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プレイボールとプレイボーイ

どうか生温かい目で見守ってください。

…通報はしないで~!!



「ふーー」

マルボロの煙を細く吹きながら、彼はヴェルヴェットで仕上げた高級ソファーに腰を下ろす。


「どうぞ…」

「…ああ」

そしてロックアイスの入ったグラスに上等のマッカラン19年を隣に座る美女に注がせて軽くあおった。


ドライモンの至福の時である。


彼は思う。

やはり仕事の後にはこれに限ると。

酒は疲れた体を潤し、女は渇いた心を潤してくれる。

それはAIも例外ではない。


それはそうと隣で甲斐甲斐しく世話を焼く美女は

ドライモンの妹設定とは名ばかりの人型AI『イリーナ』である。

非常に完成度の高いヒューマンアンドロイドで若い金髪ロシア人女性を象っている。


彼女の本来の役割はもぶ太に女性耐性を付けさせるための練習台だったが、

あまりにドライモンがイケメン過ぎることや、もぶ太が不甲斐なさすぎることもあって

今ではすっかりドライモンの愛人である。


「ドライモン様、本日もご苦労様でした」

そう言って二杯目を注ごうとする彼女の姿は色気たっぷりで、並みの男なら惚けてしまうことだろう。

因みにもぶ太は彼女の半径2m以内に入ると鼻血を出してしまうレベルだ。


しかし流石はドライモン。何の気なしにそれを受け取り今度は一気に飲み干した。

「いや、まだ仕事はあるさ…あと30分もすればもぶ太は下校してくる。彼が安全に帰宅出来るとは思えん」

サッと彼はソファーから立ち上がった。酔いを全く感じさせない動きである。


「もう、行かれるのですか…?」

名残惜しそうな声を出すイリーナに彼はニヒルに笑ってこう告げる。


「楽しみは後に取っておく性分なんでね…。…今夜は覚悟しときな…」

そう言って彼はコートを羽織ると颯爽とBAR もとい押し入れを後にした。


「も、もう…ドライモン様ったら…」

後には赤面してもじもじするイリーナが残った。



◆◇◆


場所が変わってとある空き地

三本の土管が積み上げられているのが特徴的な子供たちの遊び場である。


しかし現在、その遊び場は魔王に占領されていた。

彼はシンボルである土管にまるで玉座であるかのようにふんぞり返っている。

そう、魔王 邪威闇ジャイアンである。


そして彼の目線の先には…


下校途中に拉致られたもぶ太がいた。



か、帰りたい…。

もぶ太は心底そう思った。


「おい、もぶ太。ありがたく思えよ?せっかく邪威闇が遊びに誘ってくれたんだからな!」

相変わらずキンキンと耳障りな声でツネオが喋る。


誘うだって、これは誘拐だろ?

だが、もぶ太はぐっと不満を我慢する。

ここで毒気づいては後々が面倒になることを知っているからだ。



「よし、まあもぶ太も来たし、始めるか!」

その一言が処刑リンチの始まりの合図だった。



突然だけどみんなは野球ってものを知っているかな?

しってるよね?

人数云々はともかくアバウトに言えばボールをバットで打って遊ぶ球技だよね。


でもこの邪威闇ジャイアン式草野球はちょっと、ううん、大分違うんだ…。


まず、ピッチャーがいない。

だからバッターはトスバッティングの要領でやるしかない。

でもそこが問題じゃないんだ。

問題なのは野手がたったの一人でマウンドの真ん中に立っていなければいけないということ。

そしてバッターはこの野手の体めがけて打球を放つというシステムである。

野手が立っていられなくなったら打者の勝ち!

…無茶苦茶なルールだ。

もちろん野手は決まってこのぼくになる。

避けようにもぼくの運動神経には限界があるし、避けたら避けで野次を飛ばされるし…。


特に邪威闇のヤツは当たれば死にそうなぐらい痛い。

ぼくは多少の痛みには耐えられる方だけど、あれだけはムリ。


…分かってくれた?もうベースボールというよりデースボールなんだ。



「プレイボール!」

ツネオが高らかに宣言する。


プレイの意味が違うだろ!これはもうSMバッティングだぞ!


しかし虚しいかな…ぼくは指示通りのポジションへ。



すると最悪なことにのっけから邪威闇が打席に立った。


昼間の仕返しのつもりか…?

あれはみんなが勝手にしずかちゃんにビビッただけじゃないか!


心の葛藤をよそに彼は素振りをする。

ビュンビュンという音が聞こえて背筋に冷たいものが流れる。

さっきも言ったが彼の打球は伊達じゃない。

豪打という名字が影響しているんじゃないかと思えるほどの強烈スラッガーだ。


ぼくはメガネだけでなく骨の一つや二つを諦めてぎゅっと目をつぶる。


ガキンッ!ビュン!…パァーン!!


ううっ



「……?」

音の割に一向にこない痛みに違和感を感じてゆっくりと顔を上げる。


するとそこには呆気にとられる邪威闇軍団と木っ端みじんに吹きとんだボールの残骸があった。


「うそだろ…あれ、硬球だぜ…?」

邪威闇も驚きを隠せないようだ。

だがそんな彼に追い打ちをかけるように今度は土管が音を立てて崩れだす。

「うぉ、おわっ!?」


「「ひ、ひぃぃ~!」」

「お、おい。おまえら、…オレ様をおいていくな!」

ツネオを皮きりに取り巻き達は一斉にその場を去り、それを追いかけるように邪威闇も走って行った。


ヒューと風が吹いて落ち葉が一枚舞い上がる。

空き地にはぼくだけが残った。

何はともあれ助かった、狐につままれたような気分になりながらもぼくは家路についた。



◆◇◆



時刻も変わって場所もBARに戻る。

BGMにジャズが流れるそこでは昼間と変わらぬやり取りが行われていた。


「流石です…。ドライモン様、あんなにも華麗にもぶ太を救うなんて!」

昼間とは少し違う甘い声でイリーナは囁く。その頬は既に朱に染まっている。


「なんだ見てたのか」

ドライモンに驚く気配は微塵もない。

むしろくつろいだ様子で煙草を灰皿で潰した。


「ええ、不躾とは思いましたが気になって仕方がなくて…」

「まあ、監視カメラへのハッキングも程々にな」


「はい。しかし誰にも気づかれることなく800ヤードも離れた場所から剛速球だけをを正確に撃ち抜くだなんて…。もう私の心も撃ち抜かれましたわ…」

彼女は恍惚の表情をドライモンに向けていた。


「大したことじゃない、運が良かっただけだ」

彼は目を閉じ、静かにグラスを傾ける。

カラン…と小さな音が室内に響き、哀愁すら感じさせる。


「謙虚なんだから…」

そんなトコロも好きなんですけど…

と小言を付け加えた彼女はドライモンとの距離を詰める。

衣擦れの音すらもやけに色っぽい。心なしかジャズの調べが大きくなっていた。


「楽しみは後に取っておかれるんでしたよね…?」


「なんだ、覚えてたのか」

そう話す彼はまんざらでもなさそうだ。

「今夜は長くなるぜ…?」


「覚悟はできてます」

フフフ…と イリーナが妖艶な頬笑みを浮かべ、それに応えるようにニヒルに笑ったドライモンは彼女をゆっくりと抱きしめる。



もぶ太が安眠する隣で、大人の夜が始まっていた。


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