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王族からの手紙

ゆらゆらと定まらない世界の中の住人となって漂っていると、何やら外ががさごそと騒々しい。

硬質な物同士がぶつかる音、それから何かがこすれる音が耳に届いた。

それは睡眠中だと気にもとめないほんのわずかな物音だけど、私が半覚醒状態だったために、ゆっくりと意識を浮上させたり瞼を開かせるぐらい力は持っていたらしい。

ぼんやりとしながらも広がる視界。

そんな中で真っ先に飛び込んできたのは、薄い茶色の顔のようなものだった。


「ここ、うち……?」

古ぼけた天井の木目に出来た人が叫んでいる様な形をした染み。

本当に人の顔のような大きさのそれは、私が毎晩顔を合わせているものだった。

これがあるということは、どうやら家らしい。

なぜかわからないが、私は自宅に無事帰宅する事ができたようだ。


「私、うちに帰って来れたんだ……」

「当たり前だ。お前が帰ってくるのはここだ。這いずり回ってでも何がなんでも帰って来い」

少し尖った声に飛び起き、その方向を見た。私が眠っていた場所から、左手側――窓辺に配置された机と椅子。ちぐはぐながらも修理された後が一目瞭然な代物。それは私の私室にある家具なため、本当に帰ってこれたということを表していた。


その付近に一人の青年が立っている。

褐色の肌とは対照的な真っ白いシャツに、下は店の名前が刺繍された紺色のエプロンと同色のズボン。

彼は――


「イファン兄さんっ!!」

「気分はどうだ?」

「大丈夫」

「水飲むか?」

「うん」

兄さんは机の上に置かれた水差しからグラスへと移し替え、それを持ってこちらへと足を進めた。

あの例の男達の筋肉も凄いけど、うちのイファン兄さんも凄い。既製品のシャツはどれもぴちぴち。動けば破けそうだけど、購入するのはいつも生地が伸縮性のあるタイプなので平気。


「ほら」

「ありがとう。なんか喉からからでさ」

兄さんからグラスと受け取り、口に流し込む。すると柑橘系の香りが鼻を撫でつけ、爽快感に包まれる。どうやら飲みやすいように、檸檬でもいれてくれたみたい。

私はそれをごくごくと一気にそれを飲み干すと、兄さんが手を差しだしグラスを回収した。


「もう少し飲むか?」

「ううん、平気。ねぇ、それよりどうやって帰って来たの? 私」

「お前は何も覚えてないのか?」

「うん。途中までは覚えているんだけど……誘拐犯から子供と一緒に逃げたの。それで転んじゃって、換金した硬貨を投げたんだけど……」

私がそう返事をすると、兄さんの顔が曇った。日に焼けた褐色の肌が、わずかだか血の気を引いているように感じる。

兄さんは私が座っているベッドへと腰掛けると、手を伸ばし、短くなってしまった私の髪を撫でた。


「お前が誘拐犯に抵抗しているのを、見回りに来た騎士様が助けて下さったそうだ。ヒスイはその騎士様の姿を見て、気絶してしまったのをここまで運んで下さったんだよ」

「えっ……」

じゃあ、あれは私の記憶違い?

たしか「もう大丈夫だ。弟を守ってくれて礼を言おう」って、声がして目映い光に包まれてそれで……――


「届けて頂いた騎士様のお名前をちゃんと伺っておいた。後でちゃんと一緒にお礼に行こう。あと、それからお前が助けた子供も無事だそうだ。その子から預かり物があったな。ちょっと待ってろ」

兄さんは一旦腰を上げると水差しが置いてある机へと向かい、何か真っ白い長方形の物体を取るとこちらへと向かってきた。だんだんと近づいてくるそれに注目していると、赤い封蝋がされている。

あれはどうやら封筒らしい。


「これを」

「ありがとう」

受け取りよく見て見るが、差出人の名前が記載されていない。誘拐された伯爵様の子だと思ったけど、封蝋にも紋章がないため特定が不可能だ。

最初は助けたお礼かと思ったけど、重さは羽のようにってまでいかないけど軽い。

ということは、中身はおそらく便箋だろう。息子を助けて下さってありがとうございます的な事が書かれていると勝手に想像し、私は封蝋へと手をかけた。すると、「ヒスイ」と呼ばれてしまったので、私は手をいったん止め、兄さんを見上げた。


「ヒスイ」

「ん?」

兄さんがベッドへと腰を落とすと、ギシッとスプリングが大きく軋む。すると兄さんは私へと腕を伸ばし、短くなった髪を撫でつける。


――あ。髪……


「お前は無理をしすぎだ。お前ぐらいの年だと遊びたい盛りなのに、店の仕事を手伝ってくれている。少ない給料だって、自分のためには使わず孤児院に回しているんだろ? 髪だって孤児院のためんだろ?あんなに長くて綺麗だったのに……誘拐犯の件だってそうだ。二件共事情はわかる。だが、俺はお前の事を本当の妹のように思っているんだ。出来るなら自己犠牲せずに幸せになって欲しい。孤児院はみんなでなんとかするから」

「幸せだよ。だって兄さんが居てくれるし、この国には食べ物も寝る場所もある。それだけで十分。それに孤児院は私の家だよ。家族が大変ならそのお金は……――!?」

ここでふと気づいた。お金っ!!


「って、兄さんっ!! お金! お金は!?」

突然豹変したように慌てふためく私を見て、兄さんは一瞬あっけに取られていたけど、すぐに「あぁ」と頷くと床を指差した。


「ちゃんと下の金庫に預けてあるぞ。硬貨を投げつけたんだって? 一応全て拾ったそうだが、確認してくれと言われた。あちらが数えたのは、50ギルだったそうだ。今持ってくるか?」

「うん」

良かったー。これで万々歳。子供も助かったし、お金も全てある。

なんだか今日はいい日だわ!


「……あぁ、そう言えば。すっかり忘れてたけど、これ一応開けておくか」

手にしていた封筒は、ついさきほどの興奮のためかくしゃりと皺になってしまっている。

ま、いっか。とばかりに封蝋を剥がし、中身を取り出す。やっぱり案の定一枚の便箋が折りたたまれ入っていた。

中を確認しようと便箋を広げ文字より先に飛び込んできたは、二匹の相対する竜とその周辺に舞う花弁がいくつも重なって丸くなっている国花クフェル。


――なぜこの紋章が!?


私は顔から血の気が引いていき、感覚の無くなった手からするりと手紙が落ち、床に止まった。呆然と床に寝そべっている手紙を拾い再度確認するが、私の視力は良かったらしく同じだった。


「これ、王族からの手紙だ……」







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