見続けられること
※史実をもとにした創作作品です。
実在の人物・出来事とは一部異なります。
桜は、六つになった。
遊びの延長のように舞に触れていた日々は終わり、春から「稽古」と呼ばれる時間が始まった。
初舞台の話は、まだ試しに口にされる程度で、確かな約束ではなかった。
それでも、桜の毎日は変わった。
朝の光が稽古場の土間を照らす頃から、夜の焚き火が小さくなるまで、
桜の身体は、型と音に委ねられるようになった。
右治衛は、桜に舞を教えるとき、「うまくやれ」と言ったことがない。
型の出来を問うこともなければ、形の美しさを測ることもない。
失敗を責めることも、出来たからといって褒めることもない。
桜がどれほど不器用に身体を動かしても、どれほど拙い舞になっても、言葉での評価はなかった。
彼が口にするのは、いつも短い言葉だけ。
「立て」
「息を吸え」
「今は、止まれ」
それだけ。
それ以上の説明はない。
命令のように聞こえるが、押しつけがましさはなく、怒りも焦りも、期待さえも感じられない、平坦な声だった。
ただ、そこに「ある」事実を、静かに置くだけ。
桜はその声を聞くたび、胸の奥がざわついた。
なぜ立つのか。
なぜ今、止まらなければならないのか。
なぜ次の動きを教えてくれないのか。
考えようとした瞬間、思考が身体を追い越す。
足がもつれ、重心を失い、前のめりに倒れた。
膝から地面に崩れ落ちる。
土の感触が直に伝わり、鈍い痛みが骨の奥まで走った。
踏み外した裾に足を取られ、手から離れた扇が乾いた音を立てて転がる。
舞い上がった土の匂いが鼻を突き、息を吸うたびに喉の奥がひりついた。
立ち上がろうとしても、足に力が入らない。
震えが止まらず、力を込めるほど不安ばかりが膨らむ。
また転ぶのではないか。
また同じ失敗を繰り返すのではないか。
押し潰されそうになり、桜は思わず視線を伏せた。
そのとき、ふと視線を感じる。
顔を上げると、右治衛が、そこにいた。
叱ることも、慰めることも、言葉をかけることもない。
ただ黙って、桜を見ている。
転んだ姿も、立ち上がろうとしてよろめく姿も、扇を拾う震える指先も、すべてから目を逸らさなかった。
厳しいとも優しいとも言えない視線。
評価も期待も同情もなく、ただ「そこにいる」という事実だけが揺るぎなく伝わる。
桜は、その視線を受けながら、理由のわからない息苦しさと、同時に奇妙な安心感を覚えていた。
土の冷たさが膝に染み、息が浅くなる。
それでも、視線は離れない。
その重さが、桜を地面から引き上げる力になった。
稽古は、日を追うごとに厳しさを増していく。
失敗するたびに心が折れそうになり、泣きたい気持ちを飲み込む夜も増える。
それでも右治衛は、何も言わなかった。
ある日の稽古終わり、彼は淡々と告げる。
「お前の初舞台が決まった」
試しだとも、褒美だとも言わない。
ただ事実として、その言葉を置いただけだった。
周囲の芸妓たちは、その厳しい稽古を見ていた分、自分のことのように喜んだ。
役は小さかったが、初舞台を踏んでから、桜は公演のたびに舞台に立つようになる。
不思議なことに、舞台の上は怖くなかった。
灯りの中では、転ぶことも、間違えることも、「ここにいる」ことの一部として受け入れられているように感じられた。
ありのままの自分でいていい場所が、そこにはあった。
――見捨てないということは、見続けるということだ。
その意味を、桜はまだ知らない。
だが舞台に立つたび、灯りの向こうに人の気配を感じるたび、胸の奥で同じ感覚が静かに蘇る。
逃げ出したくなる瞬間。
身体が思うように動かなくなる夜。
誰にも見られたくないと思うほど、視線が怖くなるときでさえ、その感覚だけは消えなかった。
それでも、「ここにいていい」と思えるのは、かつて何も言わず、ただ目を逸らさずに見ていた人がいたからだ。
転んでも、立ち止まっても、うまく出来なくても、視線だけは離れなかった。
その記憶が、桜を支えていた。
桜はまだ知らない。
見続けられることが、支えになることもあり、
その先で誰かを守る力に変わることもあるということを。
今は説明できないその感覚だけが、身体の奥深くに静かに沈んでいく。
土の匂い、荒い息、
そして誰かに見続けられていたという確かな記憶と共に。
その感覚だけは消えず、確実に、桜の胸に刻まれていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次話もお付き合いいただければ幸いです。




