CD 《金剛王の門》
◆ CDルート《金剛王の門 ― 重層せし時の王座》
金剛王の門の前に立った瞬間、世界の音がひとつ減った。
風は吹いているはずなのに、耳に届かない。足元の大地も確かに存在しているのに、その感触は重さだけを残し、振動を伝えなかった。
ここは拒絶の場ではない。
だが、迎え入れる場所でもない。
門は、試練というよりも「秤」だった。
巨大な壁に刻まれた黄金の文様は、ゆっくりと脈を打つ。その動きは生き物のようでありながら、感情を持たない。文様は問いかけを発することもなく、ただ“在る”ことで通過者を測っていた。
夢界の欠片が淡く光ると同時に、空間が折り重なるように歪んだ。
一歩踏み出した瞬間、門の向こうの灰色の空間へと、静かに引き込まれる。
そこには地平線がなかった。
天と地の境界は曖昧で、時間そのものが層となって積み重なっている。遠くでは過去の影が形を保ったまま静止し、近くでは未来の輪郭がまだ定まらないまま揺らいでいる。
この場所では、記憶は流れない。
蓄積され、重なり、沈殿していた。
一歩進むごとに、空気が重くなる。
肉体が疲れるのではない。判断が鈍るのでもない。
ただ、積み重ねてきた選択の「重さ」が、無言の圧として身体に加わっていく。
ここで求められるのは、強さではなかった。
勇敢さでも、信念でもない。
選択を引き受け続ける覚悟――それだけだった。
やがて、空間の中央に王座が現れる。
金剛石のような質感を持つ玉座は、飾り気がなく、威圧する意図すら感じさせない。ただ、揺るがぬ存在としてそこにあった。
王座の背後には、巨大な円環が浮かんでいる。
それは門であり、檻であり、同時に道でもあった。
理解が自然と胸に落ちる。
ここは、迷宮が築き上げてきた「正規の統治領域」。
迷宮を力で制する者の場所ではなく、迷宮の重さを背負う者のための領域だった。
夢界の欠片が再び鼓動を強める。
深核で変質したそれは、もはや欠片ではない。
核の一部として、金剛王の領域に呼応していた。
円環の内側へ踏み出すと、視界がゆっくりと反転する。
過去の選択が映し出されるが、後悔は現れない。
未来の可能性も見えるが、期待は示されない。
示されるのは、ただ一つ。
積み重ねた選択の“質”だけだった。
ここで拒まれる者もいる。
だがそれは、誤ったからではない。
まだ重さを引き受ける段階に至っていないからに過ぎない。
今回は違った。
王座の文様が静かに光を放ち、円環が完全な形を取る。
それは承認の合図でも、祝福でもない。
ただ、「通過条件を満たした」という事実の表明だった。
金剛王の門は、開いたのではない。
最初から閉じてもいなかった。
重ねた選択が、自然と道を形づくったのだ。
灰色の空間がゆっくりと崩れ、次なる層が姿を現す。
そこは、迷宮の中枢に近い統治階層。
力でも感情でもなく、「積層された決断」によって保たれる領域だった。
金剛王の門を越えたことで、迷宮はひとつの事実を確定させた。
この進行は逸脱ではない。
迷宮の意志と完全に重なった、紛れもない正規ルートであるということを。
重さを引き受ける者だけが立てる場所へ。
迷宮の秩序が、次の試練を静かに準備し始めていた。
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◆そして現れる――《試練の秤》
王座の間が静止した瞬間、床の中央が音もなく割れた。
せり上がってきたのは、天秤にも似た奇妙な装置だった。
均衡を保つ梁の両端に、二つの石が置かれている。
一つは、始まりを刻んだ石。
もう一つは、終わりを刻んだ石。
秤は語らない。
ただ、選択だけを待っている。
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◆ 分岐《阿》の石 ―― 始まりを引き受ける道
「阿」の石に触れた瞬間、秤がわずかに傾いた。
空間が開き、白に近い光が床を満たす。
重さは増しているはずなのに、不思議と足取りは軽かった。
この石が示すのは、胎動。
未完成であることを受け入れ、なお進むという選択。
過去の選択は否定されない。
しかし、それらは完成形として固定されることもない。
記憶は素材となり、経験は土台となる。
ここから先で積み上げ直すことが許される道だった。
秤は完全には釣り合わない。
だが、それこそが正解であるかのように、光は揺らぎ続ける。
迷宮は、始まり続ける存在を必要としている。
その役割を担う者だけが、この先へ進める。
秤は静かに沈黙し、新たな通路が開かれた。
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◆ 分岐《吽》の石 ―― 終わりを確定させる道
「吽」の石に触れた瞬間、秤はぴたりと静止した。
揺れは消え、空気が硬質なものへと変わる。
光は減り、影が輪郭を持ち始めた。
この石が示すのは、終焉。
積み重ねた選択を、ひとつの形として確定させる道。
過去は素材ではなく、結果として扱われる。
やり直しはなく、修正も存在しない。
その代わり、迷いも消える。
定まった在り方は、揺らがぬ力となる。
秤は完全な均衡を保ち、動かなくなる。
それは祝福ではなく、承認だった。
迷宮は、終わらせる覚悟を持つ存在を必要としている。
その重さを引き受ける者だけが、この道を進める。
秤は役目を終え、石は静かに光を失った。
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◆試練の秤は告げない
どちらが正しいかは示されない。
秤が量るのは、価値ではなく「選択の質」。
始まり続けるか。
終わりを確定させるか。
金剛王の門を越えた者にのみ、この分岐は現れる。
それは逸脱ではなく、迷宮が用意した「正規の分岐」だった。




