退屈少年の落下
あんなに長く思えた夏が、いつの間にか終わってた!っていうショックをもて余していたんで、この短編を書きました。
少しでも暇潰しになれば幸いです。
9月に入り、今までの猛暑を嘲笑うような涼しい風が吹くようになった。
一世一代の大見せ場と言わんばかりのセミの鳴き声が聞こえる。
今年の夏はもう終わりか・・・
そんな風に、感傷に浸っていると、
ちゃんとノート書きなさい!!
いつの間にか僕の近くにいた教師にそんなような事を言われた。その教師は僕がノートを書き始めるまでそこを動かないつもりらしい。
しょうがないので、黒板に書いてある文字を写し始める。
果たして、こんなことに意味はあるのか?
間違いなく一生使わない知識を頭に詰め込むより、少しでも興味のある事を学んだ方が、能率も良いし、もしかしたら将来役に立つかも知れない。こんなに効率が悪い学習方法を「一般教養は大事だ」という大義名分で押し付けるのはどうかと思う。
しかし、僕が家に引きこもっていないのも事実だ。殆ど毎日、朝早く起きて、わざわざ此処に来ているのだ。
ということは、結局、僕は此処の教育体制に満足しているのかも知れない。
確かに、興味の無い分野の学習を強いる此処の態度に対して、文句は尽きないが、知識の幅を広げるのは楽しい。
理解はしていなくても、自分の知らない世界がある事が知れるだけで、好奇心が擽られる。
キーンコーンカーンコーン
待ちに待った休み時間だ。
と、言っても何かするという訳でもなく、純粋に休みたいだけだ。
明日抜き打ちテストだってさ
うわー、勉強したくねー
雑音の嵐の中からそんなクラスメイトの会話が聞き取れた。
何故、抜き打ちなのに明日だと分かるのか。
致命的な疑問が浮かんできたが、そんな事より今は、明日のテストをどう乗りきるかを考えるべきだ。
抜き打ちテストというだけあって、テスト範囲なんぞさっぱり分からない。
とりあえず、ノートを見れば少しは点が取れるだろう。
・・・
そういえば、まともにノートをとっていなかった。どうしようか。友達にノートを見せてもらえば良いのだが、そこまでして点数を取りたいわけでは無い。そもそも、テストというのは、ある事柄についてどれだけ理解があるか測るためのものであって、未知の世界を見るだけで満足して、理解しようとしていない僕にとっては、何の意味も無いのだ。
という訳で、テストは潔く諦めよう。
しかし、ただでさえ普段の授業態度が芳しくないのに、テストでも点数が低いと留年するかも知れない。
そうすると、周りの大人がまた煩く言うんだろうなぁ。自分が説教されているのを想像すると、頭が重たくなってきた。
なんか、だんだんと重くなってきている気がする。
頭の重さに耐えかねて、僕は机に突っ伏した。
しかし、頭はまだ重くなるようで、机からミシミシと音が聞こえてきた。
まさか、と思った時にはもう遅かった。僕の頭は、机の天板を突き破り、ほぼ同時に金属製の引き出しをも突き破った。
ゴンッ
頭が床に落下した音だ。しかし、その現象の割には痛みは余り無い。
体積が変わらずに、質量が大きくなったということは密度が高くなったという事だろう。と、なると頭が頑丈になっているはずだ。それで余り痛くなかったのか。
自分の頭に起こっている現象を分析していると、床からもイヤな音が聞こえてきた。机を突き破った音と似ているが、重厚感が全く違う。擬音化するならば、ギシギシといった所だろうか。
ドゴンッ
一際大きな音がしたかと思ったら、床の破片の向こうに生徒と机が沢山見えた。どうやら床を突き破って、下の階の教室に落ちてきたようだ。
床を突き破った時に、肩に破片がかすったと思ったが全く痛くない。恐らく、頭に近い部分から頑丈に、即ち高密度になっているんだろう。
僕の教室の床を突き破ったように、僕の頭は下の階の床も突き破った。その時、近くにいた生徒が驚愕の表情を浮かべていた。
次に見えてきたのは、教務室だった。どんよりとしたコーヒーの匂いが鼻をつく。コーヒーは好きだが、この匂いは余り好きじゃない。こんな空気の中でよく仕事が出来るな、と常々思う。ていうか、コーヒー淹れ過ぎじゃないか?
そんな事を考えていたら、金属でできている教員用の机が轟音と共に大破していた。犯人は間違いなく僕の頭だろう。
教務室は一階にあるので、次は地面が見えてくるはずだ。
しかし見えてきたのは、石だった。いや、これはコンクリートかな?
そうか、これは学校の土台か。コンクリートを掘り進むということは、僕の頭はかなりの運動エネルギーを持っているはずだ。
あぁ、そうか。学校の三階から落ちてきたんだった、途中で抵抗があったとはいえ、僕はそうとうなスピードで落下している事になる。
確か、物が衝突するときの衝撃は、スピードが速いほど大きくなるはず。それならば、コンクリートを掘り進んでいるのも納得出来るな。
思考を巡らせていると、今度は土が見えてきた。とうとう此処まで来たか。ここら辺になると、全身の痛覚が殆ど感じられない。全身が高密度化して、頑丈になっているという事だろう。
そういえば、土台も含めて、学校にワイルドな吹き抜けを作ってきてしまった。土台に穴開けちゃったけど、まぁ少し位なら大丈夫かな。
段々と視界が暗くなってきた。ということは、光の届かない深さまで来たということだろう。
このまま落ちていくと、そのうちマグマを突っ切って、地球のコアまで落ちていくんだろうな。そして、コアに辿り着いても落下は止まらずに日本の裏側のブラジル辺りまで落ちていくんだ。
でも、実際は僕がコアに辿り着いた時に落下は終わっていて、その頃には僕の頭の質量がコアを遥かに上回っていて、地球が僕の頭に落ちてきてるんだ。
そして、僕の頭が地球を飲み込んで、今度は太陽に向かって落ちていくんだ。でも、太陽の質量と僕の頭の質量は途中で逆転して、太陽が僕の頭に落ちてくる。
僕の頭の密度はどんどん高くなっていって、そのうち巨大なブラックホールになり、他の天体を全て飲み込むんだ。そして、自分の他に何も無くなって独り寂しく、広大な宇宙空間をさ迷う事になるんだろう。
キーンコーンカーンコーン
あれ?
何の音だろう。聞き覚えがあるな。
肩を揺さぶられている気がする。
おかしいな。痛覚は感じられなくなったはずなのに。
「相崎ー、起きろー。」
親友の声で、急速に現実に引き戻される。
「ふあぁ、よく寝た。」
軽く伸びをする。
「ホント、よく寝てたな。次の授業始まるから準備しろよ。」
「あぁ、後50分寝かせてくれ」
「50分ってお前、授業終わっちまうじゃねーか。」
「バレたか。」
そんな軽口を叩きながら、僕は授業の準備をする。
あれ?そういえば何の夢見てたんだっけ?なんか寂しい感じがしたけど・・・
まぁ、何でもいいか。
授業の準備を終えた所で、教師がやってくる。
そしてまた、退屈な授業が始まる・・・。
私のなけなしの物理の知識を総動員させた短編は如何でしたでしょうか。
少しでも暇潰しになったという方がいたら、それだけで私は満足です。
最後に、
皆さんも頭を重くし過ぎないよう御注意下さい。さもないと、ダイナミック吹き抜けを作る事になりかねませんから・・・。