その物語(4)
――『蘇州の娘』
著:三女
わたくしが蘇州の西周家に奉公にあがったのは、十三の歳でございました。
江南の片田舎から出て来たわたくしにとっては、街の中を縦横無尽に張り巡らされた水路やそこをひっきりなしに行く小舟、水路と水路を縫うように建ち並ぶ豪商の屋敷のみならず市井の人々が暮らす長屋でさえも、洗練されたものに見えたものでございます。
蘇州は、わたくしにとって夢のような都会でございました。
西周家のお邸に連れて来られた時、勿論、わたくしのような下働きの者は裏門からお邸に入ったのですが、それでも、どこまで続くかと思われる白壁の眩しさに眩暈さえ覚えた事を覚えております。
西周家は、蘇州でも一、二を争う豪商でありました。
世の中に革命というものが起こるずっと以前から、蘇州の西にお屋敷を構え、代々商売に勤しみ、栄えて来たのです。西周と呼ばれる事から、かつては東か北かあるいは南にでも周と同姓の豪商が東周などと呼ばれていたのでしょうが、今はそう呼ばれるお屋敷はございません。ただ、習い性となって私がお世話になった当時も周の家は、西周と呼ばれておったのでございます。それほど、蘇州には親しまれた家であったのでございましょう。
内乱や革命を経て、蘇州にはかつてのような隆盛が見られなくなっていましたが、それだけに西周家は時代を生き抜いた名家だったのでございます。
当主の建威様には、文字通り目に入れても痛くないと言う程お可愛がりの一人娘のお嬢様が居りました。名を英罧様とおっしゃいました。若くしてお亡くなりになった奥様は、美女の産地と知られる蘇州にあっても、街一番と言われた美人であったそうですが、お嬢様もお母上に似たのでしょう、それは可愛らしいお方でございました。
当時、良家の娘と言えば、良い年頃になれば名家との縁談を待つようにして家で大人しくしているものでしたが、お嬢様は名門の女学校に通っておりました。女学校に通うにあたっては、お嬢様と旦那様の間で一悶着のようなものがあったようでございますが、結局は一人娘に甘い旦那様が折れたようでございます。
それが後々にはあれ程の悲劇を西周家にもたらす元凶となったのでございますが、さすがにそれを旦那様に予想せよと求めるのは酷と言うものでございましょう。
ただ、やはり箱入り娘のこと。学校の送り迎えには必ず自家用車を出し、運転手とそれからわたくしを供につけました。元は、家の働き手でももっと上の方がお嬢様のお供をしていたのですが、歳の近いわたくしの方が良いとお嬢様自らがわたくしを指名して下さったからでございます。
お嬢様がわたくしを指名なさったのには理由があった事を、程なくしてわたくしも承知する事となります。
「三児、お父様には、いえ、お家の誰にも内緒よ。約束よ」
お嬢様はそう悪戯っぽく微笑み、運転手に待つように言い残すと、わたくしの手を引いて車をひらりと降りました。
そんなお嬢様は、田舎娘のわたくしにとって何と大胆で現代的な女性に見えた事か。藍色の制服が、眩しい程でございました。
行く先は、女学生好みの雑貨店であったり書店であったり、時には上海風の洋菓子を置く店であったりしました。アイスクリームと言うものを初めて味わったのも、お嬢様に誘われた茶室の店先でした。
「相変わらずの不良少女ぶりだなぁ」
アイスクリームを舐めているわたくしたちの後ろで、若い男の声がしました。
振り返ったそこに、あの方がいました。




