじゃね?
あ、しかも後半のセリフはツネオだな!有利側、お前もか!ちゃっかり混ざりやがって~!
なにせ社交性ゼロでも男子の人気を博していたしずかちゃんだ。そんな唯一の欠点が改善された、彼女に
もはや死角はなかった。…そして代わりに刺客が増えた。文句無しの学校一のアイドル誕生だよ~…。
そもそも彼女が過去にいじめを受けた理由も案外、異性からの注目を集め過ぎて女子の反感を買ったからなんじゃないかな、とさえ思えるね。ま、この学校にはそんなことを一々ひがむ女子もいないから心配いらないけど。
「ちょっと男子!嫌がってるでしょ」
「そうそう、ナンパなら他でやってよ」
「お、おいなんだよ…」
「は~い邪魔、邪魔ー!」
おお、言った傍からそう言ってクラスの女子たちがの登場だ。彼女たちは尚もブツクサ言う往生際の悪い男子どもを、半ば強制的に追い払ってくれた。
ここにきてのフォロー…。これは同じクラスの女子の間では、早くも関係が回復していることを表していた。
彼女たちの活躍で漸く、しずかちゃんは≪軽い人ばかり≫から解放される。
…よかった、よかった。グッジョブだよ、女子の皆さま!
ぼくは二重の意味でほっと一安心だ。いつの間にか地震も止まっていた。牛乳パックは…既に倒れていて、ストローから少量の牛乳がこぼれていたけどね!何はともあれやっとぼくも落ち着いて昼食を再開できるんだから、一件落着だよ。お、今日のメインはハンバーグか~♪
が、それは…甘い判断だった。と言うべきを得ない局面を迎てしまう。
「もう大丈夫だからね~」
最初に≪軽い人ばかり≫を注意した女子がそう言った。
「ありがとう、えっと…遠藤さん…?」
「やった、名前覚えててくれたんだっ!」
しずかちゃんの一言に遠藤さんはガッツポーズ。
「でもそれじゃあ固いから、これからはももこって呼んでね!」
「…うん、ももこちゃん…」
しずかちゃんは顔を赤らめて恥ずかしそうにそう返すと、気のせいかもしれないが、女子のボルテージが……上がった?
「きゃー、聞いた?今のかわいい声!」
遠藤さんもとい、ももこちゃんは有頂天になり、背後から彼女を抱きしめる。
「一度こうするのが夢だったの…!」
そして頬ずりまでし始める。しずかちゃんは困惑して目を白黒させていた。
え……?自分の机では、早くも余震が観測される。
「あ、ももこだけズルーイ!」
「私も~!」
「わたしのコトも名前で呼んで!」
きゃっきゃ、うふふ、と姦しい嵐が巻き起こっている。
…………。
な、なにぃー!!
ザシュッ…!
ぼくは焦りのあまり、ハンバーグに向かうはずのフォークを机に突き刺してしまった。
度重なる地震により、ついに机の天板は、地割れを起こしたようだ。
普通なら机を穿つほどの出来ごとに驚くべくなのだが、もう今の彼は、もぶ太でありながら、もぶ太ではないのだが、常軌を逸したもぶ太であった。よく分からない表現ではあるが、要はそれぐらいに彼が動揺していたと理解して頂ければ十分である。
ももこちゃんたちも結構アブネェぇー~!!とんだ伏兵だよ!
敵は男子だけにあらずってこと!?そ、そんなバカな…!
群がる女子、戸惑うしずかちゃん、そしてそれを見て激しく焦る僕。
三者三様の昼休みはそうこうしているうち、チャイムと共に終わりを告げた。
◆◇◆
その後も遊びの誘いを山ほど受けていたしずかちゃんだったけど
丁寧に全部断って、結局ぼくと帰ることになった。
まだいきなり遊んだりはムリらしい。
うれしいな…。
それでもぼくは、自分を優先させてくれたような気がしてそう思った。特に昼休みが散々だっただけにそれは一入であった。
ま、2人きりならもっと、もっと!…よかったんだけどね。
「へぇ~、家こっちなんだ~」
「オレんちこの近くだぜ?」
「だから、遊ばないって言ってたでしょ。ねー、しずかちゃん」
「あ~、またさりげなく手ぇ握ってるぜ!ももこのヤツ!」
男女問わずクラスの半分が彼女に同伴してやがるんだ。中には絶対家路と逆方向な奴までいる。
しかも、その殆どがさっきから我先にとしずかちゃんに話しかけようと必死だった。
その様子はさながらに芸能人に群がるマスコミを思わせる勢いだよ…。
おかげでさっきから、ぼくは全く彼女と会話ができない。
帰れよぉ!帰ってくれよ!そしてぼくをハブるんじゃない!
