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半強制結婚宣言っ!~女々しき王子と花屋の少女~  作者: 歌月碧威
最終章 偽りの終わりと青薔薇が囁く始まり
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彼女に忍び寄る影

――……幸せだなぁ。


すやすやと隣で眠っている旦那様の姿に、私は思わす顔がにやけてしまう。

私達の体を沈めてくれている柔らかな寝具と、厚めの布団。

それらはつい先ほどまで心地よい睡眠を与えてくれていたけれども、仕事があるので残念ながらお別れだ。抱きしめ、私に温もりを与えてくれている旦那様とも。


「そろそろ行かないとなぁ」

ちらりとベッドサイドの時計を眺めれば、もうそろそろ身支度をしなければならない時間。

そのため私は自分の体へと回されている旦那様の腕を起こさないように慎重に外すと、ゆっくりと身を起こした。

布団から出た上半身が外気に晒され、今まで温かかった分余計に肌寒い。

でもそれも着替えをする自室まで向かうまで。

私の部屋はとても暖かい。それはアイリスさん達が毎朝、暖炉に火を灯して温めてくれているからだ。


素早く移動すれば、寒さもあまり感じないんだけど、旦那様の寝顔をもう少しこのまま眺めていたい。

でも、仕事が……働くのは嫌いじゃないし、花屋も楽しい。


けれども――


なんだか不安で仕方が無い。

メサイアさんはあれから現れないけれども、それがかえって不気味。

いつまたこの生活が壊されるのか、そんな事も頭を過ぎってしょうがない。

だから旦那様との時間が惜しい。


――そろそろ時間切れかなぁ。でも、その前に。


ちょっとだけ湧き出た自分の欲求。

旦那様が寝ている事を良いことに、私はそれに素直に従う事に。

屈み込むと旦那様の寝顔へそっと指を這わせ、その唇へと静かに口づけを落とした。

一瞬だけ起きるかな? とも思ったけれども、寝息を立てているので一安心。

「よし!」と気合いを入れ、私は布団から抜けて自室へと向かった。

室内はいつも通り着替える事にも何の躊躇いもないぐらいに、ちょうど良い温度。


今日は寒くなるって言ってたから、厚手のセーターを着ようかなぁ。

……なんて事を考えながらクローゼットへと手を伸ばした瞬間、隣の部屋から「ドン!」という衝撃音が届き、私は慌てて今来た道を辿り、扉を開け旦那様の部屋へと向かった。


「旦那様っ!?」

ぶち破るように扉を開けて飛び出せば、正面の寝具横に腰を押さえ四つん這いになった旦那様の姿が飛び込んできた。「うぅ……」とうなり声を上げている。

あぁ、これはもしかして……


「ベッドから落ちちゃいました?」

「えぇ。転がっていたので……」

結構広い寝具だけれども、この短時間に寝返りを何度もしていたのかもしれない。


「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ。それよりヒスイさん。ネックレスを付けるの忘れないでくださいね」

