はじまりのはじまり1
「あーあ」
人の往来が溢れる街角の片隅で嘆息を漏らすが、すぐそこのメインストリートを走る馬車音や町を賑わせている人々の喧騒によってかき消されてしまう。
そのため誰も気に留めず、周りの人々が怪訝に思う事無く時を過ごしていた。
町の風景と化している一庶民が憂鬱でも、世界は変わらず流れ続けるだろう。
これが王族や貴族なら話は別だが。生憎と私には無関係。
それを良い事に私は言葉を道に置き去った。「あー、銭が欲しい」という欲望を。
「もういっその事、空からお金が降って来ないかなぁ」
……なんてそんな事あるわけ無いと自分を嘲笑しつつ、ふと空を見上げればどんよりと重苦しく濁った雲と目があった。しかも、いつ泣きながら叫んでもおかしくないとばかりに天は雨雲で覆い尽くされていた。それを見てさらに気分が沈んでいく。
――なんだかこれではお金ではなく、違うものが降ってきそう。
頼むから私が仕事先に戻るまで降らないで欲しい。肩から提げている鞄の中にある伝票なんかが濡れると困るし。第一、こっちは風邪なんて引いている暇なんてないのだから。
ぶっ倒れでもして体が動かなくなってしまえば、銭が入って来なくなるどころか、薬代なんて支払う余裕なんてないのよ。
休んでいる暇なんてない。なんて言ったって、早々に三百ギル用意しなければならないのだから――
早くお金稼いで送らなきゃ。そのためにここヴァン王国に来た。
私は二年前にこの国へやって来た。世界最大領地誇るヴァン王国・王都サナへ。ここで花屋を営んでいる、同じ孤児院出身のイファン兄さんを手伝うために。
イファンと私は血の繋がりがないが、孤児院時代に共に兄と妹のように助けあって生きて来た。
だから私はイファン兄さんと呼んでいるの。
ここサナはとても賑やかな城下町。雨が降ろうが雷が鳴り響こうが、町は静まりかえることがない。
いつも活気を周辺諸国へと溢れ流している。
さすが世界最大領地を持つ大国。
ここが経済の中心と言っても過言ではないと思う。
硬貨に羽が生え渡り鳥が大量に飛び交うように、常にあちらこちらに忙しなく移動していた。
会社や商店も多ければ人も多い。そのため求人も沢山ある。『ここにくれば、仕事に在りつける』そう言われるだけの所以があるわ。
もちろん、経済だけではない。それは衣食住に関しても。ここは平和そのもの。
楽園と言っても過言ではないかもしれないね。だって犯罪は殆どなく、飢えの苦しみを知る者もいないの。
おそらくそれは国政基盤がしっかりとしているのためだ
。町にある孤児院は全て人の手がいき届き、まるで高等教育施設のような建物。外で遊ぶ子供達の笑顔も輝きを放っていた。
あれを初めて見た時は目を疑い、茫然と立ち尽くしていたっけ。そしてその後、憎しみと妬みに襲われた。どうしてこの世は不平等なのだろうと。
それは酷く明確な事。先に立つ者が私の国とは違うのだから。内戦や飢餓に苦しむ、あの場所とは――
私が捨てられた孤児院は内戦真っ只中のとある国に在った。
幸いな事に孤児院が国境沿いにあり、主に戦があった戦地より遠かったため、血生臭い事とは無縁だった。それでも老朽化が進んだ建物の下、少ない食糧をみんなで分け与え、水で腹を満たす生活を日々過ごせていた。それでもみんながいた。だか、彼らもだんだん人数が減っていく。
無理もないって思う。だって治療費が無いため病院にもかかれず、食事もまともに取れないのだから。
孤児院を出る十五歳まで生きられれば奇跡的。何度、人が天に召すのを見てきたのだろうか。
そんな状況なのに、戦火から逃れた子供や捨てられていく子供が増えていくばかりで状況は悪化を辿っていた。
そんな状況下でも、国はそれに手を差し伸べてくれることはなかった。民より自分達が大事。お金は下々までは流れてこない。
それでも尚、光はあったんだ。
