第八王子様・ニクス
私が受け取った王族からの手紙。それには体を十分に休養させてから来城して下さいという旨が書かれていた。便箋に押された王族印、そして差出人の名前が記載されていた。
――ニクスと。
ニクス様はこの国の第八王子だ。国王の寵姫であり、歌姫と名高い某国の姫様だった母から生まれたのか、溺愛されているらしい。まぁ、これもまたご近所のおばちゃん情報だけど。
その第八王子がどうして私に!? 私が一体何をした? マジで勘弁してよ……と肩を落としながら
嘆息を漏らす。そして「帰りたい」と呟きながら見上げたのは高くそびえる城門。
とうとうここまでやってきてしまった。
白い煉瓦をいくつも積み重ねて作られたそれは重量感を漂わせ、その後方に見える城は荘厳でもっと私を圧迫させてくる。もう、すでに緊張と不安で内蔵が押しつぶされそうだ。
心なしか手元にある花束がしおれている気がする。うちの花は鮮度がいいはずなのに。
もしかしたら、私の気分を反映させてしまっているのだろうか。
そもそも王族に手土産って何を選択すればよかったのだろう?
高級菓子とか? 私の手持ちじゃとても購入は出来ない。でも手ぶらではさすがに……ということで、結局悩みに悩んで兄さんに頼んでアレンジして貰った花束を持参。
「やっぱ兄さんについてきて貰えば良かったなぁ……」
最初兄さんも一緒に着いていくって言ってくれたけど、お店を休ませるのも心苦しかったので一人でやってきた。気合いを入れるために一張羅の服を身に纏って。
ちょっとだぼっとした、クリームイエローのワンピース。
丸襟には百合の刺繍が施されてあり、ウエスト部分にはサテンリボンが結ばれている。これは去年の誕生に兄さんの彼女・アリーさんにプレゼントして貰ったものだ。私が城に着用していける服なんてこれしかない。足もとは、いつも履いている黒い革製のシューズなのでバランスが悪いけど……
「おい、娘。中に用事があるのか? そんな所に立っていると通行人の妨げになるぞ」
「あ、はい!」
4.5メートル先にいる門番に声をかけられ、私は慌てて道の端へと身を避け先へと進む。
幸いな事に城門は夕日が出ている時間帯と言う事もあって、城へと行く者がまばらだ。
野菜を摘んだ荷馬車だったり、城勤め風の人だったり。
私のような一般市民はまず見かけられない。
それは城には一般庶民が入れないという事ではなく、謁見時間が過ぎたからだろう。
この国では国王様に庶民が直々に謁見を許されている。勿論、安全のため身元が確認されればって話。
この国では役場に行けば身分証明書を作成して貰える。それを門番に見せ入城し、謁見担当者へと面会し書類を記入。それを担当者が国王様へとお運びするなど、面倒な手続きは必要だけれどもね。
国王自ら民の声を聞き、それを政へと生かす。なんて理想的な国王様なんだろうって思うわ。
私の国では天地がひっくり返ってもないから。
「あのっ!」
私は城門の両サイドに配置されている門番へと声をかけると、手紙の事を告げ、ポケットからごそごそとそれを出し掲げるようにして見せる。すると話が通っていたらしく、身分証明書の提示も無くあっさりと通してくれた。
本人じゃなかったらどうするのだろうと一瞬考えたけど、どうやら王子様には金色の髪をした少女と指定があったらしい。私の髪って、珍しいからすぐにわかったのだろう。
……って、ちょっと待て。なんでニクス様は私の髪が金色って知っているわけ?
*
*
*
「お、落ち着かないんだけど……」
忙しなく私の瞳が室内を見回していた。ぐるぐると一点に視線が落ち着く事がなく常に動き続けていく。
私室だったらすぐに見終わるのだけれども、この部屋は私の部屋が簡単に五つは入るであろうスペースだし、配置されている家具も見応えがあるものばかり。
天井にぶら下がっているシャンデリア、それから私が腰を落としている身の沈むふかふかのソファ。それから紅茶や菓子が置かれた大理石のテーブル。
簡素な作りの庶民家具とは違い、こちらは細かい所まで手が込んでいるし上に、材料が素人が見てもすぐにわかるぐらいに高価。
たとえば、ティースプーン一つとってもこちらは純銀だ。
――あぁ、さっさと帰りたい……
城に入ると運良くメイドと遭遇。そんで事情を話したら、イグス様付の侍女の元へと連れて行かれそしてバトンタッチ。侍女に応接室らしきここへ案内され、現在に至る。
しばし待つよう指示を受けたが、これが何とも落ち着けない。テーブルにキズでも付けたらどうしようとか、ネガティブな方向へと考えてしまうのだ。
「ご自由にと言われても……」
テーブルに置かれた菓子も紅茶も、恐ろしさが先立って手に取る事ができない。
一張羅を着てきたけど、釣り合わない。まさか、この段階でこうだとは……
生まれも育ちも庶民だが、自分がここまで心身共に庶民だったとは思ってもいなかった。
いや、でもせっかく出してくれたのだから手を付けないのも失礼かな?
