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絶望の謳

作者: 五円玉

久しぶりにこのジャンルの小説を書きました。


ってか、小説書くの自体久しぶり。


・・・そんな感じの今作です。

果たしてそれは幻覚か、錯覚か。


高く透き通るような夜空に、無数の輝く星々。


風は冷たく、肌を刺すかのような鋭い痛みに似た感覚を作り出す。


しんみりとした雰囲気、静寂な空気。


吐き出す息は白い。


月明かりは夜の闇に沈む全てを照らし出す。









2035年、日本国は東京都、かつては池袋と呼ばれた街のあった場所。


―――そう、かつてあった場所。


過去……例えば2012年頃には沢山のビルが建ち並び、沢山の人々が街を行き交い、交通が発達し、文明が全てに蔓延っていた。


夜でも電気により明るさが保証され、ビルも道路も灰色で、経済やビジネスが豊かで、とにかく文明があった。


いや、それは何も池袋だけではない。


東京都―――いや、日本全国……さらには世界各国共に文明が発達していた、2010年代。


アメリカ、日本、中国、マレーシア、サウジアラビア、EU各国、カナダ、オーストラリア―――挙げればきりがないが、とにかく世界のほとんどに豊かで発達した文明があった。


なにもそれは建物等の目に見えるモノだけではない。


医療技術、生産技術、政治的機能、経済的機能、交通面、芸術面、人権面、社会面。


全てにおいて、豊かな時代だった。


人間の不便は次々になくなっていく。


まさに自由な時代だった。







西暦2025年、数年前から続いてきたアメリカの大手企業の倒産による世界的な景気不況。


まだ僅かに存在する発展途上国にまで押し寄せたその世界的景気不況。


発展途上国は経済的に苦しくなり、先進国でもあるアメリカ、EU各国に経済的な援助を求めた。


しかし、先進国自身も経済的に厳しい状態にあり、発展途上国への経済的援助は僅かにしか行えなかった。


それにより発展途上国は次々に破産、倒壊。


世界の国数は2025年時点で175国にまで減っていた。




引き金は独裁政治の元にあった発展途上の一国。


その国の独裁者はこの世界的不況の原因は先進国の間違った政治にある、と唱え……革命を起こすと無謀にも武力行使を行ったのだ。


もちろん、小一国の軍事力など先進国の力に比べたらとても小さい。


すぐにアメリカ、EU各国他先進国いくつかの軍隊派遣によりこの革命は取り潰された。


しかし……


先進国が軍事力にて発展途上の一国を潰した。


この事が世界的に問題となり、各地で反乱などが勃発。


先進国側は相手の攻撃からの防衛と弁解し、やむを得ない軍隊派遣だったと訴えた。


しかし、小一国相手に先進各国の軍隊を一斉に派遣し、防衛と言う攻撃をしたのはやり過ぎだ、と発展途上の国はともかく、軍隊派遣をしなかった先進数国からの批判が相次いだ。


