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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第五の試練

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BD 《狭間の道》

◆ BD ― 《狭間の道 (リフト・エリア)》



― アナザーエンド:影を踏めなかった者 ―


 灰の道が背後で閉じ、細長い黒い通路が静かに目の前へ伸びていた。霧ではない。まるで液体の闇をそのまま床に流し込んだような質感だった。エルドが一歩踏み込むと、ゆらりと黒い波紋が広がる。足音はない。代わりに、踏むたびに“自分以外の足音”が微かに返ってくる。


 それは、まだ形を持たない影の反響だった。


 通路の両壁には、薄い影が揺れていた。人のようで人でなく、何かの記憶のようでありながら、どこにも属さない曖昧な輪郭。触れれば消える。見つめれば濃くなる。進むほどに、影たちは“存在する準備”を始めていくようだった。


 ――これは、祠の影ではない。

 ――自分が積まなかった未来の影。


 足元の黒い波紋が大きく揺れた瞬間、影が一体、壁から抜け出た。エルドの背丈に似ている。しかし顔はない。表情もない。ただ、揺らいだまま、エルドの前に立ちはだかる。


 エルドは剣に手をかけた。

 影もまた、同じ動きをした。


 まるで「もし別の選択をしていた自分」のように。


 刃がぶつかる。軽い衝撃。だが影は痛まない。斬っても、裂けても、すぐに形を戻す。攻撃を受けるたび、むしろ濃度が増し、人らしさを帯びていく。


 “倒すほど強くなる”という祠の理が、ここにも流れていた。


 影は無音のまま、何度もエルドに刃を向けてくる。

 攻撃の癖は、どこか自分に似ていた。

 躊躇、迷い、焦り。

 それらを正確に模倣していた。


 次第に剣が重くなる。

 呼吸が浅くなる。

 影は増える。


 いつの間にか三体。

 どれも“エルドの可能性のひとつ”だった。


 焦りが血管を急がせたその瞬間、影の一体が剣を弾いた。

 腕に痺れが走り、武器が黒い床に落ちる。

 拾おうとした手を、別の影の足が踏む。


 痛みはなかった。

 だが、存在を押し返される感覚だけが鋭く突き刺さった。


 影が一斉に動いた。

 倒すためではない。

 囲むためだった。


 逃げ道はない。

 壁も黒い闇に溶け、空間の境界が曖昧になっていく。


 影が伸ばした手が、エルドの胸元に触れた。

 その瞬間、頭の奥に誰かの声が流れ込む。


 ――「もし、貴様があの時……」


 過去ではない。

 未来でもない。

 “起こらなかった可能性”だけが渦のように押し寄せた。


 胸が詰まる。

 視界が揺れる。

 影が、ひとつずつ、エルドの内側へ沈んでいく。


 痛みはないのに、重い。

 体が地面に縫い付けられるような圧力だけが続いた。


 やがて影は完全に消えた。

 倒したわけではない。

 “上書きされた”のだ。


 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 黒い通路は揺らぎ、遠ざかっていく。

 祠の視界が、エルドをここから排除しているのが分かった。


 ――試練としては、敗北だ。


 だが、エルドは静かに息を整えた。

 影に飲まれた瞬間、確かに分かったことがある。


 自分はこれまで、

 “進まなかった未来”をただ切り捨てて歩いてきた。

 そこに、積み重ならなかった後悔や選択があったことを、

 見ないままにしていた。


 影は自分の弱さではない。

 “選ばなかった強さ”でもあったのだ。


 黒い床がひとりでに割れ、静かに落下の感覚が訪れる。

 祠の奥ではなく、祠の外周でもなく、

 そのさらに隙間――狭間の領域へ落ちていく。


 風もない。

音もない。

ただ、静かな下降だけが続いた。


 この敗北に痛みはない。

 代わりに、胸の奥にひとつの“視点”が残った。


 ――未来は、選ばなかった数だけ広がっている。


 そして、その影たちは決して敵ではない。

 ただ、自分の歩幅を測るために生まれた“もうひとつの可能性”にすぎない。


 落下が止まり、薄い光が差す。

 祠の外縁に浮かぶ、細い灰色の足場。

 そこが、エルドの“アナザーエンド”だった。


 新たな宝玉は与えられない。

 力も得られない。

 ただ、一つの教訓だけを携えて、歩み直す。


 影を踏めなかった者として――

 しかし、影を理解した者として。


 エルドは静かに立ち上がり、薄明の先へ歩き出した。

























《アナザーエンド》

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