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初めての夜なのに退場

ちょっと長めです。

「さぁ、着きましたよ。今日からここが貴方の家です」

「ここですか……?」

ライト様にエスコートして貰いながら馬車を降り、見上げる敷地規模は私の実家が軽く二十は入るであろう広さだ。

赤煉瓦の塀に囲まれた三階建のお屋敷で、よく配達で行く高級住宅区にあるような一般的な代物。


誰もが寝静まる真夜中だというのに鉄門は開いているし、玄関には火が灯され、窓からは明かりが漏れているのが伺える。もしかしたら私達が来るのを待っていてくれているのかもしれない。


――やっぱり、泊って来た方が良かったのかな……?


ライト様が「城に泊ったら夜の話が筒抜けになりますし、いろいろ聞かれる可能性があるから屋敷に帰りましょう」って言ったから了承したけど。

お仕事とは言え、この時間まで起こしてしまっているのはなんだかちょっと心苦しい。


やっぱりここは軽くご挨拶して、後は明日に改めて部屋に切り上げた方がいいよね。

あれ? 部屋と言えば私とライト様って寝室どうなるのかな?

肝心な事を聞いてなかったとはたりと気づく。

だが、一応夫婦になったし別にいっかと放り投げた。


「ヒスイさん。お手を。暗いので足元気をつけて下さいね」

どうやら王子様モードは継続中らしい。

私は頷くとライト様の手を取り、石畳みを一緒に歩いていく。

木の葉が風で遊ばれる音や虫の音よりも、私達の足音だけがやたら響いていた。

晴れて夫婦。でも、なんだかあまり実感がわかないんだよね。

最初はこんなもんなのかな?


「父上より少し話がありましたが、ちょっとうちは使用人が他所と違って変わっているんです。僕は綺麗な女性が苦手でして、うちには女性は雇っていないんですよ」

「大丈夫です! メイドや侍女にお手伝いして頂かなくても一人で着替えとかも出来ますし」

「いえ、メイドはいます。いますが……時にヒスイさん。筋肉質な方は大丈夫ですよね? お兄さんがそちらの人だったので」

「はい。ガチムチは問題ないです。兄さんで慣れてますよ」

「良かった。なら大丈夫そうです。少し不安だったんですよ」

何が? と聞く前に、どうやら玄関先についてしまったようだ。

ドアノッカーを叩きライト様が帰宅を告げれば、すぐに玄関の扉が勝手に開く。

どうやら待機してくれていたみたいで準備がいい。


「お帰りなさいませ、旦那様。奥様」

現れたのは老執事だった。

扉を開いてくれたまま腰を折り、私とライト様を中へと招き入れてくれる。

その出迎えに私は頭を下げた後、玄関をくぐろうと何気なく中へと視線を向け固まった。

それはもう銅像のように。


「な、な、な、なんで!? えっ!?」

咄嗟にライト様の腕にしがみつき、彼を見上げる。

すると彼はただ苦笑いを浮かべ、「やっぱり驚きました?」と申し訳なさそうに口にした。

驚いたも何も顎が外れたように口が塞がらないってば!

これか。これが国王様が言っていた事なのね……


玄関ホールには使用人の方達が夜中だというのに、ずらりと一列に並び待っていてくれた。

うん。それはありがたい。ありがたいけれども、それが問題だ。

つい突っ込まずにはいられない。なぜ、この屋敷のメイドは――


「ガチムチマッチョなお兄さん達がメイドなわけっ!?」

叫んでしまった。初日だというのに。しかも真夜中だというのに。


そう。現状は私が叫んだままの通り。

コックなどの使用人が一列に並んでいる中に、異様に浮いている筋肉質なお兄さん達。

彼女なのか彼らなのか相応しい発言は現状では厳しいが、その方達がメイド服を着ている。

それは石で頭を殴られたぐらいの衝撃を受けてしまったのだ。

なぜかそれを見て兄さんの姿が頭をよぎってしまったのは、秘密だけど。


「あら? 私達の肉体美に何か問題でもぉ?」

筋肉質なお兄さん……つまりはメイドが甘ったるい声で訊いてきた。

あれか。あれなのか。心は乙女の方達なのか。

それとも女装癖の方達なのか。


――どれが正解なのっ!? ライト様っ!


