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はじまりのはじまり2

「あれ……?」

ぴちゃりと音を立てて何かが頬に当たった。手を伸ばし、その雫を手に取り見ると無色透明。

それが「あぁ、雨だ」とわかった瞬間、滝のような水圧が私を叩きつけてきた。


「降るなって言ったのに! しかも、土砂降りじゃんかっ!」

周りを見ればすでに店先に避難している人などが視界に入ったが、私は彼らのような選択を取らず、今すぐ店舗兼自宅へと走る事にした。ここからだと徒歩10分と比較的近かったから。しかも幸い配達は済ませているため手ぶらだ。鞄は少し邪魔になりけど、肩がけなため全力疾走するには絶好。


いつ止むかわからないし、傘買うお金も勿体ないしね。路地裏を走ればかなり時間を短縮出来る。

よし、そうと決まれば全力疾走の方向で――


この辺りの地理なら熟知している。それこそ大きな通りから裏路地のような細い道まで。配達時間に間に合わなそうな時など、薄暗く湿った鍾乳洞のような路地裏を駆け抜けていくの。

ただ雇い主・兄さんにバレると、ご飯抜きになるけどね……

ブチ切れて、あの猛禽類のように鋭い目で、食い殺されそうになる。そうなれば、ただただ委縮。兄さん、ガタイが良いから余計怖い。

なんでも路地裏ってネズミなどの害虫や、明らかに関わりたくない暴力至上主義者と遭遇するからだと。そんな劣悪な環境のため、「女の子が通るもんじゃない」というのが兄さんの言い分だ。


でも、この雨だししょうがないじゃん。

それにここを何十回と通っていても、そんな危険な場面に遭遇するなんて事なかった。このまま馬鹿みたいに濡れて帰るなら、裏路地に行った方が良いはず。建物と建物の間なので、屋根もかかっているしね。

私は水気を吸い込んで鎧のように重くなったワンピースの裾を持ち上げると、数分短縮のため猫のように身を翻し路地裏へと潜り込んだ。





「……って、マジっすか」

兄さんがここに居れば、「ヒスイ。言葉使いって知っているか?」と遠回しの厭味を言われそうだが、目にした光景に思わず口に出てしまったものはしょうがない。というか勝手に出るっうの。こんな場面遭遇してしまったら――


もし獰猛な動物と出会ってしまったらば、目を合わせてはならない。これって、基本中の基本。ブチ切れている兄さんと目を合わせたら駄目なように。

でも、もしそうなってしまった場合は、すぐに目を逸らさずにゆっくりと距離をとる。そう、今の私のように。


――ほんと最悪なんだけど。

引きずるように足を一歩一歩後方へと引いていく。大して気にならない土を踏む音がやたら耳障りだ。

あんなに何事もないと自信があったのに、どうやら私は今日不運だったらしい。左右を煉瓦で作られた建物と建物に挟まれ、前方には暴力至上主義者の方達と思われる容姿をした方達が三人ほどいらっしゃっている。


よりにもよってこの人が一人すれ違えるかすれ違えないかの道でっ!!

少し前の角を左にすればよかったわ。


運の悪い事に、ついさきほどちょうど角を曲がったらばったり遭遇した。そのため、距離が近すぎる。しかもよりによって、あの三人のうち一人はとある物体を右肩に担いでいた。それは布に包まれているモノ。おおきさはちょうど五~七歳ぐらいの子供一人分ぐらいだ。


――子供ぐらいの大きさというか、アレってやっぱそうだよね……

布を頭からすっぽりと子供が被り、それをただ抱きかかえているだけのような状態だからちらっと覗いちゃっている。子供の膝から下が。

人形かと思いたいが、どうにも血色が良すぎるしぴくりと痙攣を起こしたかのように動いたため、どうやら本物の人間らしい。


これって、どう見ても誘拐犯と子供だよね……? そう言えば、最近貴族の子供ばかり狙った身代金要求事件が新聞の一面を賑わせていたっけ。お金は奪われているが、全員無事解放されているって兄さんが言ってたわ。


「なんだ、このガキ」

「おい。見られたぞ」

「どうする? こいつも連れて行くか?」

暴力主義的な男達が私へと刺すような視線を向けているため、視線を外さず、更に少しずつ足を後方へ一歩ずつ退かせ距離を取った。だがその分あいつらが私の事を追う。そのため付かず離れず。


まさか十七年生きてきた中で、こんな危機的状況に合うとは。しかも、話の内容を検証するまでもなく、私にはこの男達に拉致される道が用意されているようだ。だが生憎と頼んでないし、悪いがそういう流れは不必要。却下。


さて、どうすっかな。

怖いか怖くないかって言ったら、多少の恐怖心は私にもある。でも、なんか不思議と歯をガタガタ震わせ、涙を浮かべるってレベルではない。それはおそらく孤児院時代の生活のせいだろう。ある程度成長し始めたら、食べ物を求めて孤児院を抜け出し危険な目にもあってきた。あそこはスラム街のような場所だったから。ナイフ出されて追われたり、殴られたりした事が多々ある。だから、今さらこれぐらいじゃねぇ……

