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新年

今年もあともう少しで終わりだ。

一年を振り返っていろいろあったけれども、とても良い年だった。

なんと言っても、僕に可愛い妻が出来たこと。それが大きいだろう。


もう可愛い。可愛い妻だけを見ていたい。

仕事もせず、ヒスイさんだけ四六時中ずっと……

そうすれば、悪い虫が近寄ってもすぐに彼女を守れる。

ヒスイさんの全てを目に焼き付けたい。そんな風にイレイザ兄さんに漏らした事があったが、兄さんは体を震わせながら「怖っ」と、どん引き。

でも、兄さんだって結婚したら僕の気持ちをわかってくれるはず。


「あぁ、幸せですねぇ……」

リビングのソファに座りながら、僕はしみじみとそれを噛みしめていた。

メサイアと別れてからは、イベントなんて関係なかった。

けれども今は違う。隣には可愛いヒスイさんがいるのだから。


年越しはお酒を呑みながらまったりと過ごす。

そのため目の前の大理石のテーブルの上には、ワインやそれに合う料理の数々が並べられているのだけれども、ヒスイさんはまだ呑めないのでお茶とお菓子。

大好きなマカロンタワーを作って貰って、ご機嫌だった。


――あれ? そう言えば、なんだか隣が静かですね。


先ほどまでヒスイさんは、アイリス達としゃべっていたはず。

小首を傾げながら、隣へと視線を向けると僕は歓喜の声を上げた。


「……ああっ!」

可愛い! 可愛い! 可愛い!

もう何度も連呼したくなるぐらいの光景が視界に入ってくる。

それは、眠っているヒスイさんの姿だった。

ソファの肘掛けに顔を乗せたまま、すやすや。


――しくじりました! 僕とした事が!


「ヒスイさんが眠る瞬間を見逃すなんて……っ!!」

「旦那様。奥様観察はほどほどにして下さいませ」

「うっとおしがられますよ?」

後ろの壁側で気配を消しながら控えていたアイリス達の冷たい声に、僕は項垂れた。

ちゃんと我慢している。アクセラに言わせれば、もっと我慢して下さいって言われてしまうが。


「……していますよ。ですから、見逃したんじゃないですか。眠りに落ちる瞬間のヒスイさんも可愛いに決まっています!」

「写真機片手に残念そうにしないで下さい。絶対に撮らないで下さいよ?」

「ですが!」

「駄目です。奥様が起きてしまわれますわ。ご存じかと思いますが、今日仕事納めだったんですよ? お疲れなんですから」

花屋は年内ギリギリまで営業をしている。

年の初めにお花を飾るため、予約客が多いそうだ。

だから疲れているのは、勿論わかっている。いつもよりも忙しかっただろうし。


だがしかし――


「でも、可愛いんですよ! 見て下さいっ!」

と、再度ヒスイさんへと視線を向ければ、

「……フ。…スト……ビ…」

「え?」

と、ヒスイさんが口元をもごもごとして何か呟いていた。

それを見て全員が視線と耳をヒスイさんへと集中。

みんなわかっているのだ。ヒスイさんの癖を。


――今度はなんでしょう?


少し体を曲げてヒスイさんへ覆い被さるようにし、彼女の口元へ耳を近づける。

すると、今度ははっきりと聞き取れた。


「だん…なさ…ま……ロース…ト……ビーフで…す。分厚い…で…すよ。ロ…ースト…ビーフ……おい…しそう……」

「……今度はローストビーフが食べたいんですね」

僕はたまらずに笑みが零れた。


ヒスイさんは食べたいもの等が寝言に出る癖がある。

お兄さん曰く、子供の頃からだそうだ。

孤児院時代には何かと我慢しなければならない事が多々あったらしい。

きっとその影響なのだろう。


「奥様はなんと?」

「ローストビーフだそうです。分厚いの」

「やだっ! 奥様寝言が可愛い! 料理長ってば、また張り切って作っちゃうわ! お伝えしておきますわね」

「お願いします。あぁ、それから明日の昼食は不要です。城にて新年の挨拶と式典がありますので。夕食は屋敷に戻ってからにします」

「……あら。戻れますか? 王妃様達が、奥様を離しませんわよ」

「初めて迎える新年ですから、二人っきりで過ごしたいので意地でも帰ってきます。なんとしても」

えぇ、何がなんでも戻りますよ。泊まりだなんて認めません。

そうなってしまえば、ニクスにヒスイさんを取られ、僕が寂しく一人で眠らなければならないじゃないですか。

ニクスは一人で眠れるのに、ヒスイさんに甘えてばかり。

家族と仲が良いのは嬉しいが、それにすら嫉妬してしまう。


「……では、僕はヒスイさんを上に連れていきます。今日はそのまま休みますので」

僕はヒスイさんを抱き上げると、そのまま部屋へ連れて行く事にした。

可愛い妻の寝顔を一人で堪能するために。




「本当に可愛いですねぇ……」

寝具に腰をかけながら、すやすやと無防備に布団で眠っている妻を見詰めていた。

少し体を傾け見下ろすようにすると、僕はその頬へと指を滑らせる。

部屋だけでなく、寝具も温石で温めてくれていたらしく人肌だ。

これでヒスイさんも冷たさで起きることはないだろう。


「来年も一緒にいましょうね。再来年も……ずっとずっと永遠に。何度生まれ変わっても一緒ですよ? 楽しみですねぇ。貴方との日々は」

そう唇に言葉を乗せると、屈み込んでヒスイさんへ口づける。

ぷっくりとした弾力を持つ、甘美な唇は飽きることはない。

むしろ、中毒になってしまう。

それが悪かったらしい。

唇や頬などに口づけを落としていたら、彼女が身じろいでしまった。


「……ん」

ゆっくりと瞼が開き、ヒスイさんのとろんとした瞳とかち合う。


「え、あ、申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」

慌てて彼女の頭を撫で、そう告げた。

またやりすぎてしまった……

あんなに気持ちよさそうに眠っていたのに……


「…と…し……開け…ました……か?」

「いえ、ま……――」

まだです。そう言葉を発しようとした時だった。

カーンカーンという盛大な鐘の音が、響き渡ってくる。

これは大教会が新年を伝えるために、鳴らしている鐘だ。


「今、開けたようです」

「……新年初めて見たのが、旦那様ですね」

「えぇ、そうです。年の終わりも僕ですよ?」

「あっ、そうですね!」

「僕も年の締めも、年の始まりもヒスイさんです。これからもずっとそうですよ」

そう告げると、ヒスイさんは眠い目を擦りつつはにかんだ。

そしてゆっくりと起き上がると、寝具に腰を落としている僕に抱きついてきた。


「旦那様。今年も宜しくお願いします」

「はい。今年も宜しくお願いしますね。可愛い奥様」

この腕に抱いている、大切な人と過ごせる時がずっと続きますように。

そんな祈りを込めつつ、僕はヒスイさんに新年初めての口づけを落とした。




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