そしてこれをきっかけに両方は互いに敵対していく。


正当な防衛だったと弁解する北アメリカ、ヨーロッパ側


あの攻撃はやり過ぎだと主張するアジア、アフリカ、南アメリカ側。


両方の溝は次第に深くなり、また世界的不況の詰まりから、時代は再びの冷戦へと動いていく。




西暦2030年、冷戦下にあった世界は、ついに動き出す。





攻撃はやり過ぎだ、と主張する(防衛派)が、とある兵器を開発したのだ。


それは新たな医療技術を開発していた某防衛派の発展途上国が偶然、開発の段階で見つけたモノだった。


新たな医療技術―――それは人間の中にあると言われている「心」の変化……すなわち心境の変化を利用した精神的身体の病の回復、治療。


簡単に言うと、気持ちの変化で精神的な病はもちろん、身体の外傷すらもなんとかできないか、というモノだ。


この新たな医療技術を開発中に偶然発見された、人間の脳の中にある新たな器官。


それは―――「心」だ。


脳のまさに中央、真ん中のさらに真ん中、そこにナノ以上に小さいキューブ形の細胞の存在が発見されたのだ。


それは、人の気持ちの上下に反応し、感情そのものに直結するような動きを見せた。


このキューブ形の細胞の動きにより、喜怒哀楽以上のより小さな、些細な気持ちが生まれる。


それは、愛、友情、希望等といった、原理というもののない人の感情、気持ち全てがこの細胞が解明される事により、原理というモノを見出ださせる事となった。




心の発見、解明。




それは大発見だった。


心を見つけたその発展途上の国は、その心を医療―――ではなく、冷戦に使用する兵器として活用し出したのだ。






そして数ヵ月。


人間の心に、これまた最近発見された深緑色の鉱石「クアン」の中にある微粒子を加える事で、人間の新たな脳の活用方法を見出だした。


クアン―――それは宇宙から飛来する隕石の中から最近発見された、これまたナノ以上に小さな深緑色の物質、鉱石。


未だにクアンの造りは解明されていないが、そのクアンの元になる微粒子には、生物の細胞を多少ながら活性化させる力が備わっていた。


そう、あくまで多少。


しかし、人間の心は違った。


クアンを加えた人間の心は今までにない進化を見せた。


それは……言葉に表せない。


とにかく進化なのだ。


その進化は人によって違う。


自ら実験体となった学者達。


クアンを加え、彼らは進化を遂げた。


ある者は地球に存在する全てのモノを触れるだけで微粒子レベルで破壊出来るようになった。


ある者はその眼で見つめたモノの温度を自在に変えられるようになった。


ある者は自らの掌を翳すだけで、空気を大気と真空に分別出来るようになった。






まさに―――異能。


ある学者は言った。


人間の最大の進化の時がきた、と。










2032年、防衛派はクアンと心の解明が一段落つき、大量の異能者を生み出す事に成功。


そして、冷戦は終わりを告げ―――この年、ついに防衛派(アジア、アフリカ、南アメリカ)の異能者軍隊と過激派(EU、北アメリカ)の最新科学軍隊による第三次世界対戦の火蓋が、落とされてしまったのだ……。










