結婚式
結婚式。それは一生に一度の女の子の夢。
吟味に吟味を重ね選んだ純白のドレスに、ダイヤモンドやパールがふんだんに使用されたティアラとネックレス。
それからいつもよりも念入りに専属の職人により施されたヘアスタイルとメイク。
それらは女の子をお姫様にしてくれる――
……はずなんだけど、私にとっては戦地へと向かう戦士の防具のようだ。
まず重量が半端無い。
ドレスなんて一度も着用した事ないけれど、こんなに重いなんて思いもしなかった。
しかもコルセットで内臓を絞り上げられているし。
それにヒール。配達等で動き安いようにぺたんこの靴を日常で使用しているから、慣れない。
あ~。しかも緊張で心臓飛び出しそうだわ……
という、私の纏っている緊張感を物ともせず、周りは和やかムード。
「おっ、このアレンジ良いな。どこの花屋だ? あぁ、こっちは珍しく南東の地方原産の花を使ってるじゃないか。どうやって加工しているんだ? おい、ヒスイこっちに来て見て見ろって!」
ドレッサーやソファが置かれている三十畳ほどの室内の床に、ぎっしりとアレンジされた花が敷き詰められていた。おかげで人が歩くスペース以外は占拠されてしまっている。すでに廊下にも並べられているため、仕方なくこの部屋にあつめられてしまっている。
ここ、花嫁控室なのに……主役がますます霞んでいく……
その花を一つ一つ丹念に兄さんは見つめていた。
まるで子犬とでも戯れているような表情で花々を愛でている。
少しは着飾った妹を見て欲しいというのに、相変わらずの花バカなため国内や国外から送られてきた花をここぞとばかりに観察中。
「イファン兄さん、ごめん。今、マジでそういう仕事関係の話は無理。もう緊張しすぎて心臓を吐き出しそうなの……」
「ヒスイ。言葉遣い気をつけろって毎回言ってるだろ? マジでとかそういう言葉を言うな。お前はこれから何処に嫁ぐと思っているんだ?」
「兄さん、それは重々理解しているから言わないで。ごめん、それより水取って。一人だと動けない」
コルセットなんて普段しないから、腹が窮屈。
その上、補正下着も使用しているから、まるで全身ギプスを使用しているみたいに体が自由に動かない。
しかもふわふわのメレンゲのような裾のドレスでは、足に布が絡まって転びそうになってしまいそうだ。
世界で一つだけのウェディングドレスに、同じように世界で一つだけの『プリンセスヒスイ』とデザイナーが名前をつけたティアラ。
そして旦那様は王子様。
それなのに言いしれぬ不安がどんどんと私を浸食し、食いつぶしていく。
「喉が張り付きそう」そんな弱音を吐けば、兄さんは苦笑いを浮かべた。
「わかった。待っていろ。すぐに持っていく」
兄さんは立ち上がり花々の迷路を通り、テーブルの上にあった水差しからグラスへと水を注ぐ。
そしてすぐに窓際にいる私の元へと真っ直ぐ向かい、グラスと差し出してくれた。
身の沈むぐらいにふかふかのソファに座り、それを受け取る。
なんてお姫様のようなのだろうか。いたせりつくせりだ。
「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。王子モードの兄上がエスコートしますので」
コツコツという足音と共に、ピアノの音のように心を浄化させるような声音の主は、
こちらに近づいてくるとグラスを傾けている私の前で足を止めた。
その人物はこちらに優しく微笑みかけてくる、とてもとても愛くるしい表情をしたニクスだ。
教会にある天使の象のような無邪気さの中に、慈悲深さも秘めているように感じられる。
今でさえこうなのだから、それはきっと大人になれば、美男子になる将来有望だろう。
だが、忘れてはならない。こいつのせいで私は過去最大規模で緊張しているのだから。
「誰のせいだと思っているのよ!? 小規模な挙式なんて言って、聞いたら出席者300人もいるじゃんか!」
急だった上に第六王子なため小規模な結婚式だと伺っていたので、余裕ぶって会場に入り軽食を楽しんでいた。
それなのについさきほど係のお姉さんが説明してくれた話を聞いた瞬間、死神に鎌を振られ、行儀が悪かったが私は飲んでいた紅茶を霧に変えてしまった。
「たかが300人で何を大げさな。挙式後の宴は500人ぐらいですよ?」
「はぁ!?」
