「銀」―《白銀だが曇った道》
◆ 正規ルート ― BE -「銀」
《白銀の曇影》
三本の影の道のうち、白く鈍い光を放つ一本だけが、わずかに揺れを抑えていた。
金の道は過剰に輝き、銅の道は重く息づいている。
だが銀の道だけが《何も主張しない》
エルドは一歩を踏み出した。
足が触れた瞬間、霧が音もなく割れた。
白銀の床は鏡のようでありながら、はっきりとした像を映さない。
映るのは輪郭だけだ。
人の形に似ているが、細部が欠けている。
進むほどに、視界の端で“何か”が動いた。
それは過去の光景にも、未来の幻にも見える。
だが、どれも確証を持たない。
霧の中で再生される記憶は、必ずどこかが欠けていた。
声は、もう命令口調ではなかった。
「……それは、見たいものか」
問いとも独白ともつかぬ響き。
祠が語っているのか、反射した思考が返ってきているのか、判別できない。
銀の道は真っ直ぐではない。
緩やかに歪み、時折、左右に分岐しているように見える。
だが近づくと、それらは霧に溶け、道は一本に戻る。
《選択肢が存在する“ように見せて”、存在しない》
それは、祠の試練というよりも――
《世界の構造そのもの》に近かった。
足元の銀が、わずかに波打つ。
そこに、言葉にならない像が浮かび上がる。
守れなかったもの。
選ばなかった道。
正しかったかもしれない判断。
だが、どれにも感情が付随しない。
悲しみも後悔も、霧に吸われて薄れている。
ここでは《意味だけが残る》
「――自分を信じろ」
かつて聞いた声が、今度は歪まずに響いた。
だが、それは励ましではない。
《責任を引き受けろ》という宣告に近かった。
銀の道の先に、低い壁のようなものが現れた。
近づくにつれ、それが“壁”ではないと分かる。
無数の反射面が重なり合った、薄い層の集合体。
進む者の姿を、何度も歪めて映す。
そこには、扉も紋章もない。
越えるか、立ち止まるか。
それだけだ。
祠の気配は、ここで急に遠ざかった。
導きも、拒絶もない。
ただ《観測している沈黙》だけが残る。
エルドが一歩踏み出すと、反射面が同時に震えた。
像が揺らぎ、重なり、ひとつに収束する。
次の瞬間、視界が白に満たされた。
痛みはない。
喪失感もない。
代わりに、胸の奥に――《薄い違和感》が残った。
何かを得たのではない。
何かを失ったとも言い切れない。
だが確かに《戻れない位置》へと踏み込んだ。
白が引いていくと、見知らぬ通路が続いていた。
材質も、空気も、これまでと異なる。
祠の気配は、ここにはない。
代わりに、遠くで微かな律動が響いている。
鼓動のようで、歯車の回転音にも似ている。
銀の道は、ここで終わっていた。
しかし、終着ではない。
振り返っても、霧も反射面も存在しない。
選択を示す痕跡は、完全に消えている。
ただ一つ、胸元に残った曇った感覚だけが、
次の分岐が存在することを、静かに告げていた。
この先で問われるのは、
祠の真実でも、虚構でもない。
――選択を選んだという事実を、どう引き受けるか――
銀は、まだ完全には曇っていない。
次に光るのか、
それとも、二度と磨かれないのか。
それは、この先で決まる。
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◆「隳」ルート
― 崩す・自ら壊す道
銀の床に、細かな亀裂が走った。
踏み出すたび、反射は乱れ、像は砕けていく。
祠の声は、ここではもう響かない。
代わりに、選び続けてきた判断そのものが、重さとなって足を引く。
壊すことでしか進めないと悟った瞬間、道は一段深く沈んだ。
銀は砕け、真実も虚構も区別を失う。
残るのは、崩した責任だけだ。
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◆「鿧」ルート
― 鈍く曇る・濁りを抱えた道
銀は光を返さない。
曇りは汚れではなく、沈殿した選択の痕だった。
進むほどに判断は遅れ、確信は薄れる。
だが、立ち止まる理由も見当たらない。
鈍い反射の奥で、過去と未来が溶け合う。
正しさを測る尺度は失われ、残るのは“続けた”という事実だけ。
それでも道は、静かに前へ伸びていた。
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◆「隵」ルート
― 傷・欠けを抱えたまま進む道
銀の面に、明確な欠損があった。
避けられない傷として刻まれ、消える気配はない。
だが、その欠けがあるからこそ、反射は歪み、視界は広がる。
完全でない像が、複数の可能性を映し出す。
傷は罰ではなく、通過の証だった。
失われた部分を抱えたまま、道は次の層へと続いている。
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◆「隬」ルート
― 近づく・境界へ寄る道
銀は薄くなり、霧との境目が曖昧になる。
道と周囲の区別が消え、歩いている感覚さえ遠のく。
祠の領域と外界、その狭間へと近づいているのが分かる。
まだ越えてはいない。
だが、戻る距離も失われつつある。
銀は境界そのものとなり、次の選択を静かに待っていた。