2035年、アジアは防衛派の島国、日本国。


ここはユーラシア大陸の東の果て。


ユーラシア大陸の東は防衛派の中国やインド、アラビア諸国があり、すなわち防衛派の領土なのだ。


日本はユーラシア大陸の東の果てにある島国。


つまり、アメリカ(過激派)からの襲撃の際、ユーラシア大陸東側の最初の防衛ラインとなる。


西暦2035年、第三次世界対戦開始から3年。


日本はまさに、防衛派と過激派の激戦地と化していた。










東京都、池袋。


辺りは瓦礫の山と化していた。


今から数ヵ月前、アメリカ軍が日本は横浜港に上陸。


異能者と最新科学兵器との戦い。


関東は火の海と化した。


過激軍は核兵器を初め、火炎放射、毒ガス、ウイルス(毒細菌)攻撃、戦車による放射攻撃、光線攻撃、砲撃攻撃、そして空爆。


かつての日本にあった高層ビル群は跡形もなく無くなり、電気や水はもちろん、経済や交通、政治など社会的に全てが破壊された。


……日本には今、防衛側の主なる武力、異能者の数があまりにも不足しているのが、ここまで過激派に敗戦している理由の一つでもある。


日本は最新科学の賜物でもあるアメリカの科学兵器に、一昔前の自衛隊と呼ばれる戦力で応戦していた。


光線や放射攻撃など、最新の科学兵器は自衛隊の戦車や戦闘機にはついていない。


せいぜい弾道ミサイルや巨大な火薬の砲撃、歩兵にはマシンガンやバズーカ砲といった兵器が限界。


2010年代に開発された兵器、武器で、2030年代に開発された兵器、武器に挑む。


これはあまりにも無謀だった。


と言うのも、日本はほんの数ヵ月前まで軍隊を持っていなかったのだ。


故に軍事力もそんなに発達していなく、いわゆる平和ボケ状態。


日本は今回防衛側に回り、それが原因で過激派から攻撃を受けた。


自衛隊だけでは日本は負ける。

このままでは日本は持たない。


やむなくの軍隊保持決議案だった。










元は池袋駅のあった場所。


そこには乾いた大地と、無残にも散らばる、かつてこの日本が文明として繁栄していた名残でもある、高層ビル他建物の瓦礫しかなかった。


砂埃が一面に充満し、大気を被う。


風は渇き、湿気がない。


生物の姿もなく、あるのは過激派が投下した無人の遠隔操作式二足歩行監視用戦車―――ヴァスル一型が数台のみ。


ヴァスル一型……それは巨大な二足歩行のロボット。

人の型をし、関節もあり、手には瞬時にモノを溶かす光線銃が装備されている。


万が一、防衛側の国でもある日本の民がこれに見付かってしまったら、即射撃されてしまう。


現在の過激派の方針―――それは異常なまでの無差別殺戮だった。






ヴァスル一型が砂埃を舞上げ、池袋だった大地を縦横無尽に駆け回る。


そんなヴァスルを、元建物だった瓦礫の陰から見ていた人物が二人。


「……あっち行ったみたいだね」


1人はまだ若い男性。

若者らしく整髪剤で整えられた短い黒髪。

顔のパーツは全体的に整っていて、ただその黒い瞳は何かに怯えるように右往左往していた。


「……ヴァスル、他にはいないみたい。……よしっ、今がチャンス」


男性は瓦礫の陰から辺りを確認し、そして再び瓦礫の陰へ。


「キョウ、今すぐ所沢アンダーに連絡。千華に『転送の華』の準備を」


「……分かった」


男性は共に瓦礫の陰に身を潜めている若い女性に指示を出した。


ブラウンとブロンドの間を取ったような色合いのロングの髪。

彼女はその髪を後ろでくくり、ポニーテール状に結んでいた。


「……こちら池袋、亜鶴(あずる)(きょう)。千華、聞こえる?」


彼女―――亜鶴響は自らの右手を右耳に当て、目をつむり、小さな声でそう呟いた。


耳に当ててる響の右手には、深緑色のブレスレットが鈍く輝く。


『キョウ? こちら所沢アンダー、鷺ノ(さぎのみや)千華(ちか)。あんた達、大丈夫だった?』


その時、響の右掌から小さいながらも人の声が聞こえた。


まだ若い、女性の声だ。


「……うん。とりあえずクアンは回収したよ」


響は目をつむったまま、右手を耳に当てつつ答える。


「千華、『転送の華』の準備、お願い」


『分かったわ。今すぐそっちに送るから、少し待ってて』


「……うん」


そう言うと響は手を耳から放し、そっと眼を開けた。


「……謳夜、もうすぐ来るって」


響の目の前、そこには今だ瓦礫の陰から辺りを警戒している男性の姿。


「分かった。それまでの辛抱か……」


彼は響からの報告を聞き、多少安堵の表情を浮かべる。


……彼の名前は町居(まちい)謳夜(うたや)、18歳。


彼は、異能者だ。






現在、日本にいる異能者の数は僅か78人しかいない。


そのうち、軍隊に所属し兵として戦力に数えられているのは54人。


―――人間、全てが異能者になれる訳ではない。


大抵の人間はクアンの微粒子に心が拒否反応を起こし、上手く脳が進化してくれないのだ。


心がクアンを取り込み、脳が異能の力として進化する人間は、本当にごく僅かにしかいない。


故に、数が少ない。


そして何より、クアンが圧倒的に不足しているのだ。


クアンは宇宙からの隕石の中にある。


2035年現在、かつてに比べ地球に落下してくる隕石の数は多少ながらに増えていた。


しかし、しょせんは隕石。


数が圧倒的に少ないのだ。


僅かなクアンに、僅かなクアン適合者(異能者)。


世界でも数が圧倒的に少ない異能者だが、それ故に異能の力は絶大なのだ。










埼玉県、所沢市。


ここも池袋同様に荒れ地と化していたが、植物などか多少なり生えているので、どちらかと言えば草原のような場所である。


しかし、ここも数年前までは立派な街だったのだ。


今では建物がなく、あるのはコケや植物の生えた建物の残骸、瓦礫のみ。




そんな所沢の地下には、過激派には一切知られていない巨大シェルターがあった。


数年前、国は国内での戦争を想定して、日本各地に何十万もの人が避難、生活出来るような避難用巨大地下シェルターを作ったのだ。


基本各都道府県に1〜3つ程作られており、ここ埼玉県には県南の所沢市と県北の行田市にシェルターが作られていた。


そしてここ、所沢市地下のシェルター「所沢アンダー」には今、埼玉県南部に住んでいたほとんどの人が避難、生活をしていた。


シェルターの広さは所沢市の3分の1程の巨大さで、それが地下に何層にも広がっており、その巨大さから人口の多い埼玉県でも余す事なく人を収容出来ているのだ。


シェルターには人工的に植物を育てる事の出来る人工植物階や、酪農、養殖、農業なども人工的にだが出来る階がいくつもあり、さらには最下層には発電室や下水処理室もあり、各地のシェルターは今や日本屈指の文明が進化している場所となっているのだ。