「あっ、はい」

突拍子もなく旦那様の口から出た言葉に、私は慌てて首もとを押さえた。


ネックレスというのは、つい先日旦那様に頂いた翡翠のネックレスだ。

肌に馴染むピンクゴールドの金具と組み合わされている。

花の形を模していて、花弁が翡翠。あとは中央に紫の丸い石がはめ込まれていて、可愛らしい。


「何の石ですか?」と尋ねたら、「内緒です」と言われてしまった。

だからほんのちょっとだけそれが気になる……

ただ、「お風呂と就寝時以外には必ず付けて下さいね。お守りですから」と、旦那様がネックレスを下さった時におっしゃったのでちゃんと付けている。

本当はお風呂と就寝時にも付けて欲しいけれども、邪魔になるだろうからって。


「このまま起きる事にしましょう。あー、今日はなんていい日なのでしょうか。ヒスイさんを見送れますし、それに……」

旦那様は唇を押さえると、頬を染め表情を緩めた。


「それに?」

「なんでもありません。さぁ、着替えて朝食を一緒に摂りましょう」

と、旦那様に促されてしまったので、その後の事は聞く事はなかった。




「えーと、今日の配達は、さっき兄さんが行った分で終わりね」

名前と住所、それから花の種類などの書かれている書類から目を離すと、私はそれをテーブルの上へと置き、ちらりと隣を一瞥。そこにはバケツに入った花々がある。

三分の一はもう既に売れているため、所々にまばらになっていた。


「閉店二時間前か……」

花は鮮度が大事なため、店では次の日に残さないようにミニブーケにして売ってしまう。

意外と購入してくれる人も多く、わざわざ閉店の時間帯を狙って来てくれるお客さんもいるぐらいだ。

それでも残るようならば、家や屋敷に飾ったりする。


「そろそろブーケを作ろうかな」

今日はどんな花を作ろう? と思いながら椅子から立ち上がると、ちょうど「こんにちは」とお客さんが来店を告げた。顔を上げると、店先には青年が佇んでいた。

灰色のコートに深めに帽子をかぶり、首元と口元はマフラーで覆っている。


「いらっしゃいませ」

新規のお客さんだろうか。顔に見覚えがない。


「これから配達をお願いしたいのですが……」

「これからですか?」

「えぇ。祖母の誕生日で驚かせたいんです。俺はこれから仕事があるので」

「お誕生日ですか。おめでとうございます。ですが、いま店に残っている花では、アレンジも限られてしまいますがいかがいたしましょう?」

「構いません。住所はここでお願いします。一時間後に」

そう言って成年は紙を差し出してきたんだけれども、それを見て怪訝に思った。

住所が遠すぎる。

どうしてわざわざうちの店なのだろうか? 別にあちらのエリアの店舗でも良いと思うのだが。

大抵の花屋さんは距離によって、料金を割り増しするのが一般的だ。

この人の指定の住所だと、かなりの割り増しになってしまう。


「あの……この距離だと割り増し料金がかかりますよ?」

彼の指定は王都の外れ。そこまでこの中心からだと片道四十分だ。

そのお婆さんの家に近い花屋があるはず。少なくとも、うちの店は遠い。遠すぎる。


「割り増し料金のかからない距離にある腕の良い花屋さんご紹介しましょうか?」

花屋同士、お互いに店を紹介しあう事がたまにある。

一人でお店をやっている人は、距離が遠いと上手に仕事が捌けないことが多い。

だから、こういうのは至って日時用茶飯事なのだ。

お互い持ちつ持たれつというやつ。


「構いません。料金はきちんと支払ます。この店がいいので」

「そうですか。では、承りますね。でも、どうしてうちの店なんですか?」

「雑貨店のムゥさんの紹介です」

「あぁ、ムゥさんの……」

常連さんの名前を聴き、私は彼に向けてた不審な感情が吹き飛んでいった。


「彼がこの店の腕がいいと」

「ありがとうございます。何かイメージ等はございますか?」

「お任せ致します。この料金以内でお願いします」

そう言って青年が差し出した料金は、通常のアレンジ料金の三倍だった。


「待って下さい。割り増しを考えてもかなり多いですよ」

「迷惑料です。無理やりお願いしたので」

「ですが……」

淡々と無表情で語る彼が全く読めない。もしかして、お金持ちなのだろうか?

だとしても、こんなに多い。


「受け取って下さい。気持ちですから」

「えっ、ちょっと!?」

出されたものを受け取らないでいたら、彼は私へ無理やり手中に押し込めるように硬貨を握らせた。

そしてすぐに「では、必ずお願いしますね」と告げると、そのまま足早に去って行ってしまう。

「待って下さい!」と慌てて店の外に出たけれども、時既に遅し。

遠ざかっている彼の背を見て、私は追いつけないと判断。

しぶしぶ店の中へと戻っていった。




「ここか……」

目の前には、ぽつりと一軒の屋敷が建っていた。赤い屋根にクリーム色の壁。

こじんまりとしたそれは、道路から煉瓦の道が延びで玄関まで誘導してくれている。


西エリアの外れ、ユーラルト地区。家々が密集しているそこは王都の中央部分から外れているためか家々がまばらの地域だ。

なので、お隣さんも距離がある。そのため、都会の喧騒から逃れるように芸術家等がアトリエとして屋敷を購入し暮らしているのがパターンが多い。


兄さんが配達からまだ戻らなかったので、私は書置きだけ残し、店を一端閉めて配達へとやってきた。

けれども本当に人が住んでいるのか? というぐらいに敷地内は雑草が生えているし荒れている。

念のためにと渡されたメモで確認を取ったが、番地も合っているからここのはず。


もしかしたら、お客さんが間違えてしまったのだろうか?


多少の引っかかりは覚えるけれども代金を頂いているわけで、私はお花を届けるために玄関へと足を向ける。そしてドアノッカーへと手を伸ばしそれを鳴らすが、何の反応も無い。静寂が包んでいる。


やっぱり間違えた? と思いながらそっとドアノブへと手を伸ばし、少しだけ引いてみればなんの障害も無く隙間が出来た。


「あれ、開いた? って事は、人住んでいるのかも」

もしかしたら、聞こえなかっただけなのかもしれない。

そう判断して、「こんにちはー。お花の配達に来ました」と言いながら、思いっきり扉を開こうとした瞬間、扉の隙間から何かが伸びてきた。

それを避けようとしたけれども、それの方が早かったらしい。

二の腕を掴まれ、そのまま中へと無理やり引きずり込まれてしまう。


「なっ!?」

見上げた先には、暗闇に浮かぶ無数の瞳。

とんでもない事に巻き込まれる! とすぐに叫んで助けをと口を開こうとしたけれども、すぐに押し当てられた布により私の意識はそこで途切れてしまった。





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