一口だけでも……と手を伸ばした瞬間に、ノック音が室内へと伝わってきた。
どうやら来たらしい。
私は姿勢を正し「はい」と返事をした。すると重厚なダークブラウンの扉が開き青年が現れた。
前髪は撫でつけられ綺麗にオールバック、そして彼は掛けている丸眼鏡のズレを指で直しこちらを一瞥。
歳の頃は20~25歳ぐらいかな?
ただ、小綺麗な容姿をしている。身長は平均的なものだろう。高くもなく低くもない。
どうやら身につけている衣装から執事のような役割を担っているみたいだ。真っ白い手袋付けているし。
「第八王子・ニクス様のお見えです」
彼は扉を全開ギリギリまで大きく開くと、扉の内側を向け腰を曲げて会釈をするような格好をして見せた。
大きな影が居なくなり現れたのは、五~七歳ぐらいの少年だった。
ワイシャツにサスペンダー付の黒の半ズボン。
飴細工のように細っこいベージュ色の毛は左右非対称にしているのか、片側だけ心なしか長いように感じる。顔立ちも女の子と間違えそうなぐらいに可愛い。特に唇。やべー可愛い。アヒルだ。アヒル!
この人が第八王子・ニクス様……? でも瞳が……たしか王族って……――
彼のまん丸い月みたいな瞳は薄い茶。王族特有のエメラルドグリーンじゃない。
パレードで見た国王様も第一王子もそうだった。
それはこの国の伝記が関わっている所謂、神話の世界まで話が遡る。長くなるから詳しくは割愛するけど、国王の先祖が真実の瞳を持つ神様の一人だった。その始祖となった王の栄華と繁栄が続くようにとエメラルドグリーンの瞳で生まれてくるという話なんだって。
でもこの人、緑じゃない……
じっと観察するように見ていると、「ごほん」と軽く咳払いをされてしまった。
「あ」
慌てて執事を見て即座に悟った。立たなきゃ!!
すぐさま立ち上がり、お辞儀をして礼をとる。王族に対しての正式な挨拶なんて私は身につけていないので、これが最高礼だとばかりに深々と頭を下げる。
そんな私に対し、「クスクス」と少年の笑いがこぼれ落ちた。
「そんなに改めなくても構いませんよ。こちらが御呼出ししたのですから。さぁ、ヒスイさん席へ」
その少年は肯定し微笑みながらこちらへ足を進め、私の反対側にあるソファへと腰を落とす。
なんて優雅な振る舞い。ただ座るだけなのに、私と違ってぎこちなくない。
いや、これは私が場慣れしてないからモタモタしていただけであって普通なのか。
「あの。なぜ私を……?」
「えぇ。それは貴方に助けて頂いたので、お礼を言いたくて。先ほどは助けて下さってありがとうございました」
「え?」
「あぁ、もしかしてお気づきではないんですね。路地裏で貴方が助けた子供は僕です。僕があいつらを捕らえるために、偽物の貴族子息になって敵に餌をばら撒きあいつらをおびき寄せ罠にかけたのですよ」
「はいっ!?」
仕組むとか仕組まないとかって、何!?
いやいや、私が助けたのは貴族の子供であって国王の子供ではないでしょうが!!
点と線を繋げようにも点も線も全く見当たらない。
「巷を騒がせている誘拐事件の事はご存じですよね? 実はそれで貴族の一部で不審な動きがあり、兄上――黒い獅子が内密調査していたんです。ですから何か決定的な証拠が欲しかった。それぐらいなら僕でも出来ると、伯爵名を利用し架空の子供を設定しムーファス卿へと虚偽の情報を流れたのです」
「いや、あのさ……状況が…」
ちょっと待って。待って。ツッコミどころが満載だが落ち着け、私。
子供が淡々としゃべっているんだ。ここは大人の余裕を見せるべきではないか。
しかも相手は王子だ。不敬罪で牢にでも入れられたら兄さんに顔向け出来なくなってしまう。
「誘拐するためにあいつらが現れた所までは良かったのです。ただ薬をかがされてしまいまして、兄上に連絡するにも意識がもうろうとして……簡単に事が運ぶと思ったのですけど」
「なんでそんなに楽観的に思考なのよっ!! 下手すれば死んでたのよ?」
私はバンッとテーブルの上に身を乗り出し、ニクス王子目がけて指を差した。
大理石製のため、掌がじんじんと痛む。なんで木製のテーブルにしておかないの!?
「大体数人の大人に子供一人でどうやって勝てるわけ? そもそも、あんたの後ろに控えているお目付役は何をしてたのよ? これだから箱入りは。ガキのくせに大人びた思考のわりには考えが浅すぎる。というか、バカだろう。騎士様が助けてくれたから良かったも……――あ」
途中で我に返り口を手で押さえる。だが、時既に遅し。つい怒りで自然に口が開き言葉を紡いでしまった。もちろん後悔している。後悔というのは後からじわじわと襲ってくるから後悔なのだ。
――や、やっちゃったよ……
ごめんなさい。兄さん。私、牢獄行き決定だわ。
ヒーローが出てくる気配がない…
次でやっと出てきます。