「言っておきますけど、上の兄上の時はもっと数が多かったですから」
「マジですか……」
私は手にしていたグラスを一気に煽ると、深呼吸した。
少しでも緊張を解くようにと、体に大量に酸素を送り込む。
「それよりも国王様達にご挨拶は、本当に式後で大丈夫なの?」
ライト様はうちにご挨拶に来て下さったけど、私はまだ出来ていない。
予定はあったんだけど、当日自宅に迎えに来てくれたライト様が酷く憔悴仕切っていて、「後日お願いします。今は……」と言い残して去って行った。
もしかして反対にでもあったのかとやきもきして、ニクス王子に手紙を出しら、逆に盛り上がり過ぎて問題だったらしい。それはもうライト王子のお母様だけではなく、他の側室の方や王子様・お姫様達が。
あまりに加熱したので、手が付けられないと判断。
そして結局は、式が終わってからにしましょうという異例の事態になったというわけ。
「えぇ、構いませんよ。恐らく最前列に座っていると思います。緊張もそれで解けますよ。あの方達、お祭り騒ぎですから」
「王族のイメージが段々崩壊していくんだけど……」
「僕たちも人間なんで。それになんと言っても目出度い。あの兄上が結婚するのですから。これで研究室にこもりっきりの兄上も少しはマシになるでしょう。楽しみにしていて下さいね。母上達はとても個性的な面々ですので」
「……それはどう受け止めていいのよ」
もう十分個性的すぎる連中ばかりなのに。
旦那様はガラスのハートだし、義理の弟は天使のような悪魔。
国王様は勝手に招待状出すし。
これ以上どんな濃いキャラいるのか?
あれこれと妄想をしていると、ノックの音が耳に届き、私は「はい」と返事をすればライト王子が登場した。
「――ヒスイさん。準備は出来ましたか?」
形から入るタイプなのか、旦那様はもうすっかり王子モード。
微笑みを浮かべ、こちらに足を進めてきた。
花々に囲まれるその姿が様になっている。
白地に銀が少し入ったようなタキシード姿が似合いまくり。
旦那様、ちょっと格好良すぎませんか?
隣に並びにくいです……
*
*
*
何もかもが荘厳で、見たことも触れたことのないものばかりだった。
式場へと通じる扉も天井や壁はおろか、床さえも。
私にとっては、ドアノブさえ芸術品に見えてしまう。
逃げたい。逃げたい……
私の目の前にある銀の扉は、二つの板に相対する女神像が掘られ、一人では決して開けないであろう大きさと厚さのためドアマンが四人ほどいる。
そしてそれに附属するように天井や壁には、著名な作家が描いたと思われる楽園図が描かれていた。
見事な色彩で、私はそれに目を奪われてしまう。
会場に入る前なのに、もうすでに私のキャパは埋まってしまっているらしい。
口を開けている私とは違い、ライト様はクスクスと笑いながらそんな私を観察。
やはり生まれなのか、こういうのが珍しくないみたいだ。
「……中はもっと綺麗ですよ。大理石の大柱が見事ですし、なんと言ってもステンドグラスでしょう。賢王と呼ばれたアルフレッド王と王妃、それから子供達の姿が模されていのです。賢王と呼ばれた彼らのように、繁栄を極めますようにとの願いが込められているそうですよ」
「……そんな見る余裕なんてないです」
「大丈夫ですよ。僕が隣にいますから。さぁ、準備はいいですか?」
そう訪ねられるが、準備も何も既に会場の人がスタンバイしているし、もう会場から音楽は流れてきたしでもう逃げ場がない。
体が小刻みに震えはじめ、私はライト王子の腕にしがみついた。
本当は添えるだけ。と言われたのに。
「ごめんなさい。失敗してご迷惑掛けてしまうかもしれません」
もうすでに逃げ腰の私に対し、ライト様は喉で笑った。
「ごめんなさい。僕も先に誤っておきますね。両親含め家族がご迷惑をかけます」
「……え?」
ぱちぱちと瞬きしてライト様を見れば、なぜか苦笑い。
かと思えば、空いている手を伸ばし私の髪を撫でた。
「貴方は僕の結婚相手です。それだけですでに注目の的。その上、こんなに綺麗な髪を持っていますから。あの人達が騒がないわけがありません」
そう告げると、「そろそろ行きましょう」と告げ係の人へ目配せした。
それに答えるように深く会釈すると、ドアマン達が一斉に二対二に分かれ扉を左右へ。
光がこちらに向けなだれ込み、私達を照らし出した。