表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
判断は、正しさではない。ただ、引き受け続けることだ。  作者: 科上悠羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/21

第10章 便利だったはずのもの

楽になったはずだった。


確認の回数は減り、判断は早くなり、現場は滞らなくなった。

結果も安定している。

数字を見れば、改善は明らかだった。


それなのに。


「……疲れましたね」


ぽつりと、フィオが言った。


書類をまとめながらの一言だった。

誰に向けたとも分からない、小さな声。


「そう?」


私はそう返しながら、自分の声が思ったより軽いことに気づいた。


「前より、忙しくはないでしょ」


「はい」


フィオは頷く。


「忙しくは、ないです」


その言い方が、少し引っかかった。


「でも」


彼女は続ける。


「判断が終わるまでの時間は、短くなりました」


「うん」


「……考える時間も」


私は、手を止めた。


フィオは、言葉を選びながら続ける。


「短くなった気がします」


その瞬間、胸の奥に、はっきりとした違和感が走った。


考える時間。

削られているのは、そこだった。


「判断が早い=いいこと」


そう思ってきた。

現場も、それを歓迎している。


でも。


「考えなくてよくなるのって」


私は、ゆっくりと言った。


「楽、なんだよね」


フィオが、こちらを見る。


「責任が、軽くなる感じがする」


「……はい」


「でもさ」


私は、資料を閉じる。


「それって、本当に軽くなってるのかな」


フィオは答えなかった。

でも、否定もしなかった。


刻印盤の前に立つ人は、もうほとんどいない。

盤は、ただそこにあるだけだ。


代わりに、人が集まる。

判断を持っていると見なされた人のところへ。


「桐生さん」


私は、ふと名前を出した。


「前より、楽そうに見える?」


フィオは、少し考えてから首を振る。


「……いいえ」


「だよね」


私は、息を吐く。


「たぶんさ」


言葉が、自然と出てくる。


「楽になったのは、周りだけだ」


フィオの表情が、わずかに強張る。


「判断を任せて」


「前例を使って」


「名前に頼って」


私は続ける。


「考えなくてよくなった人が、増えただけ」


沈黙。


「それって」


私は、言葉を止める。


「便利、なのかな」


答えは出ない。

でも、問いは残った。


その日の帰り道、刻印盤の前を通り過ぎながら、私は足を止めた。

盤は何も映していない。


ただの道具だ。

そう、何度も言い聞かせてきた。


でも今は、少し違う。


――便利だったはずのものが、

考えなくなる理由になっている。


そのことに気づいてしまった以上、

もう、元には戻れない気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