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婚姻契約書

第五王子・ライト様。彼のお母様――リリアン様は若かりし頃女神の涙という異名を持つ女性だった。

震える姿が庇護欲をかりたれる美女。

なんでも彼女のために戦まで起こりかけたことがあるとかないとか。

ちなみにこれらも隣のおばちゃん情報。


まさかそんな女性と国王様との間に生まれたのが、このガラスのハート王子だったとは……

ライト王子の名前は聞いたことあるけど見たことはなかった。


「ニ、ニクス。ど、どういう事ですか? 急に呼び出したかと思えば、先ほどこちらの方に対し結婚相手と」

ライト王子は私の隣の席へ座っているのだけれども、ソファの端つこにぎりぎりの所に陣取っている。

びくびくと小刻みに体を震わせ、ソファのひじ掛けを抱くように外側に体を丸めていた。


そんな事しなくても別に何もしないっつうのに!


「えぇ。兄上にはこのヒスイさんと本日結婚して貰います。あ、ちなみにこの件はもう父上により各国へと招待状が発送されていますので」

「はいっ!?」

それにはさすがに私とライト王子の声が綺麗にハモった。

初対面だがシンクロ。


いやいや待って。早すぎる! 私、ついさっき返事したばかりだし、ライト王子に関しては今話を聞かされているばかりじゃん。


「父上に『兄上と結婚させたい人がいるのですが』と相談したら、なぜか『兄上が結婚したい人がいるそうですよ』と聞き間違われてしまいまして。相手は『花屋の娘』と言ったので、どうやら『兄上は身分違いの恋に悩んでいる』と。それでそんな兄上の背中を後押ししようと、父上が招待状発送という強行に出た次第です。ですが兄上。ヒスイさんなら問題ありませんよね? 兄上の苦手な綺麗な貴族令嬢とは反対の人間ですし」

「待て。だからその発言は可笑しいって」

「父上もリリアン様もお二人とも兄上の結婚を楽しみにしているのですよ? それに僕はこちらのヒスイさんを姉上にしたいのです。ですから兄上達の中で一番可能性のある兄上を押しました」

それを聞き、ライト王子がこちらに顔を向けた。

髪のせいで視線が追えないけど、おそらく私の目を見ているのだろう。そっちは納得しているのかと。


「勿論ヒスイさんは幸いな事に賛成して下さってますよ。兄上も難しく考えず、気楽に契約結婚と考えて下さい。結婚さえしてしまえば、夜会での貴族令嬢達の襲撃も減りますよ? それに父上や兄上等からの縁談も無くなります。どうですか? と聞く以前にもう招待状発送してしまったからしょうがないですよね。あぁ、言うまでもないと思いますが、招待状の発送をしたという事は、挙式日も何もかもが全て決まっているという事ですよ」

ニクス王子はキラキラとした笑顔をライト王子へと放つ。

それを見て、私はなんて胡散臭い笑顔なんだと思った。まず目が笑ってない。口元や顔の筋肉は笑っているのだけど、瞳が。

話を聞くと国王様の勘違いと言っていたが、もしかしてワザと何かしたのか?


「ニクス。貴方がワザと勘違いしやすい言い回しをして父上を暴走させたのですか? 父上は貴方を溺愛していますからね。貴方の願いならば何でも叶えるでしょう」

「さぁ? 僕はただ兄上に幸せになって欲しいだけですよ。勿論ヒスイさんにも。この偽装結婚で誰が損しますか? 兄上は鬱陶しく煩わしいと悩ませていた縁談や貴族令嬢の襲撃が無くなる。父上とリリアン様も御喜ばれています」

たしかにニクス王子の言う通りだ。勿論私にもメリットはある。

だから受けたのだし。


ただ――


私はぎゅっと膝の上に添えていた掌を握りしめた。完全に手放しで受け入れることは出来てない。

兄さんになんて言えばいいのだろうか。きっとまた怒られる。いや、悲しむかな。

また自分を犠牲にするなって……


「あ、あ、あ、あっ、貴方は僕と結婚して何のメリットがあるのですか?」

「お金のため。花屋も続けていいって言うし」

「お金っ!? たかがお金のために僕と結婚するのですか!? 結婚は一生のものですよ! 考え直しなさい」

がしっと二の腕を掴み、ライト王子は珍しく声を荒げ私を諭そうとしている。

それを私は冷めた場所から見ていた。だってそう言うと思っていたから。

きっとこの人達にはわからない。絶対に。


「――たかがお金。そんな事が言えるあんた達にはわからないだろうね。世の中金ではないと思っているのでしょ? そんな連中は知らないから言えるのよ。私達は目の前に食糧があるのに、お金が無くて買えなかったのよ。食べれなくて消えていった家族がどれぐらい居たと思う? 孤児院だって老朽化が激しいあんんな建物ではなく、もっと安全な建物を作れる。それに井戸だって……」

