怪奇事変 万華鏡
第三十七怪 万華鏡
「これは昔からお婆ちゃんが大事にしていた万華鏡だよ」
「お婆ちゃんもなんでそんな物大切にしてたの?」
「何かご先祖様から代々受け継がれてるんだって、私も歳だしアンタちょっと預かってよ」
「え~…正直嫌なんだけど」
「我儘言うな~、私だって当時お母さんから渡された時なんて困ったんだから」
「それって面倒な押し付け合いじゃない?」
「分かってるけどね、もし私が死んじゃって、それでも死んだあと大切に残して置きたい物があったら、アンタもやっぱ言うでしょ?」
「ん~……分からない、まだ経験してないし」
「まぁ!そう言う訳で——はい!」
「……メロカリに売ろうかな」
「罰当たるよ」
そんな他愛もない話をしたのが彼女が二十歳になる前の話だった。
母はまだ元気で今直ぐに死んでしまうなんてことは起きなかったけれども、歳の事を考えれば何が起こるか分からないと言うのが現実だ。
つい最近、それを身近に体験した。
私には父が居たが母とは歳が離れており寿命ではなく、事故による死亡があったのだ。
死因は相手の運転時のハンドルミス、きっとよそ見運転でもしたのだろう。
丁度曲がろうとしていた父の車と衝突してしまい、最悪にも父に運転席に激突し、父は即死だった。
最後に顔合わせをしたのは遺体安置所の地下。
父の顔はかろうじで残っていたが肉が剥がれており、時間が経ったことも在って血は凝固していたがなまなましい状態だった。
母はその場で泣き崩れ、私は……特に父と親しい仲でもなかったため、薄情にも感じるが何も感じなかった。
ショックの1つで涙でも流せればよかったが、現実は常に常識的ではない。
私の感性は……きっとバグっていたんだと思う。
その後、遺品整理をしている中で祖母の万華鏡の話になる。
父の遺品は少なく、直ぐ終わってしまったものの、まるで電源の入ったスイッチの様に母は片づけを行い続けていた。
多分、父の亡くなったショックを埋めるための一時的な処置だったのかもしれない。
私はそれに付き合うことぐらいしかできなかった。
考えているのはきっと別のことで、次の仕事のこととか……その程度のレベル。
そこで急に手渡された万華鏡——母は最期まで我慢していたんだと思う。
新幹線で帰宅する中、駅までは付いてこようとしていた母を拒んでそのまま帰路に着いた。
「はぁ……」
母とは仲が良い、だから本当なら母の傍に居てやれば良かったものの、どう声をかけたら良いのか分からなかった。
逆に普段通りの振る舞いをさせてしまい罪悪感が立ち込めて来る。
「……コレ、どうしよう」
ソファーに仰向けになりながら、手には万華鏡をかざす。
古びた万華鏡、筒には本当なら色が付いていたんだろうが、ボロボロになってしまっており、例えるなら古びた紙を丸めて作ったような物になっている。
「使えるの?コレ……」
何気なく覗いてみる。
すると万華鏡と言われる綺麗な鏡の世界が映り込む。
「おっ」
まぁ簡単に壊れる品物ではないけれども、こうして覗くこと以外は特になにもない。
これを次の世代に渡すまで持っているとか、まるで呪物だと思ってしまい、手から力が抜けて思わず万華鏡を落としてしまう。
「ああ、やばぁ……」
ダルそうにしながらも態勢を変えて万華鏡を取ろうとすると、光に照らされた万華鏡が反射してソファーの奥、壁にそれらを写し込む。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
思わず悲鳴を上げて転げ落ちてしまう。
何故なら——光に反射して映し出された万華鏡には無数の“目”が映しだされていた。
誰の目なのかはわからない、振り返れない、怖い。
「落ち着いて、勘違い、勘違い、勘違い——」
目を瞑りながら手だけを這わせて万華鏡を取ろうとすると冷やりとした感覚が襲う。
それはまるで手を掴まれているような感覚だった。
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃーーーー!!?」
奇声を上げながら部屋から飛び出していく。
玄関まで走るも、誰も追って来ることは無かったが——結局、その日はリビングに入ることができなかった。
——翌日——
リビングは静寂を守っており、ソファーの前にはあの万華鏡が無造作に転がっていた。
拾い上げても何もない、試しに中を覗いてみても何もなかった。
だが光に当てて壁などに映し出すような真似はできなかった。
