Cルート 時よ、記憶を開け
◆《蒼の道》Cルート「時よ、記憶を開け」――と唱える
エルドは息を整え、蒼く漂う光文字の環の前で静かに目を閉じた。
胸の奥に、微かな震えが走る。導きの欠片が淡く震え、まるで「選べ」と促すように鼓動していた。
そして――
「時よ、記憶を開け」
その瞬間、広間の蒼い光が一斉に脈動した。
まるで巨大な心臓が鼓動したかのように、空間全体が ドクンと揺れる。
光文字たちは円環の形を崩し、蜘蛛の巣がほどけるように散り、溶け、蒼の霧と化してエルドへと押し寄せた。
――試練を確認します。
声はいつもの無機質な響きのはずなのに、今はどこか焦っているようにも聞こえた。
「……なに?」
エルドが構える間もなく、霧は身体をすり抜けるようにして入り込み、視界が一瞬にして真っ白に染まった。
次の瞬間。
――ザリ……ザリ……
足元で、小さく砂利を踏む音がした。
白の中に影が浮かぶ。
人影。背丈こそエルドと同じくらいだが、輪郭は揺らぎ、まるで氷の中に閉じ込めたように曖昧だ。
その影はゆっくりとこちらを向き――
顔が、ない。
正確には、顔だけが霧に隠れ、見えないのだ。
「……俺の、記憶……?」
影は答えない。
ただ、胸元で何かを握りしめている。その手つきは、何かを必死に守るようでもあり――何かを忘れまいとするようでもあった。
エルドは一歩近づいた。
すると影の肩が震え、苦しむように呻いた。
「……やめろ……来るな……」
「俺の声……?」
確かに、それはエルド自身の声だった。
理解した瞬間、胸が痛んだ。
これは、自分が一度封じた記憶の断片なのかもしれない。
開けてはいけない扉。触れれば、迷宮が見せる幻ではなく、自分自身の心が崩れる危険がある。
手を伸ばそうとしたとき。
――警告。
――選択は不適切です。
――記憶領域の安定が確認できません。
機械的な声が空間全体に響いた。
「待て、まだ――」
叫ぶより先に、広間の蒼光が一気に収束し、エルドの視界は闇に呑まれた。
そして――
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◆ 気がつけば、最初の祠の前
目を開けたとき、エルドは冷たい石床の感触を背中に感じていた。
見上げれば、天井の松明が静かに揺れている。
あの蒼い広間はなく、そこにあるのは迷宮の――最初の祠の入り口。
「……戻された、のか?」
身体に傷はない。
だが胸の奥に、ほんの少しだけ冷たい痛みが残っていた。
導きの欠片を取り出すと、石はほんのわずかに震え、淡く光って消えた。
まるでこう告げているようだった。
“時を揺さぶるには、まだ早い”
祠の扉は再び静かに閉じ、一から試練に臨むしかない。
決して罰ではなく、あくまで「やり直し」が許されたのだ。
エルドは立ち上がり、拳を握った。
「……次は、正しい道を選ぶ」
そのひと言が、迷宮の静寂に微かに響いた。
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