BB 《記憶を上書きする》
◆ BBルート《記憶を上書きする》 ― 深層変位の章
蒼い薄灯りが祠の奥へと吸い込まれていく。光は脈を打ち、呼吸するように収縮しながら、まるで“過去”そのものを呼び寄せているかのようだった。指先に触れている記憶核は、冷たいというよりも――深い。底の見えない水面へ手を入れたときのような、静かで抗えない引力を宿していた。
エルドの意識は、ゆっくりと現在から遠ざかり、霧のように散りながら異なる時間へと重なり始めていた。周囲の景色は変わっていないはずなのに、形の輪郭がほんの僅かに揺れて見える。祠の壁に刻まれた紋章は、別の意味を秘めた模様に姿を変え、まるでこちらが“本来の姿”だったと言わんばかりの静けさで佇んでいた。
そのとき、足元からやってくる感覚に血流が跳ねた。
それは記憶が流れていく手触りではない。
記憶が組み換わる瞬間の、異様な軋みだった。
ひとつの映像が視界に差し込まれる。柔らかな光、揺れる草木、遠くで響く鐘の音。そこに立っている人物――誰だったのかは、思い出そうとした瞬間、像がぐにゃりと湾曲した。
可能性として存在していた記憶が、別の記憶に置き換えられていく。
押し出され、捻じ曲がり、優先順位を奪われ、形を変えながら再配置されていった。
祠の空気が震え、薄白い波紋が床から立ち昇った。
その波紋は“現在”という層を薄く剥がし、別の層を上から重ねるように広がっていく。
世界が書き換えられているのだと、皮膚より深い場所が告げていた。
やがて、祠の奥に浮かぶ三つの石柱のうち、中央のものが音もなく崩れ始めた。
崩壊ではなく、否定。
今まで存在していた“前提”が、世界から削除されていく。
エルドの肩に、何かが触れた気がした。
振り返ると、そこには黒い縁を纏った影が立っていた。
顔も輪郭も曖昧で、誰とも言えず、誰かの名残だけを帯びた存在だった。
その影は、ひどく静かな声で、ただひとつだけ言葉を落とした。
「――選んだ意味を、失うな」
声が響いた瞬間、祠の灯火が吹き消され、世界が一度だけ反転したように暗転した。
だが次の瞬間、視界は大きく塗り替えられていた。
祠の構造が変わっている。
床の紋章が違う。
そもそも、この場所に“あったはずの道”が消えていた。
心臓が脈打つたび、新しい記憶の破片が流れ込んでくる。
かつて見た光景のはずなのに、初めて見るようにも感じる曖昧な層。
過去の出来事が、別の順序で並び替えられ、馴染んでいく。
そして――ひとつだけ、確かな違和感が残った。
本来そこにあったはずの仲間の姿が、記録から抜け落ちている。
しかし、喪失の痛みが伴わない。
“最初から存在していなかったかのように”世界が整っている。
違う。
確かにいた。
その痕跡だけは、記憶の深層に微かに残っている。
だが世界は、エルドの記憶上書きに合わせるため、ひとり分の存在を矛盾なく“再配置”したのだ。
誰が欠けたのか。
どの瞬間が変わったのか。
何が本来の世界だったのか。
問いを探せば探すほど、霧は深まる。
しかし、その中心に――異質な光がひとつ、確かに灯っていた。
祠の最奥。
本来なら開かないはずの門が、静かに半ばまで開いている。
その奥には、形を成しつつある影がひとつ、こちらを待つように佇んでいた。
◆ 分岐を選びたまえ
「時」“喪失を守る老人”
記憶が上書きされてゆく中、祠の最奥で待っていたのは、杖を持つ痩せた老人だった。
彼は“消えた仲間”の名を知っているかのように、静かな視線でエルドを迎える。
老人は記憶の欠損を糧に生きる存在であり、エルドに「奪われた記憶を取り戻すか、このまま改変された世界を受け入れるか」の選択を迫る。
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「分」“時空に取り残された古代兵士”
半ば開いた門の奥に立っていたのは、砕けた鎧をまとう古代の兵士。
彼はすでに本来の歴史から消えている存在で、改変された記憶世界の“誤差”として残された者だった。
兵士はエルドに、世界を書き換える力がどれほど危険で、どれほど甘美なのかを示し、前に進む覚悟の有無を問う。
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「秒」 “記憶の泥人形”
門の奥でゆらめいていた影は、粘土のような灰色の肉体を持つ泥人形だった。
その身体には、消えた仲間の“輪郭だけの面影”がかすかに浮かんでいる。
世界から削除された存在が、形だけ残った不完全な残滓――ヌバル。
彼は、エルドに触れようと手を伸ばし、「本来の世界を修復するか」「完全な改変を受け入れるか」の岐路に立たせる。