心にも余裕はあるし、足腰に自信があるから逃げきれるって自信もある。


――でも、あの子供までは無理かもしれない。


どうする? 逃げて人を呼ぶべき? でもきっとそんな事をしていたら、再度こいつらの事発見出来るかわからないし。

出来れば助けてあげたい。本来ならば真っ先に自分の命が大事なのだけれども、相手が子供だ。しかも孤児院にも、あの子供達と同じぐらいの子がたくさんいる。だからどうしてもあの子達の姿が頭をよぎり、他人のような気がしない。それにこのまま逃げたら後味が悪いし……


しかも、この子きっと何処ぞの箱入り坊ちゃんだ。何不住なく愛溢れた生活を送っている人間に、恐怖に対する免疫なんてない。

布から除き真っ先にめにつくのは、足先。つまり彼もしくは彼女が履いている靴。私が見てもすぐに値が張りそうだっていう革製。手入れをかかした事がないのか、つやつやとした光沢。それで地面を歩いているのかと問いたくなるような美しさ。黒い靴は、泥や埃一つ付いてない美品だ。


可哀想。綺麗な世界に住んでいて、こんな悪夢のような事に巻き込まれるなんて……

さぞ恐ろしいだろう。願わくば、これを夢で終わらせてあげたい。起きたらいつものように、ふかふかのベッドで寝ていましたというオチ付きで。

たぶんこれ巷を賑わせている身代金の誘拐だから、金で解決出来るはずだわ。私の現在所持金はちょうど五十ギル。これでも大金だけど、お貴族様の子息を誘拐するならば、もっと吊り上げた身代金だろうな……

それでも一応念のために聞いてみる事にした。ほら、だってもしかしたらってのがあるかもだし?


「ねぇ。たとえばだけど、五十ギルでその子を解放してって言ったらしてくれる?」

私の言葉に男達は互い顔を見合わせると、今度は私に視線を向け鼻で笑う。そして私の腕三本分はあるんじゃないかってぐらいの太い腕を動かし、指で左頭をトントンと叩いてみせた。

「お前は馬鹿か? この状況で人の事かよ。頭いかれていんじゃね? しかもお前のような貧乏人が、五十ギルなんてハッタリかましやがって」

「び、貧乏人……」

こんな状況だと言うのに、口元が引き攣る。

たしかに男が言うように、私は見た目からして高貴な身じゃないってわかるわよ。薄汚れたグレーのワンピースに、エプロンとブーツ姿だし。でもさ、花屋だから汚れるからこの格好が一番なのよ!

そりゃあ、私だって綺麗なドレスとやらは着てみたい。でも、ドレス代を払うなら真っ先に孤児院に送金する。それに何処へ着ていけというのだ。まさか、城の舞踏会? んなところ、一般庶民が入れるわけない。


「お前のような貧相な体でも、若い娘なら買うっていう店はあるんだ。売っぱらわれるとか思わねぇのか?」

いや、そんな事は安易に想像出来たけどさ……

私は短く息を吐くと、彼らを見据えた。


「じゃあ、五十ギルあっても無理ってこと?」

「当たり前だろ。このガキは金のなる木だ。五十ギルなんてはした金。こいつはもっと金をつける。なんせシュトレーザ伯爵の箱入り息子だからな」

――シュトレーザ伯爵様ですって? 

私は男の台詞に眉を顰めた。

おかしい。あそこにはこんな小さい子居ないはずだわ。庶民だってお貴族様のお家事情ぐらい知っている。みんなの大好きなゴシップ記事や、御近所同士の井戸端会議だから信憑性が薄いけど。それにたしか伯爵様は、まだ奥様を娶ってないはずだわ。もしかして、どこぞの女にでも産ませたのかしら? お貴族様のそういう話はちらほら聞くし。しかし、あの伯爵様がねぇ……


シュトレーザ伯爵様は、三十五歳。その上、かなりの仁徳者と聞くわ。元々シュトレーザ伯爵様の家というのが、王族と懇意にされているそうなの。そのため王からの信頼が厚いって、隣りのおばちゃんが言ってた。その上、類い稀なるご容姿で見る人全てを魅了するんだって。でもそれからたしか、一年前にお父様が病気の為身を引き、伯爵家を継いだばかりだと。たしか、第三王子と仲が良いはず。


「しかし、よくわかったわね、シュトレーザ伯爵様に御子息がいるなんて。ゴシップ記者になれるわよ、あんた達。たしかにあそこならば、名だけの没落貴族と違って金は有り余っているもん」

「当たり前だろ。俺達の情報源はいつもたしかな筋からだ。ガセなんかじゃねぇよ」

「まぁたしかに。だってどうせ伯爵家の下働き連中とか買収して聞いたんでしょ?」

「誰がいつ下働きの連中だって言った?」

ニヤニヤと笑いながら口にした妙に明るい台詞に、私は眉を顰める。

だって普通こういう話で推測出来るのは、伯爵家の下働き連中の誰かが金で情報を売ったって事じゃん。


それなのに、この男……





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