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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第五の試練

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CD 《金剛王の門》

◆ CDルート《金剛王の門 ― 重層せし時の王座》



 金剛王の門の前に立った瞬間、世界の音がひとつ減った。

 風は吹いているはずなのに、耳に届かない。足元の大地も確かに存在しているのに、その感触は重さだけを残し、振動を伝えなかった。


 ここは拒絶の場ではない。

 だが、迎え入れる場所でもない。


 門は、試練というよりも「秤」だった。


 巨大な壁に刻まれた黄金の文様は、ゆっくりと脈を打つ。その動きは生き物のようでありながら、感情を持たない。文様は問いかけを発することもなく、ただ“在る”ことで通過者を測っていた。


 夢界の欠片が淡く光ると同時に、空間が折り重なるように歪んだ。

 一歩踏み出した瞬間、門の向こうの灰色の空間へと、静かに引き込まれる。


 そこには地平線がなかった。

 天と地の境界は曖昧で、時間そのものが層となって積み重なっている。遠くでは過去の影が形を保ったまま静止し、近くでは未来の輪郭がまだ定まらないまま揺らいでいる。


 この場所では、記憶は流れない。

 蓄積され、重なり、沈殿していた。


 一歩進むごとに、空気が重くなる。

 肉体が疲れるのではない。判断が鈍るのでもない。

 ただ、積み重ねてきた選択の「重さ」が、無言の圧として身体に加わっていく。


 ここで求められるのは、強さではなかった。

 勇敢さでも、信念でもない。


 選択を引き受け続ける覚悟――それだけだった。


 やがて、空間の中央に王座が現れる。

 金剛石のような質感を持つ玉座は、飾り気がなく、威圧する意図すら感じさせない。ただ、揺るがぬ存在としてそこにあった。


 王座の背後には、巨大な円環が浮かんでいる。

 それは門であり、檻であり、同時に道でもあった。


 理解が自然と胸に落ちる。

 ここは、迷宮が築き上げてきた「正規の統治領域」。

 迷宮を力で制する者の場所ではなく、迷宮の重さを背負う者のための領域だった。


 夢界の欠片が再び鼓動を強める。

 深核で変質したそれは、もはや欠片ではない。

 核の一部として、金剛王の領域に呼応していた。


 円環の内側へ踏み出すと、視界がゆっくりと反転する。

 過去の選択が映し出されるが、後悔は現れない。

 未来の可能性も見えるが、期待は示されない。


 示されるのは、ただ一つ。

 積み重ねた選択の“質”だけだった。


 ここで拒まれる者もいる。

 だがそれは、誤ったからではない。

 まだ重さを引き受ける段階に至っていないからに過ぎない。


 今回は違った。


 王座の文様が静かに光を放ち、円環が完全な形を取る。

 それは承認の合図でも、祝福でもない。

 ただ、「通過条件を満たした」という事実の表明だった。


 金剛王の門は、開いたのではない。

 最初から閉じてもいなかった。


 重ねた選択が、自然と道を形づくったのだ。


 灰色の空間がゆっくりと崩れ、次なる層が姿を現す。

 そこは、迷宮の中枢に近い統治階層。

 力でも感情でもなく、「積層された決断」によって保たれる領域だった。


 金剛王の門を越えたことで、迷宮はひとつの事実を確定させた。

 この進行は逸脱ではない。

 迷宮の意志と完全に重なった、紛れもない正規ルートであるということを。


 重さを引き受ける者だけが立てる場所へ。

 迷宮の秩序が、次の試練を静かに準備し始めていた。



---



◆そして現れる――《試練の秤》


 王座の間が静止した瞬間、床の中央が音もなく割れた。

 せり上がってきたのは、天秤にも似た奇妙な装置だった。


 均衡を保つ梁の両端に、二つの石が置かれている。


 一つは、始まりを刻んだ石。

 もう一つは、終わりを刻んだ石。


 秤は語らない。

 ただ、選択だけを待っている。



---



◆ 分岐《()》の石 ―― 始まりを引き受ける道


 「阿」の石に触れた瞬間、秤がわずかに傾いた。


 空間が開き、白に近い光が床を満たす。

 重さは増しているはずなのに、不思議と足取りは軽かった。


 この石が示すのは、胎動。

 未完成であることを受け入れ、なお進むという選択。


 過去の選択は否定されない。

 しかし、それらは完成形として固定されることもない。


 記憶は素材となり、経験は土台となる。

 ここから先で積み上げ直すことが許される道だった。


 秤は完全には釣り合わない。

 だが、それこそが正解であるかのように、光は揺らぎ続ける。


 迷宮は、始まり続ける存在を必要としている。

 その役割を担う者だけが、この先へ進める。


 秤は静かに沈黙し、新たな通路が開かれた。



---



◆ 分岐《(うん)》の石 ―― 終わりを確定させる道


 「吽」の石に触れた瞬間、秤はぴたりと静止した。


 揺れは消え、空気が硬質なものへと変わる。

 光は減り、影が輪郭を持ち始めた。


 この石が示すのは、終焉。

 積み重ねた選択を、ひとつの形として確定させる道。


 過去は素材ではなく、結果として扱われる。

 やり直しはなく、修正も存在しない。


 その代わり、迷いも消える。

 定まった在り方は、揺らがぬ力となる。


 秤は完全な均衡を保ち、動かなくなる。

 それは祝福ではなく、承認だった。


 迷宮は、終わらせる覚悟を持つ存在を必要としている。

 その重さを引き受ける者だけが、この道を進める。


 秤は役目を終え、石は静かに光を失った。


---



◆試練の秤は告げない


 どちらが正しいかは示されない。

 秤が量るのは、価値ではなく「選択の質」。


 始まり続けるか。

 終わりを確定させるか。


 金剛王の門を越えた者にのみ、この分岐は現れる。

 それは逸脱ではなく、迷宮が用意した「正規の分岐」だった。



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