そんな所沢アンダーの地下1階、転送室と書かれたプレートが掛けられている部屋の中。


巨大なホールのような、椅子や机すらない、ただ広いだけの部屋。


その部屋の中央、そこに今、2メートルはあろうかという巨大な深緑色の蓮状の花が、鈍く輝きながら花開いていた。


幻想的に輝く花。


その花の側には、黒髪ロングの少女が1人。


前髪は眉の上で切られ、整われている。

いわゆるパッツン。

身長は小柄、まだ十代も下の方だろう。

小顔な彼女の瞳は、攻撃的なつり目をしていた。


「……転送の華よ、咲き乱れろっ!」


彼女―――鷺ノ宮千華は自分以外誰もいないその部屋でそう叫び、眼をつむり、目前にある深緑の花に意識を集中させた。


彼女の耳には、深緑色のイヤリングが揺れていた。




そして、深緑の花が今まで以上に輝きだす。


淡く、暖かな光。


千華はそっと呼吸を整え、意識を今以上に花へ集中させる。


そして次の瞬間には……


「うおっ!」


「…………」


……深緑の花弁の間に、2人の人間の姿があった。


「おかえりキョウ、うたりん!」


2人の存在を感じた千華はそっと眼を開け、意識を花から分散させた。


そして、にっこりと微笑む。


「ただいま、千華」


「……ただいま」



花の下で微笑む千華に、2人―――謳夜は微笑み返し、響は無表情でそれに応えた。










現在、関東には6人の異能者がいる。


1人は千葉、市川市にて現在も続く戦いに日本関東戦闘隊(一般人からの志願兵による軍)と日本国自衛隊を引き連れ、今なお戦闘中。


1人は栃木県の小山市にある小山アンダーにて待機中。


1人は東京都目黒区にあるアメリカ軍の拠点を潰すべく、これまた日本国自衛隊を引き連れ、現在東京都の八王子市辺りを東へ進行中。


そして残りの3人―――町居謳夜、亜鶴響、鷺ノ宮千華は現在所沢アンダーにて待機中。


と言っても、謳夜と響は先ほどまで池袋へ行き、最近落下してきた隕石―――クアンの回収へと赴いていた。










所沢アンダー地下3階、作戦室。


テーブルにパイプ椅子、部屋の前にはホワイトボードと、簡素な内装の部屋だ。


そこに今、池袋から帰ってきたばかりの謳夜と響、そして千華。

さらには自衛隊の小隊長等の軍事責任者、所沢アンダー代表等の民事責任者、日本国の政治代弁者他、今所沢アンダーにいるそれなりの立場の人が集まっていた。






「では、これから後の作戦について説明する」


自衛隊の参謀に当たる人が椅子から立ち上がり、机に関東の地図を広げる。


「……先ほど、町居、亜鶴により池袋のクアン回収と敵ヴァスルの布陣状況について確認を取る事が出来た」


参謀は地図の池袋の場所を指差し、次に赤羽方面に指を差す。


「池袋の状況からして、恐らく敵は目黒区の陣地奇襲を恐れ、23区にヴァスルを集結させている模様。この隙を見て、赤羽にも落ちたとされるクアン回収を急ぎたいと思う」


現在、こちらの異能者が自衛隊を連れてアメリカ軍の目黒陣地を奇襲しようとしている。


しかし、その情報は既にアメリカ軍へと流れていた。


それを逆手に取り、現在八王子まで進行している軍隊を一時ストップさせ八王子にて待機、敵に23区内を彷徨かさせているウチに赤羽に最近落ちたとされるクアンを謳夜達が回収しに行く。


