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誰このイケメン王子様!?

「兄さん、落ち着いてよ」

クロスで磨いていた食器から目を離し、私はすぐ傍にある食事用テーブル近くへと視線を移せば、そこにいる人へと声をかけた。

全く。何度同じ動作をすれば気が済むのだろうか。

少なくても私が目撃した段階で3回はやっているな。


「落ち着けるわけないだろ……来るんだぞ? あのお方がうちに」

いつもちょっと堅い口調だが、本日は石のような硬度でのお返事。

兄さんは潔癖症でもないのに、つい先ほど丁寧に拭いたばかりのテーブルへまた濡れたタオルを置き、それをごしごしとまるで床でも磨く動作を幾度もしていた。

だが、生憎とうちはウッドタイプの食事用テーブル。

そのため大理石のように磨けば輝きを放つものではないというのに、なんとも無駄な努力。


……まぁ、兄さんが忙しないのも理解出来るけどね。


なぜ兄さんがこうも神経質になっているかというと、本日ライト王子がうちに結婚のご挨拶へと来ることとなっているからだ。

そのため家では大騒ぎ。主に兄さん一人が。


結局の所、私達はまだ結婚していない。

ライト王子が「急に結婚とは、貴方のご家族が驚きます。ですから、ご家族の許可を得てからに」と。

よって、私だけまだ婚姻契約書にサインをしていないのだ。

そのため、本日結婚のご挨拶兼、婚姻契約書記入をする予定。


一応兄さんには軽く説明している。

勿論虚偽の内容だけどね。だって私とライト王子が恋愛結婚することになっているから。

配達中の私をたまたま通りかかったライト王子が見初め、私も一目で王子に恋に落ちてしまった。

だが二人の前には身分差という大きな壁。

人目を忍んで愛を育み、やがてそれが国王にも認められ……という、なんともベタな展開のストーリーにより、本日目出度く「娘さんと結婚させて下さい」とご挨拶に来る筋書だ。

無論、これを考えたのはあの似非天使。

趣味は読書と言っていたが、一体何を愛読しているのだろうか。


「ねー。もうテーブルはいいから。それよりこっち手伝って」

私は嘆息を漏らすと胸にかき抱いていた若草色の布を開き端を持つと、もう片方を兄さんへと渡す。

これは傷だらけのうちのテーブルを隠すためにと、先日布屋で格安品を入手してきたものだ。

テーブルクロスって買うと結構するし、どうせ兄さんが汚してしまうからこっちの方が安上がりなの。


「大丈夫よ。ライト王子は王子っぽくないから。キラキラオーラとかないし、むしろ子犬のように震えているような繊細な人。その辺にいそうな感じだからそう畏まらずに平気だってば!」

「ヒスイ。お前は優しいな……だが、俺だって王族の方をパレードぐらい見たことあるんだ。どのような方なのかわかっている……」

「え?」

いや、私は別に励まそうとして脚色して物を言っているわけではないのですが。

あれが私の第一印象だし。

むしろ、王子と言われれば「え?」と疑問しか湧かない。


「兄さん。本当にそういう人じゃないの。少しお話ししたけど、王子様と言っても仕事は研究者。

だから一般的な人と変らないわ。白衣着ているし、髪ボサボサで伸び放題だし。見てもらうとわか……――あれ?」

なんだか外の様子がおかしい。突如として騒がしくなっちゃったんだけど。

そのため私の言葉尻は弱くなり次第に消えていく。

地から湯が出るように湧き上がる歓声。それはまるで何かの祭りかのようだ。

まさかと思い兄さんを見れば、あちらも私へと視線を向けていた。


「嘘……もうそんな時間っ!?」

私達は慌てて階段を降りた。

うちは建物が二階建になっている。一階が花屋の店舗。そして二階が住居スペースだ。

さすがに店にはということで、上に案内する予定で掃除などをしていたのに。

間に合わなかったのか……


階段を降りるとすぐに店先に出る構造なんだけど、そのガラス越しにでもくっきりと馬車のシルエットが映し出されていた。

王族の紋章が刻まれたそれに引き寄せられるようにと、ご近所の方たちが出てきてしまったのか、ざわざわと人の声がこちらまで聞こえてくる。


――なんかめっちゃ大騒ぎなんですけどっ!!


