はじまりのはじまり3
――いや、待って。たしかこの男は、さっき『たしかな筋』って言ってたわよね?
それじゃあ、誘拐犯の共犯者は王宮の中にいるってこと?
でもそれならなお不可解な点がある。
「確認するまでもないけど、あんた達が連続誘拐犯でしょ?」
「あぁ」
「だったら尚更おかしいわ。あんた達だって、『影の豹』を知らないわけじゃないでしょうが。第三王子直属の対犯罪者集団を。彼らが事件を最小限に抑え込む。そのおかげでこの国は平和なのよ。貴族がそれを知らないわけないじゃん。ということは、犯罪を犯すって事は王族に対する反逆。必ず制圧を受ける。
とどのつまりは自分の身が危うくあるって事じゃん」
第三王子・イレイザ様。彼の母君様は、魔力を持つ国出身。そのため、彼も魔法が使えるそう。
その力を利用し、影の豹を束ね国の役に立っている。……って、これもまた噂ですけどね。
「お前、まだわかねぇのか? ずいぶんと頭に花咲いているな」
「は?」
男の憐れんだ声に私は首を傾げた。そして生まれて初めて言われた台詞の真意を尋ねた。
それは天然ということなのだろうか、それとも世間知らずということなのだろうか。
どちらにせよ、私は生まれて一度も言われた事ないし自覚もない。
「いいか? そもそも黒の豹が動いているならば、俺達はとっくに捕まっている。そうなりゃこんなに何件も誘拐事件起こせねぇ」
「たしかに」
「だが俺らは捕まらない。なぜだかわかるか? 王族に進言するほどの権力を持つバックがいるんだ」
男が胸を張りそう説明してくれているのを、私は痛むコメカミを押さえながら聞いていた。
……それ、私に言っちゃ駄目でしょ。
案の定、周りの男達は顔を引き攣らせ始めた。他の男達の反応は普通だろう。だって、それを私が逃げ延びた時に言われたら根こそぎ調べられるでしょうから。
「ムースフ侯爵様の情報だから確実んだよ」
「言わないでよ!」
その爆弾発言を耳が処理した瞬間、自分でもびっくりするぐらいの大声で私は怒鳴るように叫んだ。
そりゃあそうだろ。だって、これ知ったら確実に消されるじゃん! こいつらからは逃げ切っても、侯爵様の追ってからの逃走生活が待ってるんだ。
……ほんと、最悪。
すらすらと見事に頭の中に描かれていくのは、私の悲惨な末路。絶対に現実化を阻止するけどね。
とりあえず逃げて、駐屯している騎士様に任せるか。
あ~、でも何処まで侯爵様の手が回っていてグルなんだろ……城に逃げて国王様に直接言えば信じてくれるかな? いや、さすがに行き成り庶民が謁見なんて無理か。
――まぁ、とにかく逃げてから考えよう。
どちらにせよ逃げないといけないので、先に逃げる参段を考えていた。
まっ、なるようにしかならないし。
私は考えた事を行動に移すことに決め、腹を括る。だってそれが成功するかは不明だけど、やらないよりマシかなって。「よし」と息を吸い込むとそれを強めに吐き、気合を入れた。
そして「あのさ~」と男達へ声をかけた。
「取りあえず、その子渡して」
私は男達へ足を進めると、腕をを伸ばす。そんな突然の私の行動に対し、男達はきょとんと間抜けな顔を見せるが、すぐに口元をピクピクと動かした。
「お前、俺らを舐めてんのか!?」
「舐めてないよ。私がこの場を逃げてもどうせ侯爵様の追手に追われるでしょ? だったら最初から無駄な抵抗しないで、大人しくあんた達に捕まる事にしただけ」
「ほんと変わってんな……」
「だってしょうがないじゃん。人間諦めも肝心。だからその子を預けてくれない? ほら、あんた達のようなガタイの良い男達の腕より、私のような女性の腕がいいかなって。だってさ、筋肉って堅いでしょ。絶対この子痛いって。私はその点こんな鳥ガラみたいな体でも、多少は肉付いているし。良い案だと思うけどなぁ。この雨の中じゃ、私みたいに裏道通る人と会うかもしれないから警戒しないと」
適当に口からポンポンと出任せの言葉を吐きだしたのに対し、男達はお互い集円を描くようにして集合し話会を始めた。それを見て、私は雨を拭う振りをして口元を隠し笑った。
まさか、こんなに上手くいくとは――
この子と共に全力疾走して迷路のような裏路地を全力疾走しまくり、あいつらを撒く。
体力的にあいつらの方が上なので、こちらとしてはこの路地裏を利用させて貰うわ。ここは迷路のように複雑で、道の途中には木箱で塞がれたりと、この道に詳しくないと知らない事が多々ある。
そのため、なるべく最短コースで撒き、王都騎士へとこの子を保護して貰うのだ。
願わくば町に騎士達が捜索している事を願うけど。そう上手くいかないかもね……
子供を抱いてなんてリスクがあるけど、ゼロじゃない。それにこの男達が気付いているかわからないけど、黒幕の名前をこの子の前でしゃべったのだ。それ侯爵様にバレたら、この子の命が危ういじゃんか。いや、私の命もですが。だからその前にこの子の父親――シュレーザ伯爵様に保護して貰わないと。
――上手くいくかどうかわからないのが人生。ということで、やれるだけやってみるわ!