そしてしばらくアメリカ軍を泳がせ、奇襲が無いと相手を油断させ、23区内の警戒体勢が緩くなる頃合いを見計らい目黒陣地を奇襲。


つまりは持久戦だ。










「……はぁ」


作戦会議終了後。


謳夜は地下4階の休憩室に来ていた。


所沢アンダーは地下1〜5階をトレーニングルーム、シュミレーション室、兵器の格納庫、作戦室、会議室等の軍事的な部屋のある階

地下6〜15階は一般人の避難場所、生活区域

地下16〜17階を研究室や開発室などの科学階に

地下18〜22階は人工植物園、酪農場、人工畑、人工池などの生活物質生産階

地下23〜25階を発電室、下水処理室などの生活重要装置設置階


と、分けていた。


「……また明日も地上に出るのか」


謳夜は休憩室のベンチに腰掛け、俯いていた。


町居謳夜、18歳。


日本国異能者軍所属ながら、一般の高校三年生でもある。


彼は戦争の始まる前までは普通の学生だった。


しかし戦争が始まり、謳夜はクアン適合者である事が分かり、しかもその異能の力が軍事的に役立つモノであった。


……故に謳夜の元に国からの異能者軍への加入要望があり、初めは断っていたのだが、回りの目や国からの強い要望に負け……軍へ加入した。


「…………」


謳夜は自他共に認める、弱虫だ。


決断力や運動神経がなく、気弱で精神面も弱い。


グロテスクなモノは大嫌いで、血なんかは見るだけで気分が悪くなり、場合によっては吐き気まで催す。


「……なんで俺、軍なんかに入ったんだろ」


回りの目が怖かった。

国が半ば強引に軍への加入を迫ってきた。


謳夜は喧嘩すらした事のないひ弱な人間。


いくらクアンと適合する心があったとしても戦いなんてもってのほか。


なんで自分がクアンと適合してしまう心をもっているんだ、と何回考えた事か。


「……はぁ」


何度目かとなるため息をつき、謳夜は自らの左手の人差し指にはめてある深緑色の指輪に視線を向けた。


クアンは人体に触れているだけで、微粒子を心に送る事が出来る。


故にクアン適合者……異能者はクアンを化工して作られたアクセサリー等を常に身に付けているのだ。


現に謳夜もクアンの指輪をはめているのであって。


「クアン……か」


自らの運命を変えた鉱石。


クアンは元々隕石の中にあるナノレベルの鉱石。


この指輪は全てクアン……つまり、何万という隕石から採れた僅かなクアンを融解させてくっつかせ、指輪状に化工したモノ。


少なくとも指輪くらいの大きさのクアンがないと、本来の異能の力をフルパワーでは使えないのだ。


「全く……」



またしてもため息をつく謳夜。


全ての原因は戦争だ。


戦争さえなければ……自分は普通の学生生活を送れたかもしれないのに。


3年前までの普通の学生生活が懐かしい。


自宅から最寄りの駅まで自転車をこいで。


電車にのって、隣街の高校へ行って。


普通に教室で授業を受けて、休み時間に友達と他愛もない会話して。


放課後、所属していた科学部で少し部員達と雑談して、下校。


下校中、たまに友達と寄り道したりして。


そんな生活が、昔そこにあった。


けど3年前、突然戦争が始まり、アメリカが攻撃してきて、この所沢アンダーに避難してきて、そしてそこでクアンと適合して……。


「……くそっ」


両親は何とか生き延び、この所沢アンダーで暮らしているが。


祖父母は避難中にアメリカのヴァスルによって射殺。


友達も半数近くが戦争の犠牲者となった。


「…………」


本当は戦争が怖い。


死ぬのが怖い。


今すぐにでも逃げたい。


けど……


逃げられない。


