Bルート 闇よ、真実を照らせ
◆ ①《蒼の道》Bルート「闇よ、真実を照らせ」――と唱える
エルドは浮かび上がった三つの文のうち、もっとも静かに、しかし不気味に揺らめく言葉へと目を向けた。
――闇よ、真実を照らせ。
奇妙な逆説。その文だけが、他の二つと明らかに“違う色の響き”を持っていた。
光でも時でもなく、闇に真実を求めるという矛盾。
エルドは迷った。
しかし、“真実を照らす”という言葉が胸に引っかかった。
この迷宮が求めるのは知識――ならば、光では届かぬ深層の理もあるはずだ。
エルドは小さく息を吸い、はっきりと言葉を紡ぐ。
「……闇よ、真実を照らせ」
その瞬間、広間がぐらりと揺れた。
光が消えた、のではない。
蒼い光がまるで墨を落とされたように濁り、黒に侵食されていったのだ。
星々のように舞っていた光の粒が、音もなくひび割れたガラスのように砕け落ちる。
そして――
エルドの足元から「影」が生えた。
影は本来の彼の体の輪郭とは違う、不自然な歪みを持っていた。
腕が一本多く見え、頭部は獣のように伸び、背骨が“もう一人の誰か”の形にうごめく。
「なんだ……これは……!」
影はゆっくりと立ち上がるように伸び、気配を持ち始めた。
まるで闇が意思を得たかのようだ。
――正しき言葉ではない。
天井と床、左右の壁。
四方から、重く、冷たく、宣告のような声が響いた。
――代償を支払え。
黒い空気がエルドの胸に押し寄せ、苦しみが走る。
それは痛みではなく、記憶の深部を無理やりこじ開けられるような感覚だった。
幼い日に見た、どうしても思い出したくなかった光景。
逃れられぬ罪悪感。
後悔。
失ったもの。
埃の下に押し込めたはずの影が、次々と形を持って現れる。
「……やめろ……!」
エルドは震える膝を押さえつけ、前を向く。
影が「彼」に似た声で囁いた。
――真実は、光の中にはない。
その言葉に、迷宮全体が低く振動した。
広間の壁に刻まれた紋様が黒ずみ、光の循環が乱れているのがわかる。
誤った言葉を選んだ代償。
しかしここは“知識の道”。
命を奪うのではなく、理解と痛みをもって“正しき道へ戻す”のが本質なのだ。
影はゆっくりと、エルドの胸に手を伸ばし――
触れた瞬間、世界が反転した。
■
意識が戻ったとき、エルドは石床の上に膝をついていた。
広間は元の蒼い光を取り戻していた。
影も、黒に侵食された光も、すべて幻のように消えている。
ただひとつ、身体の奥に残った“冷たい痛み”だけが、確かに現実だった。
石台の書物は、今度はエルドを拒むように閉ざされている。
ページは開かず、文字は浮かび上がらない。
――正答ではない。
――しかし、迷宮は彼を退けなかった。
その代わり、別の道が現れた。
壁の一角が静かに割れ、新たに作られた細い裂け目が、暗い奥へと続いている。
そこには、淡く光る蒼色の文字が浮かんでいた。
――誤答者の道。
――修正の間へ進め。
気配は重く、冷たく、しかし確かに“まだ進める”と告げている。
エルドは立ち上がり、胸に残る影の痕跡をそっと押さえた。
迷宮は彼を許したのではない。
ただ、次の試練を課しただけだ。
「……行くしかないな」
そう呟き、エルドは誤った言葉の代償として現れた“修正の道”へ足を踏み入れた。
②《紅の道》へ