紛争のため通常のルートから購入出来ず、闇市で買おうにも物価が高すぎる。孤児院に連れてこられたり、捨てられたりする子供も増えているのにどうやってそれを賄えばよかったのだろうか。畑は一応あったが、それでは足りなかった。


「国は何を?」

「この国と違い、あの国に何かを期待するだけ無駄な事。自分達の身が可愛いからね。だから自分達で生きていかなきゃならないの。自分達で孤児院――家族を守らなければならない。だから私にはお金が必要なのよ」

「すみません……」

「いいよ、別に」

謝られても何もならない。あの国が変わるわけでもない。

それにわかって欲しいわけでもないしね。


「ね? 誰も損をしない。みんな得をする。ほら、お得。ですから兄上。さぁ、サインを」

ニクス王子は身を乗り出し書類と羽ペン一式をライト王子側のテーブルへと置いた。だがライト王子は項垂れたまま、身動きを取らない。


――やっぱり相手がいてのことだし、そう簡単にはいかないか。


私がサインをしてもあちらがしなければ婚姻契約書は完成しない。ということは、結婚できないということ。こうなったら夜も働こうかな。昼は花屋があるし。とりあえず建物修理しないと雨風凌げないもんね。

この話も流れるなと思い、帰る前にせっかくだし紅茶とお菓子を頂こうと手を伸ばした時だった。

「兄上」とニクス王子がライト王子を呼んだのは。


「さっさとサインした方がいいですよ。でないと貴方はミーシャ嬢と結婚する事になりますので」

「!?」

ライト王子は顔を上げ、口元を痙攣させながらニクス王子を見ている。

「な、な、な、何故ですかっ!?」

「他の兄上と違い、一度も色恋の噂を流した事ありませんよね? それに痺れを切らせたのが父上です。もういっそ婚約とか抜きにして王命令で結婚させようとしていたんですよ。兄上の縁談相手の中で一番爵位が高いのがミーシャ嬢ではないですか。気位も一番高いですが」

「よりによって僕の一番苦手なタイプじゃないですか!」

「えぇ。そうでしょうね。それにライト兄上だけではなく、他の兄上達も狙いを定めての夜会で色目使っていますし」

なんだか王子っていうのも大変だなぁ……

私は紅茶を啜りながら、がくりと肩を落としているライト王子を眺めていた。

悲壮感漂う姿は、頑張れ! とつい声をかけたくなる。


「ですから今回のヒスイさんの件は、兄上にとって救済処置です。どうせ政略結婚するならヒスイさんにしておいた方がよろしいですよ。この方の中身は僕が保証します。孤児院の修繕費を稼ぐために髪を切ったり仕送りしたり、それに見ず知らずの子供のために命を張るような人なんですよ。それに全てが平凡。顔も性格も」

「ちょっと! だから余計な部分いらないでしょ!?」

ライト王子はその後しばらく沈黙を貫いたかと思えば、私の方に体を向けてきた。

そして「本当によろしいのですか?」と尋ねてくる。それに対し私は頷いて承諾すれば、彼は腕を伸ばしテーブルの上に転がっていたペンを取り書類へとペンを走らせた。その記入された名前というか、線がぶるぶると震え辛うじて文字として読めるかなというぐらいに歪んでいる。


ライト王子が書き終わったので、次は私の番かと思い、ペンを受け取るために手を伸ばせば、

「あのっ」と上ずった声で話しかけられた。


「何?」

「ひっ、ヒスイさんとお呼びしても……?」

「ヒスイでいいですよ」

みんなそう呼んでいるし。


「こちらの家族には筒抜けでしたが、貴方のご家族はこの事ご存じなのですか?」

「知らないです。だって、今日呼ばれてついさっき聞いたばかりなので」

「でしたら、ちゃんとご挨拶させて下さい。そしてご家族も納得され、証人になって貰いましょう」

ライト王子の提案で、私のサインは兄さんの前で書く事になった。






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