結局、それが普通の万華鏡ではないことを知ってからは触れないようにしていた。
だが事態は大きく変わる出来事……と言うより、ヒントをもらうことになる。
「それなら先輩、霊媒師の人に鑑定とかしてもらえば良いんじゃないですか?」
「え~?」
「でも先輩怖いんですよね?実際先輩から聞いた話を霊感のない私にされても正直信じられないですし」
「ハッキリ言うわね」
「でも、もし本当なら、専門の方がちゃんと見てくれるんじゃないんですか?なんでしたっけ?霊視鑑定?」
「でもお金がな~」
「あまりお金の話をする女性は賞味期限切れますよ~」
「ウッザ」
だが確かにその案は自分の中でなかった。
と言うか信じてなかった、が近い。
あんな状況になって今更信じるなんて都合の良い話だが、このまま放置する方が気持ち悪いと考え、次の休みの日にお祓いついでに見てもらうことにした。
家路に変えると、昨日の出来事は母に電話で報告した。
だが母は笑って気のせいっと言われてしまった。
長年持っていた母はそんな体験など一度もしたことがないからだ。
だが——母が良く“鏡合わせ”の話で怒るような出来事があったことを思い出す。
そのことを聞くと母は当たり前のように話を続けた。
『鏡合わせって昔から“霊道”が開く条件って言われてるのよ、私もあまり信じてないけどご近所の奥さんも職場の人も知ってたし、何より昔“そう言う出来事”が遭ったってお母さんが言ってたからね』
「お婆ちゃんが?」
『なんだっけな……でも気を付けてれば大丈夫って——』
「……それ万華鏡じゃない?」
『ん~……忘れちゃった!』
結局母の記憶を頼りに聞いてみても答えはでなかった。
“鏡合わせ”は“霊道を作る道”になるらしい、無限に織りなす層の回廊、それが異界への扉と言われた所以だと思われている。
「(光を当てたことで壁に映し出された鏡が無限の回廊になって、鏡合わせになったってこと?)」
だからあの無数の目が見えたと言われればそうなのかもしれない。
だが、それとは別にあの冷たい手の感触はなんだったのか?
結局答えは闇の中、万華鏡を見ても何も変わらず、昨日と同じ様に実践してやろうとも思えない。
約束の日程を待つしかないと悟り、今日も眠ることにした。
その日の夢は不思議な夢だった。
まるで無限に続く道を歩かされているような感覚、自分が無数に分かれて道を歩いて居る。
近づけば無数の自分が近づいて、離れれば無数の自分が離れる。
まるで——万華鏡の中に居る様な感覚。
だが——映し出された知らない視線、あの見た“目”だ。
真っ赤に充血している、恨めしい眼差しで自分を睨んでいるように感じる。
足が竦む、怖い、逃げる様にその場をあとにするも、無限の回廊からの脱出口は見当たらず不意に冷たい何かが触れた途端、全身に鳥肌が立つような感覚を味わう。
ゆっくり見ると無数の手が自分の腕を掴んで居るのだ。
「———!!」
叫ぼうと思ったが声が出ず、無数の手は腕だけではなく身体の至る所を掴み拘束していく。
手で埋め尽くされる——呼吸ができない、このまま死ぬ?
目を瞑るも上から押すような形で眼球を圧迫される感覚は恐怖そのものだ。
このまま目玉を押しつぶされてしまうのではないかと言う不安、我慢できなくなり目を開けると、見慣れた天井がそこにはあった。
そして——手には強く握られていた万華鏡があった。
「……もう、疲れた」
母に渡され、その日に不思議な体験をしたことをきっかけに万華鏡を気にする様になった。
気づけば手に持つほどに。
もしかしたら——母は知らないかもしれないが、祖母はきっとこう言う体験をした可能性があるのかもしれない。
だから母には重要なことを包み隠したのかもしれない、いや、もしかしたら母も気づいている?
疑心暗鬼になって行く。
「(明日だ)」
どちらにしろ明日全てが分かる、それで答えは出るはずだ。
——翌日——
約束通り霊媒師の方とお会いすることになった。
直ぐに鑑定という形で万華鏡を確認するのかと思いきや、その万華鏡を半ば奪われるような形で取り上げられ、急いで布のような物で包む。
「あ、あの」
「これはどの程度持っていた物ですか?」
「えっと、母から渡されてまだ3日ぐらい?」
「中は覗きましたか?」
「はい、あの、何かマズイ……ですか?」
「……一目見ただけで分かりますよ」
「それで、これは——」
「……所謂——“呪物”…しかも“特級呪物”です」
第三十七怪 万華鏡の呪い
感想・いいね・☆・フォロー宜しくお願いします!