「ねぇ、どうすんの?」
私はお兄さん達の塊に声をかけると、背を丸めてひそひそ話をしていたマッチョ達は顔を上げこっちを見て頷く。
「構わない」
「じゃあ、交渉成立ね。はいどうぞ」
腕を広げればふわりと肌に布が触れ、温かい体温と両腕にずしりと感じる重み。それには、「あぁ、やっぱり」と核心を得た。やっぱりこれは、私の想像しているものだと。
すぐさま布へと顔を斜めに近づけ耳で生死を探る。すると、布を挟んでだが呼吸をしていることがわかった。
――……よかった。この子生きている。
「もう少し頑張って」
男たちには聞こえないようにそう囁くと、落とさないようにとしっかり抱きしめた。
お願いイファン兄さん。私を守って。
普通そういう時は、自分の事を可愛がり守ってくれた故人だろうけど、私には身内が居ない。でも、私にとって頼れるのはこの世界で兄さんだけだから。
*
*
*
「もう少し……」
後方から届く罵声を浴びながら、私はひたすら足を突き動かし続けていた。
ハァハァと不規則ながら早い呼吸を何度も何度も繰り返すが、酸素が上手く吸えてないのか息苦しい。
自分は肺呼吸なのに、なぜ地上でこんなにも呼吸が苦しい思いをしなければならないのだろうか。
まるで水中で泳いでいた魚が陸に揚げられた時のように、体が異常を発してしまっている。
結果的に私はあいつらを撒けなかった。だが、幸いな事に距離は稼ぐ事を出来ている。それも微妙な着かず離れずというなんとも言えない距離感だが、それでも無いよりはマシだ。
「いい加減諦めてよっ!」
心身共疲労感に襲われているが、少しでも緩めば私とこの子は共倒れする。
泥濘に足を取られないのも、もう動かしたくない足が動くのも、弱い酸素の中で考えられるのも全ては気力が源。これが枯れる前に私はこの迷路の様な場所から光の元へ向かわなければならない。
――しかしやばい。
メインストリートまで抜けたとしても、この雨じゃあ人気がない可能性が高い。最悪、どっか開いている店に入る事ができれば上出来だけど、客足が悪く店を閉めている場所も多々ありそうだ。
一番良いパターンは、騎士団とばったりと出会う事だけど……
店に行けば兄さんがいるからなんとかなるはずだけど、メインストリートよりまた細分化された路地へと向かわなければならないから時間のロスが。
考えなきゃ。どうす――……やばっ。
頭を使いすぎたせいで体の力が緩み、ずるりとその布に包まれたモノが腕をすりぬかけてしまった。
すぐに慌てて抱え直すがその事に集中しすぎて、今度は足がもつれ地面へと体が倒れ込んでしまう。
なんとか咄嗟に体を丸め抱きしめ体制をずらし背中から倒れ込み、子供は庇った
。だがそのせいで、自分へと衝撃が加わり体全体へと広がっていく。
「最悪だ……」
鈍い痛みの中で、ぼんやりと視界に広がっていくのは泥土にばらけてしまった鞄の中身。
兄さんに貰ったヘアゴム、それから伝票の写し、あと大切な大切な金貨の入った袋。
袋からは大切な硬貨が2・3枚零れてしまっている。
もうこのまま眠ってしまいたい。限界なんてとっくに越えていた。体も心も。気力だけはあったのに、ほんの少し気を反らしたらこの様だ。
「手間どらせんじゃねーぞ、この小娘が」
「なんだ、鬼ごっこは終わりか?」
男達が足を緩めニヤニヤとした表情で、こちらへと近づいてくる。怪我をした小動物をじわじわと狩る肉食獣のようだ。自分でも食われると自覚があるうちに弱者は頭から食べられていくのだろう。
だが私は生憎と、むざむざと食われるわけにはいかない――
私ってさ、諦め悪くてね。だから最後まで抵抗するっつうの!
硬貨の入った巾着袋。それを手を伸ばして取ると、急いで緩んだ皮製巾着の紐を解き、その中に手を突っ込み中身を掴んだ。そして、それを男達へと投げ捨てた。
薄暗い中、キラキラと輝く金や銀。それから銅。
無数の硬貨が筋肉質で屈強な男達へと当てていく。無論、狙うは顔に決まっている。特に目の付近。
体は鍛えているかもしれないけど、顔は鍛えてないから。
悪いけどなんと非道な! と思われる以前に、こっちとしては追い詰められているのだから。
「痛っ」
「この小娘が!」
男達は顔を腕や手で覆い隠して、こちらに罵声を浴びせている。
以外と効果ありらしい。
よし今のうち!
体制を立て直し、もう一回だけ頑張ってみようと体をわずかに動かした瞬間。私達の体は青白い光に包まれていく。
闇夜に光るガス灯のように、私達は発光体となっていたかと思えば、それは光度を増し瞳を開けていられないレベルまで達してしまう。そのため自己防衛反応のためか、私は咄嗟に目を閉じてしまった。
――な、なんなのっ……!?
「もう大丈夫だ。弟を守ってくれて礼を言おう。後は我々に任せろ」
「え?」
風に乗って耳に入ってきたその声。
誰? と私の唇が告げる前に、前触れもなく意識が途切れた。