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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第六の試練

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「秒」―《記憶の泥人形》

◆ 正規ルート


《秒 ― 記憶の泥人形ヌバル


― 深層変位・定着の章 ―


 半ばまで開いた門の向こうで、時間は流れていなかった。

 進んでいるはずの秒針が、音もなく沈黙している。

 それでも空間は停滞していない。ただ、変化だけが削ぎ落とされ、結果だけが残されているようだった。


 そこに立っていたのは、人の形を模した塊だった。

 灰色の泥が寄り集まり、肩、腕、胸郭の名残を成している。だが表面は定まらず、わずかに揺らぎ続けている。

 顔と呼べる部位には、輪郭だけが浮かび上がっていた。

 目でも口でもない。誰かであった可能性だけが、そこに貼り付いている。


 ヌバル。

 世界から削除された存在が、記憶の深層で凝結した残滓。


 近づくにつれ、空気が重くなる。

 それは圧迫ではなく、密度だった。

 一秒という最小単位に、無数の選択と後悔が圧縮されている感覚。


 泥人形の表面に、微かな紋様が走る。

 それは祠の紋章と同じ構造をしていたが、意味だけが異なっていた。

 継承ではない。

 保存でもない。

 固定――変更不能な状態への遷移を示す印だった。


 伸ばされた腕が、空間を歪ませる。

 触れられていないのに、記憶の奥が反応する。

 消えた仲間の声、歩き方、癖のようなものが、断片として浮かび上がり、すぐに溶ける。


 理解が、言葉より先に到達する。

 ヌバルは問いを投げかけていない。

 選択を迫ってもいない。


 ここに至った時点で、世界はすでに一度、選ばれている。


 泥人形の内部で、何かが定着する音がした。

 それは契約の締結ではない。

 “修復の可能性”そのものが、静かに閉じられる音だった。


 その瞬間、祠の外側で何かが変わった。

 遠くで、まだ起きていないはずの出来事が、結果だけを先に持って現実へ滑り込んでくる。

 時間の順序が、不可視の層で折り畳まれていく。


 泥人形の輪郭が、わずかに安定する。

 代わりに、エルドの内側で――名前を持たない空白が増えた。

 失われたという実感はない。

 最初から、その分だけ欠けた状態が“正しい形”として再定義された。


 門が、完全に開くことはなかった。

 だが閉じることもなかった。

 半開のまま、次の階層への境界として固定される。


 最後に、ヌバルの表面に一瞬だけ、確かな像が浮かぶ。

 それは仲間だったのか、可能性だったのか、それとも未来の誰かなのか――判別できない。

 ただ、その像は前を向いていた。


 次の瞬間、祠の灯りが戻る。

 世界は何事もなかったかのように呼吸を再開する。

 秒針も、再び動き出している。


 だが、もう同じ速さではない。


 エルドの足元に、新たな紋章が刻まれていた。

 それはこれまでのどのルートにも存在しなかった形。

 “記憶を書き換えた者”ではなく、

 “書き換えを定着させた者”だけが持つ印。


 その印は、次の試練が選択ではなく、

 “結果の回収”であることを、無言で告げていた。





◆ ヌバルは誰であったか?

――選択せよ――





「敵」ルート


― ガルラル・ハウンド ―


 泥人形の輪郭が歪み、四肢が異様に引き延ばされる。

 灰色の塊は人の形を捨て、獣へと収束していった。


 低く唸る声。

 牙の隙間から零れる泥は、かつての血の名残のようだった。


 ガルラル・ハウンド。

 過去に討たれ、記憶ごと消されたはずの魔獣。

 しかし、その眼は“憎しみ”ではなく、理解を宿している。


 敵として倒された存在が、

 記憶改変によって「役割」を奪われた結果――

 ヌバルとして残った。


 獣は吠えない。

 ただ、道を塞ぐ。


 ここから先は、討伐ではなく、責任の領域だった。



---



「弟」ルート


― 幻影のイアン ―


 泥がほどけ、人の背丈に整う。

 そこに立っていたのは、幼い頃の面影を残した少年だった。


 イアン。

 確かに弟の名だ。

 だが声がない。足音もない。


 触れようとすると、輪郭が揺らぎ、

 存在が“記憶の霧”のように薄れる。


 本物なのか、幻なのか。

 それを判別するための手がかりが、どこにもない。


 ただひとつ確かなのは――

 この姿を選んだのが世界ではなく、エルド自身の深層だということ。


 イアンは微笑む。

 それが別れの記憶なのか、捏造なのかは、もう判断できない。



---



「恋」ルート


― 泣いているエリス ―


 泥人形は静かに崩れ、代わりにひとりの女性が現れる。

 エリス。

 かつて、確かに隣にいた存在。


 彼女は泣いている。

 声を殺し、理由を語らず、ただ涙を落とし続けている。


 近づくほどに、空気が重くなる。

 後悔でも喪失でもない、結果だけが残った感情。


 何があったのかは、思い出せない。

 いや――

 思い出せないように、上書きされた。


 エリスは顔を上げない。

 その涙が止まる時、

 次に消えるのは、彼女なのか、それとも――。



---



「己」ルート


― もうひとりのエルド ―


 泥は最後まで人の形を保った。

 そこに立っていたのは、鏡写しの存在。


 同じ背格好。

 同じ視線。

 同じ記憶の重み。


 もうひとりのエルドが、こちらを見つめている。


 口は動かない。

 だが、心の奥に直接、声が落ちてくる。


 ――口を開いてはならない。


 理由は語られない。

 説明もない。

 ただ、その警告だけが、強制力を持って響く。


 ここで言葉を発した瞬間、

 どちらが“本体”かが確定してしまう。


 沈黙は防御であり、同時に選択だった。



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