それは時折、巣立っていった孤児達が食糧とお金を持ってきてくれる事。15才になり、国境を越えなんとか外へと逃げていき、職についた彼らにより孤児院は支えられている。今は内戦も休戦状況でいくぶん状況は改善しているからマシだけどね。
でもさ、そんな場所でも私にとっては故郷。帰るべき家だと思うのは、あそこで暮らした家族同然の人達がいるから。私は、勝手に家族って思っている。
だから私は、なんとしてもお金を作らなければならない。少しでも彼らに安らぎを与えるために。親に捨てられ、冷たくなった私に温かさをくれた人達に恩返しをするために。
そうこの世はお金なのよ。金こそ全て。お金が無ければ救えない――
「三百ギルかぁ……」
つい先日同じ孤児院出身の子から、兄さんと私の元に手紙が届いた。内容は、とうとう孤児院の建物が御臨終なされたとのこと。どうやら天井が崩れ落ちてきたらしい。
今はなんとか応急処置で補強して雨風は凌げているみたい。
でも幸い怪我人はいなかったのが不幸中の幸いだ。だが、またいつどこかが崩れるかわからないし、それに他にもいろいろと修理を要する箇所が増えているらしい。
井戸も水が出にくくなっているから、新しい井戸掘らなきゃならないし……
とにかくまず、早急な建物修理が必要。そのための費用が三百五十ギル。
その金額を巣立っていった有志達で用立て、それを修理に回そうという話だ。
私がずっと頭を悩ませているのは、それ。
三百五十ギル。それがどのぐらいかって言えば、一般庶民が三年はゆうに暮らしている金額。
働いている孤児達全員にカンパしたとしても、容易く集められる金額では決してない。
――でもなんと私は今、手元に五十ギルあるのよ! って言っても、ついさっき用立てたんだけどね。
しかもあんなに容易く。モノの数秒で。お手軽簡単。ちょっとした物を売っぱらったのだ。
しかし、生まれて初めて名も顔も知らぬ親に感謝だわ。ただちょっと首元が寒いのが難点だけど……
右手を伸ばし首元に触れると、そこにはつい数分前まであったモノが無く、指先はなんの障害も無く首に触れてしまう。
無くなったモノ――それは、今まで寒い日には防寒着代わりとなっていた髪だ。
数年切ってないため、腰下まで長くなっていた。
しかも、これが自他認めるぐらいに綺麗なのよ。生まれ持った体質なのか、金糸のよう。羽のように柔らかく心地よい触り。癖のないストレートで、朝日を浴びれば、まるで宝石のような艶と輝き。
――……私の唯一の自慢だった。
学も家柄もないし顔もいったって整っているワケではないけど、これだけは胸を張れたこと。
まっ、今ではそれが耳下までばっさりと切られ消失。しかも、一つに纏め結わえたのを、ただ鋏でバッサリと切っただけだから長さがバラバラで無様。
でも良かったわ。ハニーゴールドで。この国で珍しいからって、高値で買ってくれたのだもん。
しかも、五十ギルなんて大金でよ? 太っ腹!
おかげで右肩に斜めがけしているバッグが、ちょうどいい重みを与えてくれている。
金貨と銀貨をあんなに見たのは初めてだわ。いつも銅貨とかばかりだったし。
――早く兄さんに五十ギル集まった事教えたいよ。きっと驚くわ。私の髪の件を踏まえれば二度ほど……兄さん、怒らないわよね? だって孤児院のためだもん。
「少しは女の子らしくしろ」って、この間可愛い飾りが付いたゴムプレゼントしてくれたばかりだけどさ~。あのゴム無駄になっちゃったな。
今は耳の下隠れるか隠れないかだから結べないし。でも、林檎の飾りついていたから、手首につければなんとか……
「ごめんね、兄さん」
きっと兄さんに怒鳴られる。いや、もしかしたら兄さんは悲しそうな顔をするだろう。いつも私の髪褒めてくれていたし。
そんなちょっとした不安が胸を過ぎったせいで、私の足は思わず地面へと縫い付けられてしまう。
そんな時だった。ぽたりと左頬に液体が一滴落ちてきたのは。