BF 《断絶の道》
◆ BF ― 《断絶の道 (ディスコンティニュア)》
―― 祠の観測が途切れる領域のはじまり
灰の道を抜けた瞬間、空気が変わった。霧は消え、湿度も温度も感じられない。そこにあるのは、ただ質量の抜け落ちた静けさ。振り返れば、通ってきた灰の空洞が薄膜のように揺らぎ、触れれば破れそうなほど脆い。祠がつい先ほどまで確かに存在していたはずの気配は、もう何ひとつ残っていなかった。
足元には床らしきものがある。しかし踏んだ感触が記憶に刻まれない。石でも土でも霧でもなく、踏んでも沈まず、蹴っても力が返ってこない。歩いているのに、歩いたという痕跡が存在しない。まるで自身が世界に受け入れられなくなっていくような、奇妙な浮遊感があった。
視界は白とも黒ともつかない空間に包まれていた。色の概念が曖昧になり、距離の感覚も不確かになる。遠くを見ようとしても、世界そのものがまだ描かれていない紙のようにぼやけ、焦点が合わない。音がない。風もない。祠のあの低い脈動すら、ここでは完全に消えていた。
前へ進むたび、周囲の景色が少しずつ変わる。変わっているはずなのに、どこが変化したのか判断できない。床に刻まれた傷が、まばたきのたびに消えては現れ、壁の角度や高さも時々、知らぬ間にずれている。世界が“確定しないまま”存在しているのだと、嫌でも理解できた。
通路が曲がるたび、歩いたはずの場所が未踏の場所に変わる。振り返れば、さっきまではなかった裂け目が走っている。その裂け目は光でも影でもなく、ただ空間が“そこだけ欠けている”ような無音の亀裂だった。近づくと、亀裂の奥から微かに吸い込むような圧が生まれ、背中に冷たい感覚が流れる。
祠の干渉が届かない。
祠の観測が及ばない。
この領域は、祠という巨大な機構の外側に生じた“裂け目”。
そしてその裂け目こそが、祠が長く封じ込めようとしていた何かの痕跡なのだと直感が告げていた。
歩みを進めるほど、世界の規則が崩れていく。重力が軽くなり、次の瞬間には急に重くなる。距離は伸びたり縮んだりし、手を伸ばせば遠ざかる壁が、気づけば指先に触れる距離へ跳んでくる。迷宮という形を保ちながら、迷宮の概念を裏切ってくる。
エルドはふと、自分の影が消えていることに気づいた。
影がない。
光源がないからではない。
“影という現象が存在していない”のだ。
胸の奥に冷たさが走った。
ここは世界の外縁。
どんな記憶も残らず、どんな足跡も刻まれない領域。
しばらく進むと、空間の奥で何かが揺れた。揺れた、と感じたが、それが形だったのか、音だったのか、あるいは感覚の誤差だったのか判別できない。だが確かに“存在しないはずの気配”が、どこかで蠢く。祠ではない。人でもない。記憶でもない。
もっと無機質で、世界の外側に棲む何か。
足が止まりかけた瞬間、通路の前方に一本の線が現れた。
赤い。
だがそれは色という概念を保ちながらも、“赤ではない何か”に見える不自然な輝きを持っていた。
線は空間の裂け目に沿うように細く伸び、やがて道の中央に形を成した。その輝きは祠の紅とは全く異なる。規則性がなく、脈動もしない。あたかも“世界の縫い目”を乱雑に塞ぐために塗りつけられた赤のようだった。
その赤い線が、進むべき方向を示す。
祠ではない何かが、案内している。
「……行く」
短い声が、わずかに震えて空気へ溶けた。
だがその声も、音としての記録を残さず消えた。
赤い線は、奥へ奥へと続いている。
その先には祠の試練ではない、別の法則が待つ。
その法則は恩恵かもしれず、災厄かもしれない。
しかし進む以外に道はなかった。
祠の外側へ踏み出した足は、
もはや祠という世界に戻ることを保証されていなかった。
それでも、エルドは前へと進んだ。
裂け目は微かに脈動しながら、
“異界型サブルート”の入口を静かに開いていった。
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◆BF分岐を選択せよ
【「静」ルート:静の道 (サイレントパス)】
立ち止まると、世界のほうが近づいてきた。
動かないことで、周囲の揺らぎが形を得ようと寄り集まり、未定義の靄が足元に触れる。
何もしていないのに、裂け目が閉じ、赤い線だけが残る。
「……いい」
そのひと言で空間は確定し、静止という選択が新たな道を開いた。
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【「動」ルート:動の道 (ラッシュパス)】
走るたび迷宮は揺れ、行動が世界を書き換えていく。
焦りが形となり、“影のない影”が現れる。動きの残像をなぞるように暴れ、通路を乱す存在だ。
そこで一度、エルドは動きを止めた。
すると影が弾け、赤い線の道が一本に絞られる。
「……来い」
動くことで迷いが生まれ、止めることで真の道が確定した。




