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第五王子様・ライト

「……わかった。結婚するわ」

「そうですか。良かったです」

私が引き受けると、ニクス王子はぱあっと月のように輝く笑顔を私へと向けてきた。

しかし物好きなものだ。私の事を気に入るなんて。

何処にでもいるよ? 私みたいな人は――


「では、さっそく」

すぐにニクス王子はさっと執事の彼に目配せをした。

すると執事は一旦部屋を退出し、ものの数秒ほどで再度入室。

どうやら手中には赤いケースのような物を持っていた。

それをテーブルに置き、丁寧に左右へと開くと中に入っていた書類――婚姻契約書一式をテーブルへと並べる。

さすが王族というべきものか。婚姻契約書は紙では無く上質な羊皮紙だ。


「さぁ、どうぞ?」

何が嬉しいのか、ニコニコとサイン等を進めらてしまう。

それを見てまるで悪徳商法にでも捕まったかのように、なかなかペンを持とうという気がしない。

いざ直接こうして書類を見ると、やはり躊躇いが出てくる。


こんなに簡単に伴侶を決めて良いのだろうか? 

孤児院育ちと王子様。こんなに不釣り合いなのに問題ないだろうか?

せめて私が貴族出身じゃなくても、大商人の家出身であればまだ……ね。


――でも、孤児院のお金……


兄さんもそろそろ結婚の時期のようだし、みんなそれぞれの生活があるためお金をカンパするにも限度がある。

ただサインをして印鑑を押せば金が手に入る。至極簡単な事。迷う事なんてないはずなのに。

それなのにどうして手が動かせないのだろうか?


「――はい」

「え?」

うだうだと悩んでいたら、ニクス王子がふと扉の方へと顔を向け返事を促したのではっと我に返る。

ぼけっとしている間に誰かがノックをしたようだ。

自分の世界に入り込んでいたため、気づかなかったみたい。

そっちの方向へ意識を向ければ、返事の後にやや間を開きながらも、ゆっくりとほんの数ミリずつ小刻みに戸が開いていく。こちらの様子を伺うように、じわじわと数ミリ単位で。


それが苛々とする。開けたいのか開けたくないのかどっちなのかはっきりして欲しい。

扉一つでここまで焦らされるなんて……こんな経験初めてしたんですけど。


――一体どこのどいつなわけ!? さっさと入って来なさいよっ!


今すぐこちら側からひっぱり出してやりたいけど、粗相があってはならないとぐっと堪え、両手をぐっと握ったまま視線はそこへと固定。

やっと扉が三十から四十五センチぐらい開いた隙間から、ひょこっと髪の毛が現れたかと思えば、また引っ込んだ。


血の気が多い人間ってわけじゃないけど、さすがにこれはいらっとする。

私は立ち上がるとそのわずかに開いた隙間に手を伸ばし、ガッと開いた。

すると「ヒィ」っと控えめな悲鳴とドンッという鈍い音により、私の視線は自然にそれを追いかけ下へ。

そこに居たのは、腰が抜け尻もちをついた格好をしている一人の青年。


白衣を着た……いや、白衣なのか? シミや汚れで真っ白とは無縁になった白衣を身に纏い、ぶるぶると震えている。いつ切ったかわからないようなボサボサとのび放題の髪。前髪も長すぎて鼻が半分隠れるまで伸びてしまっている。

「こんなに長くてよく転ばずに歩いて来れたわね」とすっかり関心してしまった。


「ニ、ニクスは……? あ、貴方は誰ですか?」

その青年は長ったらしい前髪から見えているらしく、私に向かって尋ねる。

だが、その問いにはむしろ逆に訪ねたい。


「貴方こそ誰?」

「え? ぼ、僕は……――」

「僕の兄上ですよー。貴方がいらっしゃったと侍女に聞いた時に、呼び出しておいたのです。

紹介しようと思っていたところだったのでね」

ひょいっと横から割って入ってきたニクス王子の言葉に、私は「はぁ?」と声を上げた。

たったそれだけなのにその青年はびくっと、オーバーリアクションぎみに体を大きくびくつかせる。

何、その反応。私が大声出して威嚇したみたいな感じじゃん!


「……あれ?ちょっと待って。兄という事は王子? これが?」

私はまた失礼な事を言ってしまっていたのだけれど、そんなことにはちっとも気づかなかった。

だって王子様ってイケメンでキラキラオーラ放ってるじゃんか。

それで美しいお姫様を守る逞しさもある。

パレードで見る限り、国王様も第一王子様もそんな印象だったはず。


それなのにいかにも弱そうな線の細いこの男が王子?

なんかビビりすぎじゃん。一々過剰反応してさ。どんだけメンタル弱いんだっつうの。

ガラスのハートじゃんか――って、え? ガラスのハートってまさかこの人……

確認のために後ろを見れば、ニクス王子が頷いて答えを聞かせてくれた。


「えぇ。この方が貴方の結婚相手である、僕の兄上のライト兄様ですよ」

……マジっすか。


忘れもしない。これが私と私の旦那様――ライト様の初めての出会い。

そして王子様に対してのイメージが崩れた日だった。



やっとヒーロー登場。


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