「陽」―《炎帝の剣》
◆「陽」ルート《炎帝の剣と、燃え方を知る者》
迷宮の通路は、いつの間にか赤い反射を帯びていた。
壁が燃えているわけではない。空気そのものが、熱を記憶している。
次の一歩を踏み出そうとした瞬間、前方の空間が歪んだ。
火花が散るでもなく、爆ぜる音もない。ただ、“炎だけが「現れた」”。
そこに立っていたのは、仮面の魔道士だった。
胸元には、赤いダイヤの形をしたクリスタル。
トランプの意匠を思わせるそれが、鼓動に合わせて淡く輝いている。
――エンエル。
炎を操る者であり、炎の使い方を誤った者を通さぬ存在。
「説明しよう」
声は低く、熱を含まない。
エンエルが一歩前に出ると、周囲の空間が自然と後退した。
「炎とは、燃やす力ではない。
燃え方を決める力だ」
そう言って、仮面の奥で視線がわずかに動く。
エンエルが小さく息を吸い、
「――燃」
と唱えた。
ぼう、と音を立てて火が生まれる。
だがそれは赤ではなかった。青白く、鏡のように揺れ、エルドの目に自身の姿を映している。
試すように、エルドも同じ言葉を口にする。
「燃」
何も起きない。
空気が震えただけで、火は生まれなかった。
そのとき、胸の奥で炎帝の剣が低く鳴った。
『考えるな。口を開けろ』
意味が分からず、エルドは一瞬きょとんとする。
だが、すぐに理解した。
「……なるほど」
へらりとした笑みを浮かべ、意識を整えず、意味も詰め込まず、
ただ音として言葉を吐き出す。
「燃」
空気が裂け、火が生まれかける。
未完成の炎だったが、確かに“点火”は起きていた。
エンエルが、初めて興味を示したように首を傾ける。
「どうしたい?」
問いは単純だった。
だが、その奥には無数の分岐が潜んでいる。
エルドは言葉に詰まり、しばらく考え込む。
そして、率直に告げた。
「この先に行きたい」
次の瞬間、視界が反転する。
エンエルの体当たりだった。
エルドは背中から床に叩きつけられ、息を詰まらせる。
「やめておけ」
静かな制止。
エルドは目を瞬かせる。
エンエルはすでに距離を取り、腰の剣を抜いていた。
「燃えよ」
その一言で、剣が燃え盛る。
赤ではない。深く、濃い炎。
その奥に、紫の揺らぎが混じっている。
――獄炎。
地獄の炎と呼ばれるそれは、燃える音が悲鳴のように響くため、そう名付けられた。
この場で、水の魔法は意味を持たない。
相性の問題ではない。“循環を拒絶されている”。
エルドは即座に判断し、《蒼の加護:識導の紋》を展開した。
炎を止めるのではなく、“炎が至る結果を読む”ための紋章。
獄炎が迫る。
焼かれる未来、退く未来、剣を振る未来。
無数の可能性が浮かび上がり、同時に消えていく。
炎帝の剣が、低く囁いた。
『選べ』
その声は、もはや助言ではなかった。
責任の通告だった。
――はたして、どの未来を燃やすのか。
エンエルの仮面の奥で、わずかに笑みが浮かぶ。
試練は、まだ終わっていない。
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◆「煉」ルート《未来を一つ、燃やし尽くす》
無数に分岐する未来の中から、エルドはもっとも苛烈で、もっとも早く決着に至る未来を選び取る。蒼の紋は焼け落ち、可能性は一気に収束する。炎帝の剣は応え、獄炎を真正面から切り裂く力を解放するが、その代償として“戻れる未来”は失われていく。エンエルは退き、通路は開かれる。しかし剣に残った黒い罅は、次の戦いで何かが欠けることを予感させていた。
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◆「灼」ルート《炎の温度を下げる者》
エルドは攻撃を選ばず、獄炎の流れと自身の炎を重ね合わせる道を選ぶ。炎はぶつからず、互いの燃え方を映し合い、悲鳴のようだった音が静かな唸りへ変わっていく。エンエルは剣を下ろし、炎を扱う者としての過去を語り始める。ここで得られるのは力ではなく“理解”だ。しかし炎を知るほどに、次に現れる敵は、より深い業を背負った存在になることが示される。
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◆「烈」ルート《燃え方を拒む剣》
エルドは未来を選ばず、炎帝の剣にすべてを委ねる。判断を失った瞬間、炎は外へ向かわず、剣と持ち主の内側へ逆流する。時間感覚が歪み、世界が一拍遅れて動き出す中、エンエルは明確な警戒を示す。この選択は勝利をもたらすかもしれないが、代わりに“エルド自身が何者であるか”を削り取る危険を孕む。先に待つのは突破か、不可逆の変質か——。




