啐啄の夢
啐啄の夢
人の夢ってのはとびっきりの栄養になるんだって。未来を見通す想像力の塊だからみんな欲しがってる。あんまり夢がでっかいと、食べきれなくて残しちゃう。たくさん夢がありすぎると、目移りして迷っちゃう。その手で掴めるくらいがちょうどいい。
うたた寝にうってつけのある日。図書館で借りたばかりの本を抱えて歩いていたら、横から声をかけられた。声の主は、今まで話したことなんて一度もない奴だった。
「もったいねぇな。お前、大事な物を落としてるぜ。」
慌てて足元を見る。何も落ちていない。
「どこ?どこに落とした?」
「もっと後ろだよ。ふり返ってみな。」
後ろを見れば、僕の歩いた跡をたどるかのように、点々と何かが落ちている。夏バテした太陽のおかげでめっきり弱まった日射しをひっそりと浴びていた。
「拾ってきな。じゃないと後悔するぜ、絶対。」
数えてみれば全部で十個。親指サイズのそれらは、触ってみれば肉球みたいにぷにぷにしている。
「なぁにこれ?初めて見た。」
「はぁ?夢だよ、夢。毎日見てるだろ。」
確かに僕の夢っぽい。自信や希望ならどっかに落としたことはあるけど、夢を落としていたなんて驚いた。
「ずいぶんと薄っぺらい夢だな。もっと膨らまさねぇとだめだって。」
「膨らます?どうやって?」風船じゃあるまいしできっこない。
「風船と同じだよ。誰にだってできる。」
やってみた。口にくわえて息を吹き込む。吹き込む先からしぼんでいく。やる気の抜けていくような音がした。
「仮にも夢だぞ?ただの息なんかで膨らめば誰も苦労しないって。」
「じゃ、やってみてよ。」別の夢を差しだした。
「人に頼むなよ。それお前の夢だろ?ならお前にしかできねぇよ。そもそも、俺には無理だ。なんせ口なんざどこにもついていないんだからな。」
どうやってしゃべってるの?と言いそうだったけど止めておいた。
「希望ってあるだろ?夢は希望で膨らむんだよ。」
「今持ち合わせてない。」だってどっかに落としてしまったんだもの。
「お前は何でも落とすんだな。まぁいいさ。そんなら楽しいことを考えるんだな。前向きになれってことさ。そうすりゃ希望なんていくらでも湧いてくる。楽しいことを考えれば空だって飛べるんだぜ。」
楽しいこと。僕は何をして楽しんでいるんだろう。読書かな?お昼寝かな?楽しいこと、楽しむこと、楽しかったこと……。
「おぉ、良い感じ。そいつを吹き込め。」
僕の夢はお餅みたいにぷくりと膨らんで、鯛焼きそっくりに香ばしくなった。まるで肉まんのようにほわほわと湯気を立てている。
「美味しそう。」お腹がぐぅぐぅ鳴った。
「食べても構わねぇよ。まぁ拾い食いってのはどうかと思うが。」
「いただきます。」
合掌。
ぺろり。
食べちゃった。
十個ぜ~んぶお腹の中。
「ごちそうさま。」
お腹いっぱい、夢いっぱい。
「みんながお前みたいだと、俺も安心なんだけどな。」
「みんなって?」
そいつは少し悲しそうな声で語り出した。
「毎日見かける卵のことさ。音楽家の卵、調理師の卵、看護師の卵、作家の卵……。みんな夢見る卵だ。毎日、俺の回りを色んな奴が通り過ぎていく。たまに居るんだよな。お前みたいにぽろぽろ夢を落っことしていく奴を。たいてい気付かずにスタスタ去っていく。大事な物を失ってもお構いなしってのは、はたから見りゃ怖いもんだ。」
他にも落としている人がいたんだ。もったいない。知らないって損だね。
「また食べられるんなら、何度でも落としたいけど。」
とても美味しかった。
「拾い食いは感心しねぇな。夢ってのはちゃんと頭や胸にしまっておくもんだ。いずれ殻を破って自分で羽ばたけるようになるその時まで。」
これからはしっかり確かめて歩かなきゃいけない。
「君も夢見るの?」聞いてみた。
「俺の夢?」
「だって君も卵でしょ?」卵なら何かになる夢を見る。つまりそういうことなんだ。
「ん~、まぁ見ての通りなんだが。俺の夢ねぇ……。」
「極上の目玉焼きになりたいとか?」
これだけ大きいんだから、食べ応えは抜群だろうなぁ。何人前かな?
「どっちかっていうと世界一のパンケーキかな?目玉焼きで喜ぶのは王様くらいだろ?どうせなら俺はみんなを喜ばせたいね。その方が卵冥利に尽きるってもんだ。」
卵の夢も美味しそうだな。やっぱり夢ってのはとびっきりの栄養になるんだ。
前向きに歩いて、ときどきふり返って確かめて。みんなが夢を持って生きていけたらいい。美味しいんだから落としちゃだめだよ。夢を食べて大きくなろう。
夢……足りてるかい?
学内にでっかい卵の形をした像があります。
それをモチーフに書きました。