その物語(2)
芝香がこれをどうしたものかと悩んでいるには、わけがある。
原稿を書いた劉旦はこう言う伝奇やら奇譚やらが大好きな類の一風変わった男だが、それだけにその方面には滅法鼻が効くが、その他の世事に疎い所がある。
噂好きな上海っ子たちでさえ、それを口にするのが憚れると、知って知らぬ振りをしている大事件が三日前に起こっていた。
英米共同租界の西、競馬場近くの裏通りで早朝一体の死体が見つかった。人が死ぬのはこの街ではさして珍しい事ではない。問題は、遺体が張義連の次男であった事だ。
張義連は、上海裏社会の大物としてこの街で知らぬ者は居ない。元は水運業者の自助組織であった青幇は次第に任侠の色合いを濃くし、今では、上海の闇を司る、構成員数十万と言う犯罪組織として国の内外に知れ渡っている。張は、その青幇の大ボスの一人であった。
張には三人の息子がおり、上の二人は父に似た豪気で、父の跡を継ぐに相応しい風貌を備えた男であったが、歳の離れた末の息子は母親に似たのか体も弱く性格の大人しい男であった。妾を何人も持つと噂される義連も、特段美しくはなかったが、貧しい頃から自分を支えてくれた亡き妻を今も心から愛していると言われ、その妻に面差しも性格もよく似た三男をことの他可愛がっていたと言う。
その息子が変死を遂げた。名を有啓と言い、まだ二十代も半ばの三男は、安宿の一室で首を括って死んでいたのだ。
張は半狂乱で息子は断じて自殺などしないと、租界警察の警官たちの前で喚き散らしたと言う。
それより十日前。こちらは、別件。
芝香は、手元の新聞の切り抜きを探す。
中堅の貿易商の一人息子だった。二十代半ば。性格も張有啓とよく似た大人しい青年だったようだ。遺書もなく、特に人生に悩んでいたと証言もなく、ある日、自宅の庭で首を括った。
そして、更にその一週間前。
租界を統括する工部局、その役員に名を連ねる男の息子が、講師をしていた大学の教室のドアに紐を掛け首を括っていた。
最初に目についたのは、この大学講師の自死であった。
何かきな臭いものを感じたとか言う理由からではない。それは、単に芝香の個人的な興味からであった。
大人しげな風貌。外国文学が専門だったらしい。真っ白なシャツを着る男だったに違いない。
柄にも無く、そんな想像が初恋の男を思い出させた。これまでの人生、後にも先にも恋と言うものに胸をときめかせたのはあれ一度きりであった。
それで、上海の新聞に載った小さな記事を記憶していた。
そして、ひと月のうちに、裕福と言って良い家柄に生まれた同じ年頃の、よく似た風貌の男たちが三人死んだのだ。首を括って。