何だよ、畜生ッ~!ぼくだって…。
もぶ太が一団から少し距離を置いた後方で、静かに憤りを感じていた時だった。
先頭集団がちょうど空き地にさしかっかったころ、急に彼女の取り巻き連中の動きがぴたりと止まった。
あまりにも不自然な様子にぼくは疑問を感じる。
な、何?どーしたの?
「じゃ、じゃーねぇ~…!!」
「また明日、しずかちゃん!」
「キミも逃げてっ!」
ぼくが、どうしたんだよ!と言ったときには彼らは足早にその場を去っていた。
「おう、もぶ太じゃねぇか。…としずか、か?」
背後から声がかかる、そして振り向いたぼくは彼らの行動の意味を理解したのだった。
「じゃ、邪威闇…」
そう邪威闇だ。だがそれだけならどれほどよかったことか。ぼくは絶望した。いつもとは違う彼の格好に…。
皮ジャンを着てロックテイストでまとめられた彼の姿に。すぐに下校してそのまま空き地に寄って着替えたのであろう。
や、ヤバいぃぃッ!!
もぶ太は内心でシャウトした。
空き地に佇む彼を見て、自分の本能がそう告げている。
今すぐここから逃げないと…!
足がひとりでに後退を始める。だが、もう時すでに遅し、完全に手遅れだった。
「ちょうどいいトコに来たもんだ、2人とも一曲聴いてくれよ」
邪威闇はそう言って、もぶ太に迫る。
「あ、いや、ぼくは…」
「…なんだよ」
じろりと睨まれてぼくは委縮する。
「や、その、しずかちゃんが…ね?」
邪威闇の強烈な圧力に圧されたもぶ太は、とっさに彼女に丸投げしてしまう。
でも、ぼくは別に投げやりになったわけじゃないんだ。
頼む、しずかちゃん。キミはかつて魔王の上に君臨する存在だったじゃないか!
「興味無いから。…邪魔だからどいて?」
くらいのヤツを一発お願いしますぅ!今こそ、絶対零度のお断りを見せてくれっ…!!
しかし、ぼくの懇願する目線など届かずにしずかちゃんはあっさりと一言。
「一曲ぐらいなら…別に私は」
「お、おう。ありがとうな…」
予想外の返答に少し面喰った様子だったが邪威闇はぼくらを空き地の中央へといざなう。
そこには邪威闇の取り巻き連中が5、6人、顔面蒼白で正座していた。
その目にすでに光はなく、うつろな目で正面を見据えている。
ぬがぁぁぁ!ダメだったぁ~!!今の彼女は優し過ぎるんだったよ!
客席に座らされたぼくは頭を抱えた。邪威闇の一曲ってのは建前に過ぎないんだよ、しずかちゃん!
結局、されてもいないアンコールにまで応えて最低10曲は殺るんだから。
というか彼女は邪威闇伝説を知らないんじゃないか!?
あの魔の伝説を…
☆邪威闇伝説その3、羅異侮
数ある彼の伝説の中でも史上最悪と言われ、邪威闇を魔王たる存在にしているのがこの羅異侮である。
平たくいうとライブ。
邪威闇が歌う生ライブ。
え?下手なんじゃないかって?
いやいやとんでもない。
凄いんだよホントに。
なんならライブ中に卒倒する者が続出するほどのライブ。
お客さんも叫びまくる激アツイベント。
でもね、卒倒もファンコールも理由が感動でも興奮でもなく条件反射なんだ…。
その歌声を聴くと…。
…口にするのも恐ろしいや。
とにかく下手だの音痴だのの生易しいレベルじゃない。
阿鼻叫喚、一触即発、慇懃無礼…。あ、最後のは違うけど、とにかく、規格外にヤバいんだ。
ああ…!!
こんな説明をしてる間にもう邪威闇の準備が整ってしまった!
ぼくはなるべく耳を密封するようにしずかちゃんに指示して、自分もそれに倣った。
もぶ太の予想通りに彼女は、自分の快諾が間違いだったと、身をもって思い知ることとなった。
「♪あぁあ~!!マイクテスト、マイクテスト、ヴらああ゛ぁぁ~!!」
「「「ぎぃゃあぅあぁっぁぁッ!!!」」」
その場にいた全員が頭を抱えて座り込む。彼らの口から洩れたのはある意味魂の叫びだった。
もちろんぼくもしずかちゃんも例外ではない。歯を食いしばって、一心不乱に自分の耳を押さえていた。
彼女は目じりに涙を溜めながらしきりにぼくの方を見てきた。
その目はひたすら『!?』を連発していた。
そんな目で見ないで!もう、もう耐えるしかないんだッ!