あのライト王子を見てすっかり抜けてたけど、王族の馬車がこんな王都の商店街に停まるなんて滅多に……いや、もしかしたら初めてなんじゃないのっ!?


「ヒスイ、行くぞ。お出迎えしなければ!」

呆然としていると、兄さんい背中を叩かれ私は我に返り後を追った。

兄さんは鍵を開けガラス扉を開けば、その場に居た人の視線が全て私達へと集中する。

……事はなかった。

みんなの視線は、従者を従え馬車を優雅な動作で降りてきた青年へと降り注いでいたから。

人々は恍惚と、彼の存在に見とれてしまっている。


彼は、私達一般庶民が王族の公の場で良く見るような衣装を身に纏っていた。

少し下がりめな気弱な眉が気になるが、端正な顔立ちの凛々しい人だ。

彼の体と同じように腰にはゴールドの細めの剣を携帯している。

彼が何者なのか。それは彼の瞳が真実。緑色の瞳を持つ者――即ち、王族だ。


彼はこちらに気づき私へと視線を移すと、「ヒスイさん」とふわふわと柔らかい声で私を呼んだ。

それを聞き、私はやっとこの人が誰だか理解する事ができた。

ただ、まだ疑問が残っていたが。


「ライト王子……?」

「はい」

引き攣る私に対しライト王子は微笑む。


――ちょっと待って! 何これ、詐欺か何かですかっ!?


エメラルドをはめ込んだような鮮やかな色の瞳に、すっと伸びた鼻。

シャープな顔の輪郭。

髪も耳に掛からないぐらいにさっぱりと着られているし、何より醸し出している空気が全然違う。


これじゃあ、私の知っているライト王子と真逆だ。あのびくびくとした青年は何処へ?

まるで本物の王子様じゃん。……いや、王子様なんだけど。

替え玉? ダークブラウンの髪色はライト王子と一緒だけど、ダークブラウンって珍しくないし。

でも声一緒なんですけどっ!!


「ヒスイさん。申し訳ありません。少々早く着きすぎてしまいました。お時間平気ですか?」

「大丈夫だけど……」

「そうですか。よかった。あの、そちらがヒスイさんのお兄さんですか? ご紹介して頂いても?」

「あ、はい」

と返事はしたが、なんせここは店先。

取りあえず中へ入ってもらった方がいいわよね。

と、私は二階へ上がる事を提案した。

すると彼は頷き、従者へと道を塞ぐようにしていた馬車の移動を命じると私へと手を差し伸べてきた。


「いや、あの……」

これはという疑問は口の中に飲み込んだ。

もうここで何を言えば良いのかがわからなくなってしまった。


「段差がありますので」

「段差……」

私は視線を下へと降ろす。そして、「あぁ」と呟いた。たしかに段差はあるが、ほんの少しだけだ。

ガラス扉のサッシ。これのためにエスコートするのか。

ここ、私が毎日生活している家なんですが。そんな簡単に転ばないって。


「さぁ、どうぞ」

「はい」

と返事をして流れにまかせ手を添えた。

そしてそのまま中へと思ったが、壁が行く手を拒む。

それはぼうっとした兄さんだった。

どうやら初めて王族間近で見たため、緊張のラインを超えてしまったのだろう。

これからお話をするのだが、兄さん大丈夫かな……?


「兄さん! 兄さんっ!!」

私の太ももぐらいはある二の腕を掴み揺らせば、「あ」と声が発せられた。

どうやら立ったまま気絶というパターンは無かったらしい。よかったわ。


「兄さん。中でお話を」

「あ、あぁ。そうだな。さぁ、どうぞ。狭い所ですが……」

やっと動いた兄さんに促され、私達は中へと進んだ。




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