DC 《黒輪:輪道の執行者》
◆ DC《黒輪:輪道の執行者》
《循環の深域 ― 名を持たぬ選択》
境界は、音もなく閉じた。
光の道と影の道、その双方が溶け合う地点で、世界は一度、呼吸を止めたように静まり返る。風は止み、時間の流れすら曖昧になる。そこに残されたのは、選択を終えたという事実だけだった。
DCルートとは、力を得る道でも、拒絶する道でもない。
それは「循環を受け入れる」という、最も理解されにくい選択である。
足元に広がるのは、円環状に重なり合った紋章の層だった。金でも黒でもない、名づけられていない色が、静かに脈打っている。それらは過去の選択、失われた可能性、そしてまだ生まれていない未来の痕跡だった。
この場に立つ者は、何かを奪われたわけではない。
だが、何かを即座に与えられることもない。
代わりに、世界そのものの「流れ」を知ることになる。
かつて断絶した王統。
消えたはずの誓約。
継承されなかった名と、語られなかった歴史。
それらは失敗でも欠落でもなく、循環の途中で生じた“間”だったと理解される。断ち切られたのではなく、まだ回収されていなかっただけなのだ。
空間の奥で、巨大な構造体が姿を現す。玉座のようにも見え、祭壇のようにも見えるそれは、何者にも所有されていない。近づくにつれ、無数の声なき記憶が、波のように押し寄せてくる。
そこに刻まれているのは命令ではない。
問いですらない。
ただ、「続いている」という事実だけが示されていた。
DCルートにおいて重要なのは、英雄的な決断ではない。犠牲的な覚悟でもない。必要なのは、選択を“終わらせない”という姿勢だった。
何かを決めきらないことは、弱さではない。
未来に余白を残すという、極めて高度な選択である。
この地点で得られる力は、即効性を持たない。戦況を覆す技でも、世界を書き換える権能でもない。その代わり、流れを読む感覚が宿る。歪みが生じる前兆、選択肢が狭まる瞬間、誰かが踏み外そうとする兆候。
それらが、言葉になる前に理解できるようになる。
世界は変わらないように見える。
だが、確実に“壊れにくく”なる。
このルートが正規である理由は明確だ。
なぜなら、ここで選ばれたのは「終わり」ではなく、「続行」だからである。
円環の中心で、紋章が静かに沈む。その瞬間、世界の奥深くで、別の歯車が噛み合う音がした。それは遠く、しかし確かな始動音だった。
まだ名のない試練。
まだ姿を見せない対立者。
そして、循環を拒む存在。
ここは、すべてを解決しない。
だからこそ、次へ進める。
光と影のどちらにも偏らないこの選択は、後に「分岐を生み続ける正道」と呼ばれることになる。その意味が理解されるのは、もう少し先の話だ。
境界の向こうで、新たな階層が開き始めていた。
そこでは、これまでの選択そのものが試されることになるだろう。
循環は続く。
物語も、まだ終わらない。
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◆ 分岐①
《黒鱗ルート ― 受容の深化》
循環の深域で得た感覚が、内側へ沈んでいく。
世界の歪みを「正す」のではなく、「耐える」選択がここでなされる。
身体の奥に、硬質な感触が芽生える。それは防御でも武装でもない。世界の衝撃をそのまま受け止め、流れに変換するための器官――黒鱗と呼ばれる性質だ。
このルートでは、前に出て戦うことは少ない。代わりに、崩壊寸前の局面に立ち続ける役割を担う。破綻を一身に引き受け、周囲の選択肢を守る存在となる。
力は静かで、目立たない。
しかし一度崩れれば戻らない局面において、黒鱗の在り方は決定的な意味を持つ。
後に、この選択が「世界を延命させた分岐」と呼ばれる理由が明らかになる。
――耐えた先で、次の循環が試される。
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◆ 分岐②
《黒剣ルート ― 断絶の執行》
循環を理解したうえで、それでも切ると決めた場合、この道が開く。
黒剣は武器ではない。
選択と選択の間に生じた“迷い”そのものを断ち切る概念である。
このルートでは、曖昧さが許されない。
進むべき道と、終わらせるべき可能性が明確に分かたれる。
一振りごとに、世界は整理されていく。
救われる未来もあれば、完全に閉じる可能性もある。
代償として、循環の余白は急速に失われる。
だがその分、物語は加速する。
黒剣を選んだ者は、後戻りできない。
その覚悟が、次章で「対峙」という形を取って現れる。
――切った先で、真の敵が姿を現す。




