読み切り『武器じゃない、設備です』
召喚された瞬間、桐生は剣を探さなかった。
反射的に確認したのは、足元の床だった。
石畳。
割れなし。
傾きなし。
次に見たのは、天井。
高さ。
梁の位置。
照明の有無。
最後に、周囲の人間。
武装した兵士が二名。
魔術師らしき者が三名。
王冠を被った男が一人。
「……以上ですか」
沈黙に耐えきれなくなったように、王が言った。
「勇者よ。そなたの武器は」
桐生は、ようやく自分の足元に置かれている箱に視線を落とした。
黒い金属ケース。
見慣れた形。
角に擦り傷。
輸送用の固定具が外されていない。
「これです」
そう言って、桐生は箱の留め具を外した。
中から出てきたのは、剣でも槍でもない。
黒く、無骨で、装飾のない機械。
刻印機だった。
「……それは?」
魔術師の一人が、戸惑いを隠さずに尋ねる。
「設備です」
桐生は即答した。
「武器ではありません」
場がざわつく。
「勇者として召喚されたのではないのか」
「その機械で、何をするのだ」
「魔力は?」
質問が重なる。
桐生は、一つずつ答えなかった。
代わりに、刻印機を床に置き、電源を確認する。
「動作します」
その一言で、さらに空気がざわめいた。
「それで、何ができる」
王が、少し苛立ちを含んだ声で言う。
「刻みます」
「何を」
「条件を」
一瞬、誰も理解できなかった。
桐生は、近くにあった木箱を指差す。
「試しますか」
返事を待たず、刻印機を起動する。
低い駆動音。
魔法陣も光もない。
ただ、静かに。
刻まれたのは文字だった。
《耐荷重:二百
想定使用時間:三年
湿度耐性:中》
それを見て、誰かが笑った。
「……それが何になる」
桐生は、笑わなかった。
「壊れる条件が分かります」
「使える範囲が分かります」
「無理をしたら、どこで失敗するかが分かります」
「それは、予言か?」
「違います」
即座に否定する。
「未来は示しません」
「可能性を、狭めるだけです」
王が、少し考え込むように顎に手を当てた。
「つまり」
「それを使えば、正しい選択ができると?」
桐生は、首を横に振った。
「正しいかどうかは、分かりません」
「……では、何の意味がある」
桐生は、少しだけ言葉を選んだ。
「間違え方が、分かります」
場が静まった。
「全部が失敗するわけじゃない」
「でも、ここを越えると危ない、という線は引ける」
「その先に進むかどうかは」
桐生は、王を見る。
「あなたが決めてください」
「私が?」
「はい」
桐生は、一歩下がった。
刻印機の前から。
「私は、刻みます」
「判断は、しません」
「選びません」
「引き受けません」
王の眉がわずかに動く。
「勇者ではない、と?」
「勇者かどうかは分かりません」
桐生は、淡々と言った。
「でも、道具としては正確です」
沈黙。
しばらくして、王が言った。
「……それは」
「便利なのか?」
桐生は、少しだけ考えた。
「使い方次第です」
「楽になるかもしれない」
「でも」
一拍。
「考えなくてよくなるわけではありません」
その言葉の意味を、
この場の誰も、まだ理解していなかった。
刻印機は、静かにそこにあった。
武器ではない。
奇跡でもない。
ただの設備。
この世界が、
正しさではなく精度を信じ始める入口だった。
――完




