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兄さん

「もうこんな時間か……」

空は茜色に染まり、城下町には所々に灯る明かりが。

ふとすぐそこの食堂を見れば、エプロン姿の女性が葡萄と蔓のマークの看板を掲げている所だった。

それは今から酒場に変わりましたよという合図。

この王都では日中食堂として経営し、夕方からは酒場も兼ねるというスタンスを取っている店が多い。

そのための目印が看板となっている。


城ではなんだかんだ長居をしてしまったので、この時間になってしまった。

軽食を取ってからはニクスの話に付き合ったり、リリアン様とお茶をしたり。

それから国王様にお誘い頂いた昼食など、急遽分刻みに組まれたスケジュールの消化したせい。


――でも楽しかったな。どうせ仕事も休みだったし、家に帰っても何もする事なかったもんね。


帰りは馬車で送ると申し出があったけれども、少し歩いて帰りたい気分だからと丁寧にお断りした。

ゆっくりと歩きながら、いろいろ整理したかったから。


穏やかに流れていく夕方の町並みの中には、手を繋いでにこにこと歩いている親子の姿も伺えた。

母親の手には野菜の入った篭。

もしかしたら遊びに出た子供を迎えに行き、帰りに夕食の食材を購入してきたのかもしれない。


そう言えば、兄さんも私の事迎えに来てくれたっけ……


私は赤子の頃、施設の門前に捨てられた。

だから生まれも育ちも孤児院。

でも物心がつき始めた頃に自分の置かれている立場が理解出来ず、私は両親を捜しに出かけた頃がある。

捨てられたなんて思いたくなかったから。


もしかしたら自分は他に居るべき場所があるんじゃないか。

絵本の中にあるような愛情溢れる家族が温かい食卓を囲んで私を待っているのではないか。

そう思い隙を見て逃げ出して、即迷子。そして野犬に囲まれた。

とぼとぼと歩けるようになった子供は、その獣の格好の餌食。

そんな自業自得な私を探しに来た兄さんが野犬を追っ払い、助けてくれたんだ。

その後拳骨と説教くらったけど。


でも、ちゃんと話を聞いてくれた。

「かぞくがほしい」と泣きじゃくる私に、兄さんが「俺がなってやるから、もう勝手に出て行くな」って。「家に帰ろう」って手を繋いで施設に帰っていった。

その時から、私はイファンの事を兄さんって呼んでいる。


「懐かしい」

気づいたら、そう呟いていた。

帰ろう……

ただ佇んでいても通行の妨げになるから早く帰ろうと、足を踏み出しかけた瞬間。

「なんだ、ヒスイも手を繋いで帰りたいのか?」と、からかうような声を背にかけられてしまう。

その聞き覚えのある声に振り返り確認。私は呆気に取られた。

だってそれはイファン兄さんだったから。


――城下町だし出会う事があるだろうけれど、まさかこんなタイミング良く出会うなんて!


