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判断は、正しさではない。ただ、引き受け続けることだ。  作者: 科上悠羽


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第4章 扱われ方

刻印盤が使われなかったこと自体は、もう珍しくなかった。

問題は、その後だった。


「今回の件ですが」


会議室の端で、誰かがそう切り出す。

声は控えめで、空気を乱さないように選ばれていた。


「刻印未使用の判断について、共有を」


私は、少しだけ背筋を伸ばした。

“共有”という言葉が、ここで使われるようになったのは、いつからだっただろう。


資料が配られる。

条件、結果、処置内容。

どれも淡々と並んでいる。


「判断自体は、妥当でした」


誰かが言い、別の誰かが頷く。


「ええ、結果も良好です」


反論はない。

否定もない。


それなのに、話題は終わらなかった。


「次に同様のケースが出た場合ですが」


その言葉に、私は一瞬だけ身構えた。


「今回と同じ判断基準で、問題ないでしょうか」


“誰が”ではなく、

“どの基準で”という言い方。


私は、視線の流れを追ってしまう。

無意識のそれが、また同じ場所に向かっていることに気づいて、少しだけ目を伏せた。


桐生さんは、特に表情を変えなかった。


「条件が同じであれば」


短く、そう答える。


「判断は変わりません」


それだけだった。


誰も、続きを求めなかった。

その言葉が、十分だったからだ。


「では、その前提で」


誰かがまとめに入る。


「今後も、同様の判断を」


“今後も”

その二文字が、書類の端に静かに載る。


私は、その場で何も言わなかった。

言えなかったわけじゃない。

ただ、止める理由が、見つからなかった。


判断は正しい。

結果も出ている。

誰も困っていない。


それでも。


会議が終わり、人が散り始めた頃、私は刻印盤のある方を見た。

今日も、そこには何も映っていない。


刻印は、使われなかった。

けれど、“使わない”という判断は、確かに使われている。


誰かが決めたこととして。

誰かが引き受けたものとして。


私は、その“誰か”が、いつの間にか一人に定まっていることに、気づいてしまった。


桐生さんは、盤の前には立っていない。

それでも、そこにいるような気がした。


――扱われ方が、変わった。


それは制度でも、命令でもない。

ただ、人の動きが、自然にそうなっただけ。


刻印は、今日も道具のままだ。

けれど判断は、もう、道具の外に出ている。


私は、胸の奥に残ったその感覚を、まだ言葉にできずにいた。

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