「すみません、ヒスイさん。やはり先に言っていた方が良かったですね。最初うちに来た人はみんな驚くのでわかってはいたのですが……」

でしょうね。と、私は心の中で同意した。


「でも皆さんよく働いてくれるんです。アイリスは花壇の世話をしてくれ季節の花で楽しませてくれますし、イルダはとても美味しい紅茶を入れてくれます。勿論他の方達も。ですから……仲良くして頂きたいです……」

言葉尻が弱くなり最後には消えかけて耳に届いた。

ライト様は肩を落とし、眉を下げこちらの様子を伺ている。


わかっている。わかっていますよ。

悪い人達ではないというのは。

ただ曲がり角を曲がったら行き止まりでしたってぐらいに、予想外の展開だったから頭がついていかなかっただけですって。


「……あの、大丈夫です。本当に大丈夫です。ちょっとカウンター喰らっただけですから」

「本当に?」

「えぇ。問題ありません。筋肉は兄さんで慣れてますし」

一度見てしまえば、あとは平気だと思う。

慣れなければ、兄さんに手伝って貰ってなんとかするわ。

メイド服着てくれるかわかんないけれども……


「まぁ! 奥様のお兄様と一緒にしないで頂けるかしら? はっきり申し上げて奥様は貧相な体。そのお兄様とはたかがしれています」

「そうそう。私達の筋肉は他の筋肉とは違うのよ。見なさい。この二頭筋。貴方のお兄さんにはこの美しさがあるのかしら?」

初対面なのに刺々しい言葉に、私は頭が余計働かなくなった。

ひ、貧相な体って……あぁ、たしかに凹凸が……

思わず自分で足先から胸元まで視線を這わせてしまい、自己嫌悪。


「ヒスイさんはまだ成長期ですよ。そんな失礼な事は言わないで下さい。それに義理兄さんも貴方達に負けずに筋肉質でしたよ? お花屋さんをやっているからですかねぇ」

「花屋だからではないかと。兄さんは元々細かったですよ。孤児院時代はがりがりでしたから。でもこちらに来て鍛えたんです」

兄さんはあのがりがりがコンプレックスだったんだって。

だからこちらに来て体を数年かけて鍛えてああなった。


あまり鍛えられると服が無くなって困るのよね……

オーダーだと高いし。


「花屋…孤児院……まさか!」

単語のピースを当てはめるように彼女達は呟く。

そしてすぐに突然野太い数人の驚きに染まった声を聞く羽目になってしまう。

それが獣の鳴き声みたいだったため、私とライト様はお互い体をビクつかすぎてぶつかってしまった。


「奥様のお兄さんって、イファン様ではなくて?」

「えぇ、そうです。兄さんを知っているんですか?」

「当然よ! あの筋肉の曲線美。見惚れない人なんていないわ! 王都一よ!」

目を輝かせながら恍惚と語るメイドさん達に、私はなんと答えていいかわかんなかった。

だって、そんな事一度も思った事がないから。

兄さん、良かったね。王都一って褒められたよ。


「イファン様の妹君だったなんて! あら運命的!」

「本当に! ぱっと出の小娘にうちの大事な坊ちゃんを任せられるかって思っていたけれども、イファン様の妹君なら安心ね」

「ねー」

となんだか異様に盛り上がっているメイド達に、私は困惑した。

兄さんに恋人がいるのを言った方がいいのだろうか。

結局迷ったけれども、私はそれを告げる事に。


「あの、兄は結婚を約束した恋人が……」

「いやねー。そういうのじゃないわよ。筋肉の美しさが憧れているの。後で奥様にも教えて差し上げますわ。筋肉の素晴らしさを」

そう言われながらウィンクを飛ばされ、私は「あはは」と渇いた笑いで答えた。





今日はもう遅いからとあれからすぐに私達は寝室へと切り上げた。

どうやら部屋は別々らしく、私が案内されたのは二階のやや真ん中あたりの部屋だった。

そこはライト様の間隣で、内扉にて繋がっているそうだ。


「うぅ……疲れた……」

ふかふかの雲のような布団の上にて、私はもう瞼が閉じそうな勢い。

着替えなければならないのに、疲れでそれも放棄したい気分。


あー。メイクもしているんだったっけ。

そう言えばメイド達に、肌のためにメイクは必ず落として寝なさいって言われたなぁ。

あとそれから「思い出に残る記念すべき夜のためにお着替え等お手伝いしますわ」って言われたけれども、時間も時間だし断った。


……あぁ、でもそういう事か。やっと意味がわかった。

結婚して初めて共に過ごす夜だから、言っていたのかぁ。

なるほど。偽装結婚だったから考えてもなかったよ。


一応、ライト様に伺うべきよね……?

