第16章 当たり前になったこと
判断が、滞らなくなった。
早くなった、というより、引っかからなくなった。
迷いが消えたわけじゃない。
ただ、迷いを抱えたまま、動けるようになった。
「では、その方針で」
誰かがそう言う前に、私は頷いている。
言葉にする必要すら、なくなりつつあった。
「確認、お願いします」
そう言われると、私は資料を見る。
条件。
想定。
リスク。
以前より、視界が広い。
一つ一つを丁寧に見ているのに、時間はかからない。
「問題ありません」
そう言うと、場が動く。
誰も、理由を聞かない。
それが、当たり前になっていた。
会議が終わり、席を立つ。
誰も、特別な視線を向けない。
期待も、警戒もない。
――機能している。
それが、今の私の立ち位置だった。
「……すごいですね」
フィオが、少し遅れて言う。
「何が?」
「判断が」
私は、首を振った。
「すごくないよ」
「でも」
フィオは言葉を探す。
「迷ってるの、分かります」
「うん」
「なのに」
私は歩きながら答える。
「迷ってても、止まらないだけ」
フィオは、その言葉を繰り返すように小さく頷いた。
刻印盤の前を通る。
今日も、何も映っていない。
誰も、盤を見ない。
でも、盤が不要になったわけじゃない。
条件は、そこにある。
数字も、基準も。
ただ。
――判断は、人がする。
その前提が、ようやく共有された。
「……怖くなくなりましたか」
フィオが、ふと聞く。
私は、少し考えた。
「怖いよ」
「……」
「でも」
私は続ける。
「怖いままでも、座れるようになった」
それだけのこと。
席に座る。
判断を出す。
結果を受け取る。
当たり前になった、その一連が、
私を“判断者”にしていた。