「顔色良くなったな」

と兄さんは屈み込み、私の顔色を伺っている。


「眠ったから。それより、兄さん。どうしたの?」

「集金の帰りだ。お前は?」

「お城の帰り。ご飯食べたり、おしゃべりしたりしてたらこんな時間になっちゃった」

「そっか……そうだよな。お前も新しい家族が出来たんだもんな。仲良くやっているようで良かった」

そう言ってくれているんだけれども、兄さんの表情が芳しくない。

なんだか無理して笑っているみたいだ。それが胸に引っかかり、私は訊いた。


「ねぇ、どうしたの?」

「何が?」

と、兄さんはその質問に誤魔化すように、私の頭上へと手を伸ばしてきた。

そして明らかに乱れた! とわかるぐらいに、乱雑に頭を撫でてくる。

「髪ぐしゃぐしゃになるーっ!」

とすぐに頭上にある大きな手に触れれば、ガサついた皮の厚い感触に月日の経過を再度認識した。

変わっていくのは仕方のない事だ。幸せを求める事は悪い事ではない。

だから私も離れなければならない。兄さんから。凄く寂しいけれども――


「兄さん。あのさ……」

口ごもりながらも私は自分の思っている事を話そうとした。

だが、渇いた口内は水分を欲しているらしく乾燥状態。

そのため上手に声が出ずらい。


やっぱりまた今度にしようかなと、弱さ故に心と共に視線が彷徨えば、ふと兄さんの手元が視界を掠めた。オレンジ色のそれはを見て、私は思わず「あ」と声を上げてしまう。

兄さんの手中にあるもの。それはミニブーケだ。

オレンジのガーベラやミニ白薔薇、それからブルースターに赤い木の実等によって作られたもの。

薄黄色の防水加工が施されたラッピング紙に包まれ、リボンで結ばれていた。


「これって……」

「あぁ。これ覚えているか?」

「勿論っ! これ私が初めてアレンジしたお花だもん。兄さん、よく覚えていたね」

初めて自分で一から作った作品。

アレンジなんてしたことがなくて、どうしていいかわからなかったけれども、やっているうちに楽しくなった。

それが段々と形になって嬉しくて、最後には思わず形に残すためにスケッチしてしまったぐらいだ。


「やる」

「え?」

そう言われ、胸に押し付けるように渡された。


「ありがとう。一体どういう風の吹き回し? 誕生日でもなんでもないよ。結婚祝いはブーケ貰ったから違うだろうし」

私が結婚式で使用したのは、兄さんが作ってくれたブーケ。

うちにある花で一番高価で華やかなものをと、頑張ってくれたんだ。

だからライト様の隣でも、浮かなかった。ブーケだけは。


「なぁ、ヒスイ。店、辞めないよな?」

「どうしたの? 急に」

私は花を弄りながら尋ねた。


「朝、お前が振るわなかったから」

あぁやっぱり気づかれてたよねと苦笑いを浮かべ、私は兄さんを見上げる。

するといつもと違い、珍しく揺らいでいるブラウンの二つの球体と目がかち合う。


「……今は辞めないよ」

「今はってことはいつかは辞めるって意味に取れるぞ。まさか、花屋が嫌いになったのか?」

「嫌じゃないよ。でもさ、やっぱり私がいつまでもいるわけにはいかないじゃん。

アリーさんと兄さんが結婚したら、アリーさんが店に入るだろうし。そうなったら人手多いでしょ」

「多くて困ることはないだろうが。辞めるなよ。これからもずっとうちで働けばいい」

「そういうわけにはいかないでしょ。人件費かかるってば」

「頼むから辞めるな……」

だんだんと沈んでいく言葉尻と共に、がしっと手首をを掴まてしまい、困惑。

だってあまりの突然行動だったんだもん。

こんなに気弱な兄さん見た事ない。

決して逃がさないようにとばかりにきつく掴まれている箇所からは、震えが伝わってきて、私はやっとわかった。


「兄さん。もしかして怖い?」

「……あぁ。怖いよ。可愛い妹が居なくなってしまいそうでな。頭ではわかっている。お前だって結婚したから、いつまでもあの店で働く事なんて出来ないって事ぐらい。だが、あの店以外で俺達兄妹が繋がれているものなんてない。それが無くなってしまえば、お前を一生失ってしまいそうになるんだ」

どうやら血の繋がりを気にしていたのは私だけではなかったようだ。


「兄さん。私ね、怖かったんだ。アリーさんに居場所取られそうで。私と兄さんは血のつながりが無いから、もし店を辞めたら私は兄さんの妹ではなくなりそうで……でも、ちょっと安心したよ。兄さんも同じなんだね」

「お前もか?」

「うん」

私は頷くと手首を掴んでいる兄さんの手をゆっくりと引きはがし、そのまま繋ぐ。

すると兄さんは「仕方ないな」と言いつつ、笑いながら歩き出した。


「やっぱり、さっきの羨ましかったのか」

「羨ましいというか、ちょっと思い出したの。兄さん後は店に戻るんでしょ? 途中まで一緒に帰ろうよ」

集金の途中でどこかに寄るという事はあまりうちの店ではしない。

お金を預かっているから。無くしたり盗まれたりしたら大変だしね。


「あ~、実はなヒスイ。集金っていうのは嘘なんだ。ちょっとお前の家に様子を見に行こうと思っていた所だったんだよ」

「そうなの? あっ、だからブーケ持ってたんだ」

「あぁ。他に渡すのが浮かばなくてな」

「ねぇ、兄さん。いつまでも私の兄さんで居てね」

「当たり前だ」

「ライト様と喧嘩したら実家帰ってもいい?」

「おー。来い来い。でも、あの人温厚そうだから、喧嘩なんてなさそうだけれどもな」

なんて軽口を叩きながら、私は兄さんに送って貰った。






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