第6章 任せるという選択
任せる、という言葉が増えた。
「この件は、そちらで判断を」
そう言われること自体は、珍しくない。
でも最近は、その後に続く言葉が変わってきている。
「前と同じで、大丈夫ですよね」
確認というより、同意を求める調子。
私はその言い方に、少しだけ引っかかった。
前、というのはいつの前だろう。
昨日か、一週間前か。
それとも、もっと前の、最初の判断か。
「問題ないと思います」
そう答える自分の声が、思ったより落ち着いていて、少しだけ驚いた。
否定する理由は、確かにない。
条件は揃っている。
結果も出ている。
桐生さんの判断が、すでに前例として機能している。
「じゃあ、その前提で進めますね」
相手は安心したように頷き、話を先に進めた。
私は、その様子を横で見ながら、胸の奥に小さな違和感を溜めていた。
任せられること自体は、悪くない。
信頼されている、という感覚もある。
でも。
「……それって」
会議が終わった後、私は小さく呟いた。
隣で資料をまとめていたフィオが、顔を上げる。
「何ですか?」
「“任せる”ってさ」
言葉を選ぶ。
「責任も一緒に渡してる、ってことだよね」
フィオは、すぐには答えなかった。
考えてから、慎重に口を開く。
「……はい」
「全部?」
「少なくとも、判断に関しては」
私は息を吐いた。
「そっか」
軽く言ったつもりだった。
でも、その言葉は思ったより重く落ちた。
刻印盤の前に立つ人の数が、減っている。
盤を見るのは、必要な時だけ。
その代わり、人を見る時間が増えた。
誰が言うか。
誰が決めるか。
誰が引き受けるか。
「リーナさん」
フィオが、少し遠慮がちに声をかける。
「判断が、早いのは……いいことだと思います」
私は彼女を見る。
「現場は、助かってます」
その言葉に、嘘はない。
それが分かるから、余計に返す言葉を失う。
「でも」
フィオは、言葉を探すように続けた。
「もし間違えたら……」
「間違えたら?」
「……誰が、謝るんでしょう」
私は、答えなかった。
答えられなかった、のかもしれない。
桐生さんは、その日も何も言わなかった。
任せられても、受け取られても、動かない。
それが正しいと、私はまだ思っている。
思っている、はずなのに。
――任せる、という選択は、
受け取る、という選択でもある。
その重さを、私はまだ、ちゃんと量れていなかった。