回りの目、異能者にすらなれない者達からの、期待。

異能者達こそ、防衛側の国の希望なのだ。


重圧。


それが今、謳夜を苦しめているモノの正体。


弱虫な自分にとって、最悪な気持ち。


自分を頼らないで欲しい。


自分はアメリカと戦うなんて無理、怖い。


死にたくない。


「うぅっ……」



謳夜は弱い心ながらも、その重圧と毎日戦っていた。










2035年、6月4日。


今日の午後、謳夜は赤羽へクアン回収への任務に着く。


「おっす謳夜、相変わらず辛気くさい顔してんなぁ!」


所沢アンダー地下10階。


ここは避難者の生活フロア。

謳夜と謳夜の両親の部屋も、この10階にあった。


「なんだよ友一、朝からうるさいなぁ」


朝7時。

今日は朝に軍のミーティングがあるからと早めに部屋を出た謳夜。


そして10階の廊下で、同じく10階のフロアで暮らす友達の田井(たい)友一(ゆういち)と遭遇した。


友一は上下ジャージ姿で、首には白いタオルを掛けていた。


どうやら、この広いフロアをランニングでもしていたようだ。


「お前、朝はうるさい方がいいんだよ! 元気出して眠さをぶっ飛ばす!」


その場でシャドーボクシングを始める友一。


友一はいつでもハイテンションな能天気野郎。


明るさなら友達の中でも恐らく一番だろう。


「……そうかよ。せいぜい回りの部屋の人達に迷惑を掛けるなよ」


そう言って友一を軽くあしらい、謳夜はフロア端のエレベーターを目指す。


「……なんだ謳夜、お前今日任務か?」


謳夜がエレベーターのある方向に向かうのを見た友一は、シャドーボクシングを続けつつも尋ねた。


「ああ……いや、まぁ……今はミーティングで、任務は午後……」


「そうか、なら任務出発前には俺に声掛けろよな!」


えっへん、と胸を張る友一。


「我らがヒーロー、異能者様のために、たんとご馳走とか用意して応援してやるからさ!」


その言葉に、一瞬表情を曇らす謳夜。


しかし、すぐに表情を元に戻す。


「ああ、その時は……よろしくな」


「任せろっ!」


謳夜は最後、友一の顔を見る事が出来なかった。


恐らく、まだシャドーボクシングをしているであろう、友一の顔。


……友達に期待されたって事が、とても嫌で嫌でしょうがなかった。














人は誰しも弱さを持っている。


人はとても弱く、そして脆い。


人は・・・











「・・・来たか」


分厚い雲に覆われた空、荒れ果てた大地。


謳夜は剣を構えた。


東京都は北赤羽アンダー。


その地上、謳夜と響の目前には巨大な自立二足歩行兵器、グランテ2型。


その両腕には、銀色に鈍く輝く二つのマシンガン。


「・・・謳夜」


自らの異能・・・索敵ノ旋律(サーチリティーベル)---白銀に輝く鈴を持った響が、心配そうな面持ちで謳夜の表情をうかがう。


「・・・大丈夫だよ響。 俺は・・・負けない」


震える手で真っ赤に燃える剣・・・破壊ト殲滅ノ覇剣(エンディンガー)を握り、揺らぐ瞳でグランテを見つめる謳夜。


「俺は・・・死なない」










恐怖・・・


そしてそれは、弱さ・・・


期待から逃げ、恐怖からも逃げ・・・









絶牙ノ啖斬(ジ・ファングァーディ・コロナ)っ!!」


謳夜は駆け出した。


真っ赤に燃える自らの異能・・・いや、絶望を手に。



なんか凄い微妙な所で終わりましたね。


もしかしたら、近々連載で完結編を書くかもです。

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