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夜にみかんがなる木(仮題)  作者: アレックス・フクリー


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4/4

(4)

 その夜も、ばあちゃんは、二人が布団に入ってしばらくすると、そっと家を出ていった。

 ケントはすぐに気づいた。布団の中で目を閉じていたけれど、眠ってはいなかった。襖が静かに開く音。廊下を歩く足音。そして、玄関の戸が開いて閉まる音。すべて聞き取れた。耳をすませていると、一つひとつの音がやけにはっきりと響く。

 ケントは起き上がった。昨日よりも、胸がざわざわしていた。

 心臓がドクドクと鳴っている。何かを確かめたい気持ちと、知りたくない気持ちが、胸の中で混ざり合っていた。ケントは暗闇の中で息を整えた。深く吸って、ゆっくり吐く。

 マイも黙って起き上がり、二人は無言のまま、また一緒に外に出た。

 マイの顔は、月明かりの中で少し青白く見えた。でも、怖がっている様子はなかった。ただ、真剣な表情をしている。ケントはマイの手を取った。マイの手は小さくて、少し冷たかった。

 ばあちゃんは、昨日と同じ道を進んでいく。二人は少し距離を置いて、その後を追った。

 虫の声も聞こえる。風が吹くと、木の葉がサラサラと音を立てた。ばあちゃんの背中は、闇の中でもはっきりと見えた。白い服が、月の光を反射している。その姿は、どこか幻のようにも見えた。

 同じ速さで同じ場所へ。そして、家の裏の一番奥、大きな木の前で立ち止まった。

 ケントは、思わず息をのんだ。

 枝のあちこちにみかんがなっている。

 昨日は、何もなかったはずなのに。確かに何もなかった。ケントは自分の目を疑った。でも、何度見ても、そこにあった。目をこすって見直しても、消えはしない。

 月の光を受けて、オレンジ色の丸い実が静かに揺れている。

 風が吹くたびに、みかんは小さく揺れた。その様子は不思議で、美しくて、少し怖かった。ケントはマイの手を握る力を強めた。マイも、ケントの手をぎゅっと握り返した。二人の手のひらに、じんわりと汗がにじむ。

 ばあちゃんは、しばらく黙って木を見上げていた。

 その横顔は、昨日と同じように、穏やかで、でもどこか寂しそうだった。風がばあちゃんの髪を少し揺らしている。ばあちゃんは何かをじっと待っているようにも見えた。それとも、何か語りかけているのだろうか。

 それから、ゆっくりと手を伸ばして、みかんを一つ取った。

 手の動きはとても丁寧で、まるで何か大切なものを扱うようだった。みかんを取る音は、ほとんど聞こえなかった。枝から離れる瞬間、小さな音がした気がしたけれど、それも風の音に紛れてしまった。

 ばあちゃんは振り返り、二人の方を見た。

 気づいていたのだ。最初から。驚いた顔はしていない。ただ、静かに微笑んでいた。その笑顔は優しかったけれど、どこか悲しげでもあった。月の光が、ばあちゃんの顔を照らしている。


「今日はなっとるね」


 ばあちゃんはそう言って、手に取ったみかんを二人に差し出した。


「ここで食べてみ」


 家の中で食べるのと、ここで食べるのは、何か違う気がした。でも、何が違うのかは分からない。このみかんを食べたら、何かが変わるかもしれない。もう戻れなくなるかもしれない。


「考えながらやよ」


 ばあちゃんはそれだけ言った。

 その声は、いつもより少し低くて、重かった。ケントはばあちゃんの目を見た。その目は、何かを伝えようとしているようだった。大切な何かを、二人に伝えようとしている。

 ケントは、みかんの皮をむいた。手が震えた。昼に食べたものと同じはずなのに、まるで別のもののようだった。皮は簡単にむけた。でも、いつもより時間がかかった。

 半分をケントが食べ、もう半分をマイが食べる。指先に神経を集中させて、ゆっくりと、丁寧に。

 ケントは口に入れて、ゆっくりと噛んだ。甘かった。でも、ただの甘さではなかった。何か、もっと深いものが、そこにあった。舌の上で、みかんの味が広がっていく。

 すると、急に昔の香りが、どこかからただよってきた。

 縁側の木の香り。古い木の、少し日に焼けたような、懐かしい香り。

 夏の昼間の、少し暑い風。

 セミの声。遠くで誰かが笑っている声。

 夏休みの、ゆっくりとした時間。あの、何もかもが穏やかだった頃の。

 そこには、じいちゃんが座っていた。

 はっきり見えたわけではない。ぼんやりとした輪郭。でも、それは確かにじいちゃんだった。

 ケントは確かに「いる」と思った。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


 (じいちゃん)


 ケントは心の中でその名前を呼んだ。声には出せなかったけれど、心の中で繰り返した。

 じいちゃんは、何も言わなかった。

 口も動かさない。ただ、そこにいた。縁側に座って、こちらを見ていた。

 ただ、いつものように、少しだけ目を細めて、うなずいた。

 それだけだった。

 でも、それで十分だった。じいちゃんは、いつもそうだった。たくさん話す人ではなかった。でも、そばにいてくれた。それだけで、安心できた。温かい気持ちになれた。

 ケントの胸の奥が、少しキュッとなった。

 うれしいのに、なぜか、息がしづらかった。

 目が熱くなった。涙が出そうになった。でも、泣きたいわけではなかった。ただ、何かがあふれそうだった。胸の中に溜まっていた何かが、静かに溶けていくような感覚。

 マイの方を見ると、マイも、みかんを食べ終えたところだった。

 マイの目も、少し潤んでいるように見えた。でも、マイは泣いていなかった。

 目が合うと、マイは小さく笑った。


「いたね」


 マイの声は小さかったけれど、はっきりしていた。

 ケントは、うなずいた。

 でも、声は出なかった。喉が詰まったような感じだった。うなずくことしかできなかった。それでも、マイには伝わったと思う。

 ばあちゃんは、二人の様子を見て、何も言わなかった。ただ、優しい目で二人を見ていた。そして、また木の方を向いた。

 ただ、しばらく木のそばに立っていた。

 三人は、何も言わずに、そこに立っていた。時間がゆっくりと流れていた。虫の声だけが、静かに響いていた。草のにおいが、夜風に乗って漂ってくる。

 夜の風が、枝を揺らした。

 みかんは、まだいくつか残っていた。月の光を受けて、小さく揺れている。それは、まるで生きているようだった。呼吸をしているようにも見えた。

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