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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第五の試練

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BB 《記憶を上書きする》

◆ BBルート《記憶を上書きする》 ― 深層変位の章



 蒼い薄灯りが祠の奥へと吸い込まれていく。光は脈を打ち、呼吸するように収縮しながら、まるで“過去”そのものを呼び寄せているかのようだった。指先に触れている記憶核は、冷たいというよりも――深い。底の見えない水面へ手を入れたときのような、静かで抗えない引力を宿していた。


 エルドの意識は、ゆっくりと現在から遠ざかり、霧のように散りながら異なる時間へと重なり始めていた。周囲の景色は変わっていないはずなのに、形の輪郭がほんの僅かに揺れて見える。祠の壁に刻まれた紋章は、別の意味を秘めた模様に姿を変え、まるでこちらが“本来の姿”だったと言わんばかりの静けさで佇んでいた。


 そのとき、足元からやってくる感覚に血流が跳ねた。

 それは記憶が流れていく手触りではない。

 記憶が組み換わる瞬間の、異様な軋みだった。


 ひとつの映像が視界に差し込まれる。柔らかな光、揺れる草木、遠くで響く鐘の音。そこに立っている人物――誰だったのかは、思い出そうとした瞬間、像がぐにゃりと湾曲した。

 可能性として存在していた記憶が、別の記憶に置き換えられていく。

 押し出され、捻じ曲がり、優先順位を奪われ、形を変えながら再配置されていった。


 祠の空気が震え、薄白い波紋が床から立ち昇った。

 その波紋は“現在”という層を薄く剥がし、別の層を上から重ねるように広がっていく。

 世界が書き換えられているのだと、皮膚より深い場所が告げていた。


 やがて、祠の奥に浮かぶ三つの石柱のうち、中央のものが音もなく崩れ始めた。

 崩壊ではなく、否定。

 今まで存在していた“前提”が、世界から削除されていく。


 エルドの肩に、何かが触れた気がした。

 振り返ると、そこには黒い縁を纏った影が立っていた。

 顔も輪郭も曖昧で、誰とも言えず、誰かの名残だけを帯びた存在だった。


 その影は、ひどく静かな声で、ただひとつだけ言葉を落とした。


「――選んだ意味を、失うな」


 声が響いた瞬間、祠の灯火が吹き消され、世界が一度だけ反転したように暗転した。


 だが次の瞬間、視界は大きく塗り替えられていた。

 祠の構造が変わっている。

 床の紋章が違う。

 そもそも、この場所に“あったはずの道”が消えていた。


 心臓が脈打つたび、新しい記憶の破片が流れ込んでくる。

 かつて見た光景のはずなのに、初めて見るようにも感じる曖昧な層。

 過去の出来事が、別の順序で並び替えられ、馴染んでいく。


 そして――ひとつだけ、確かな違和感が残った。


 本来そこにあったはずの仲間の姿が、記録から抜け落ちている。

 しかし、喪失の痛みが伴わない。

 “最初から存在していなかったかのように”世界が整っている。


 違う。

 確かにいた。

 その痕跡だけは、記憶の深層に微かに残っている。

 だが世界は、エルドの記憶上書きに合わせるため、ひとり分の存在を矛盾なく“再配置”したのだ。


 誰が欠けたのか。

 どの瞬間が変わったのか。

 何が本来の世界だったのか。


 問いを探せば探すほど、霧は深まる。

 しかし、その中心に――異質な光がひとつ、確かに灯っていた。


 祠の最奥。

 本来なら開かないはずの門が、静かに半ばまで開いている。

 その奥には、形を成しつつある影がひとつ、こちらを待つように佇んでいた。



◆ 分岐を選びたまえ



「時」“喪失を守る老人”


 記憶が上書きされてゆく中、祠の最奥で待っていたのは、杖を持つ痩せた老人だった。

 彼は“消えた仲間”の名を知っているかのように、静かな視線でエルドを迎える。

 老人は記憶の欠損を糧に生きる存在であり、エルドに「奪われた記憶を取り戻すか、このまま改変された世界を受け入れるか」の選択を迫る。


 ---


「分」“時空に取り残された古代兵士”


 半ば開いた門の奥に立っていたのは、砕けた鎧をまとう古代の兵士。

 彼はすでに本来の歴史から消えている存在で、改変された記憶世界の“誤差”として残された者だった。

 兵士はエルドに、世界を書き換える力がどれほど危険で、どれほど甘美なのかを示し、前に進む覚悟の有無を問う。


 ---


「秒」 “記憶の泥人形ヌバル


 門の奥でゆらめいていた影は、粘土のような灰色の肉体を持つ泥人形だった。

 その身体には、消えた仲間の“輪郭だけの面影”がかすかに浮かんでいる。

 世界から削除された存在が、形だけ残った不完全な残滓――ヌバル。

 それは、エルドに触れようと手を伸ばし、「本来の世界を修復するか」「完全な改変を受け入れるか」の岐路に立たせる。




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