まどろむ意識の中で私はあれこれ考えた。

眠い。でもそれでもなんとか眠い目をこすり起き上がると、扉まで歩いていきドアノブを引いた。


「ライト様。伺いたい事が……――」

「え?」

ちょうど扉を開いたら最初に目に入った光景が、着替え中のライト様だった。

上半身裸で、ズボンも脱ぎ掛けている。


しかも、私の旦那様は脱いだら凄かった。

てっきり風に吹き飛ばされる体だと思っていたのに、衣を剥がせばやや細めだが筋肉がちゃんとついている。いわば細マッチョというやつだ。

鎖骨辺りがとても綺麗で芸術品のよう。そのまま飾られて観賞用と言われても違和感ない。

あぁ、それから腰から尻にかけのラインも。

これがさっき言っていた筋肉美ってやつか。ちょっとわかってきたわ。


――別にフェチとかではなかったが、これは好き。


「キャっ! な、なっ、な、なんですかっ!? のっ、ノックして下さいっ!」

女性のような甲高い声を上げながら凄まじい勢いでしゃがみ込み、床に脱ぎ捨てていた上着で胸元を隠す。そんな頬を染め潤んだ瞳で抗議するとは、まるで乙女のような反応。

その様子からどうやら王子様モードは終了していたようだと悟った。


「ごめんなさい。以後気をつけます」

性格がおおざっぱなせいか、私は時々ノックを忘れる。勿論実家限定で。

今日は疲れていたせいで、すっかり抜けていたみたい。


「ど、ど、どう、どうなさったのですか!?」

「あのお話があって。初夜ですけど、どうしますか?」

「初夜っ!?」

と、叫び立ち上がったライト様は、ズボンを脱ぎ掛けていたのを忘れたのだろう、そのまま引っかかり見事に転げた。

この人は……と思いながら慌ててかけより、「大丈夫ですか?」と声をかければ、あの鎖骨が目に入り、私は欲望の蓋を開けてしまった。

そして罪を犯してしまう。触ってしまったのだ。あの鎖骨を。


するとライト様は目をこぼれんばかりに大きく見開いたかと思えば、「いやぁぁぁ」とまるで絹を裂くような声で叫んだ。そしてそのまま這いずるように逃げた。


それはもう。お隣はおろか、その先のお宅まで響くぐらいに。

終わった。あらゆる意味で終わった。私の新婚生活初日。

これはご近所さんになんて言われるかわからなくなってきたぞ。


「ちょっと! ライト様。そういう大声は……」

まるで私が痴女のようではないか。

たしかにこっちが悪い。悪いけれどもさ。

とにかく落ち着かせなければと、近づけば「いやぁ!こないで下さいっ!」と、またまた叫ばれて手が付けられなくなった。


一体どうしたらと思いながら手を触れて良いか彷徨わせていたら、「旦那様っ!」と野太い声とばたばたと廊下から走ってくる音。どうやらやって来たようだ。彼らが。

もうわかる。扉開けるまえからわかってしまう。


「旦那様っ! 一体何事ですか!?」

と、扉を壊しながら入って来たのは、メイドのアイリス達。

そして執事。と、その他の下働きの方々。

彼らは「あぁ……」とその場を一瞥してすぐに察したらしい。

一人の使用人が旦那様に毛布をかけ、なんとか宥めている。


「奥様。旦那様は繊細なんです。デリケートですので、優しく接して下さいませ」

老執事が私の前に歩いてくると、静かに口を開いた。

「でもただちょっと触っただけ……」

「ちょっとも駄目です。いいですか? 最新の注意を払って頂かないと。穏やかに優しく。まるで生まれたての雛を触るように。いわずものがな事前にちゃんと声を掛けて」

「あの。これは私の推測なのですけれども、もしかして旦那様は女性経験が――」

「奥様退場!」

私の声にかぶせるように執事の声が重なり、静かに使用人により扉が開かれた。

「一発退場って……」

「奥様をお連れしなさい」

「かしこまりました」の事と共に、「よいしょ」と掛け声に合わせ私の両腕をメイド達が持ち、体が中に浮く。そしてそのまま強制的に退室。


その後、私は食堂にて旦那様の取り扱いに関しての講義と説教を聞く羽目になり、結局眠れぬ夜を過ごした。



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