野良犬、野良猫、スズメにカラス…。その音は届く限り、生きとし生ける物全てに平等に襲いかっかった。
流石は邪威闇、恐るべし魔王…!!マイクテストでこの破壊力。
もう兵器の域に達している。
おそらくアメリカ軍も使用する軍事音響兵器、『LRAD』にも引けを取らないことだろう。
「よーし、盛り上がってんな、みんな!じゃあ、まずは恒例の一曲から。『お前の物は俺の物』、いくぜっ!」
ラジカセからイントロが流れ出し、彼がマイクを掲げる。…無情にも死の祭典が幕を上げたのであった。
「「「あ゛あ゛ああぁぁぁッ!!!」」」「きゃあぁーっ!」
青空の下、空き地の真ん中で数名の男子に混ざって、哀れな少女の叫びが木霊した。
◆◇◆
そして紆余曲折あって、というか、中盤から客席には意識を保てた者がおらず、もぶ太も皆と同様白目を剝いて気絶していた。
「…センキュゥぅーだぜ、みんな!!」
キィーンとハウリングを響かせた、邪威闇のこの言葉をもって、漸く音の暴力は終了した。
なんとか意識を取り戻したもぶ太が、未だ平衡感覚が戻らない体をひねって隣を見ると……
…そこには目を閉じて、糸の切れた人形の様に崩れ落ちている少女の姿があった。
「し、しずかちゃんんんっ!?」
返事が無い。
無視ではなく完全に失神している。邪威闇耐性のなかった彼女にとってあの歌声はとりわけ凄まじいものだったのだろう。少し強めに方を揺さぶったくらいでは全く反応しない。整った容姿も相まって、ますます人形の様だった。
「た、大変だよ、みんな!」
もぶ太は周囲に助けを求めようとしたが、同じく怪音の被害を受けていた男子どもはすでに歩く屍と化していて、災厄の原因。…諸悪の根源たる魔王までもが『オレ様、このあと店番があるから!』とすでに立ち去っていた。
ふざけるなよぉぉ!!
ぼくはどうしようもなくなって、恒例の助けを求めた。
「ど、ドライモーン!!」
必死の叫びではあったが、助けが来る可能性は低いだろうともぶ太は思っていた。
が、その意に反して、僅か数秒後には重厚感のあるマフラー音を響かせるハーレーダビットソンに跨って長身の男が銀髪をなびかせながら、颯爽とやってきた。
まさにピンチのヒロインを助けに現れた主人公さながらの登場だ。
ドライモン、ともぶ太が口を開く前に、彼はさっとバイクを下りてしずかちゃんの容体を確認し始めた。
「ふ、原因は分かっている。…酷い音だったからな。500m離れた地点にいてもあの音は聞こえてきた。あれは対策を打つべきかもな…。…もぶ太こそ大事ないか?」
ぼくは無傷とは言い難いが、彼女ほどではなかったので黙って頷く。するとドライモンは再度診療を再開した。
「初見ではあるが、聴神経を通して大脳の聴覚中枢に影響が及んでいるな。…何、そんな不安そうな顔をするな、恐らく数分後には目を覚ます」
「ホント!?」
彼は心配げなもぶ太の頭を撫でて、鷹揚に頷いて見せた。
「別に殴られた訳じゃない。ちょっと気を失っているだけだ。…もっとも、不憫ではあるが…」
最後の部分に心を込めてそう言ったドライモンは、早くもバイクに跨っていた。
「じゃあ、俺はまだ用事があるんでな。後は任せたぜ…」
次の瞬間アクセルが勢いよく稼働し、こ気味のいい音と共に彼は去って行った。
「ちょ、ちょっと任せるって~…」
と言っても後の祭りなので、ぼくはしずかちゃんの隣に腰を下ろした。
「…ん、…あ、あれ?……私…。…それに、もぶ太くん…?」
ドライモンの言うとおりに、暫くすると彼女が目を覚ました。そして自分と、もぶ太と、最後に空き地を見渡して、はっとした。どうやら現状を理解したようだ。
「ごめん、しずかちゃん!」
ぼくは開口一番、謝った。
当たり前のことである。ぼくがもっと勇気を出して断っておけば彼女はこんな目には遭わなかったのだから。
「あ、謝らないで、もぶ太くん。悪いのはもぶ太くんじゃないよ…」
「や、でも…ぼくが断っておけば…」
が、しずかちゃんは頭を横に振る。
「豪打くんの…う、歌のことを知らなかったのは私だし…。…お互いに、次からは気をつけましょ」
そう言って笑顔になられた暁には、ぼくがこれ以上謝ることはなかった。
「帰ろっか」
「…そうだね」
日が傾き始めた夕暮時、結果的にぼくが望んだ2人きりの状態でぼくらは一緒に家路に向かって歩き出した。
まだ並んで歩くのが精一杯なぼくらに代わって、夕日に照らされた二つの影が、お互いの肩を寄せるようにアスファルトの上に映されている。
そんなことは知らないが、茜差す帰り道、メガネの少年は幸福だった。
最近忙しいことと、他作品との並行作業で思うように更新がままなりません。申し訳ないです…。それと、相変わらず感想お待ちしております!