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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第五の試練

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BA 《記憶を保存する》

◆ BAルート《記憶を保存する》



 《メモリア・ネクサス》へ至る赤い通路は、静寂そのものだった。霧は完全に消え、代わりに薄く漂う光の粒子が、ゆるやかな流れを描いていた。エルドの歩みに合わせて、粒子はただ静かに後方へ流れ、彼の進路を示すように螺旋を描いた。


 通路の終端に広がっていたのは、祠の中心たる“記憶の湖”だった。まるで底のない赤い鏡のように静止し、外界から切り離された時間を湛えている。湖面のわずかな揺らぎの中には、過去の断片が光の粒子となって浮遊し、それらは触れれば崩れそうなほど脆いのに、同時に世界の根幹を支える核でもあるような強靭さを秘めていた。


 湖の中心へと進むたびに、エルドの胸奥が微かに重くなった。それは、彼が抱えてきた記憶――旅の始まり、選択、過失、希望、そしていまだ形を持たない未来――そのすべてが、湖に反応して脈打っているためだった。赤い霧が足元で細かく揺れ、彼の存在そのものを“記憶”として読み取っている。


 やがて円形の祭壇に辿り着くと、湖は深く呼吸するように光を波立たせた。《レッド・リザーバ》が手の中で膨らむように輝き、祠そのものの鼓動と重なった。祠は静かに告げていた――ここでの選択は、世界のどこかへ遠い未来で必ず届く、と。


 エルドは祭壇中央の窪みに宝玉をそっと置いた。赤い光が湖面から立ち昇り、宝玉の中へと流れ込んでいく。宝玉はこれまで保持してきた層を開き、さらに古い、あるいは彼ではない誰かの記憶を引き寄せるように微細な波紋を広げた。


 湖に浮かぶ断片は、かつての創造者たちが残した記憶の種子だった。祠が試練として残した光景は、その一部に過ぎない。もっと深く、もっと古く、もっと重い記憶の核が、この底なしの赤層に沈んでいた。


 宝玉がすべてを吸収し終えたとき、湖はわずかに沈黙し、古い世界の輪郭が一瞬だけ空間に浮かび上がった。そこには、何層もの歴史が重なり、滅びゆく文明の影と、かすかな希望の芽が織り混ざっていた。宝玉はそれらすべてを封じ込め、静かに閉ざした。


 そして湖面が静まると、世界がわずかにずれるような感覚が広がった。目には見えないが、確かに未来の枝葉が一本、長く伸びたのだとわかる。保存された記憶はただの回顧ではなく、時の流れに“別の層”を作り出す役割を持つ。それは今ではなく、遥か遠い未来に現れるはずの、まだ生まれてすらいない者への贈り物だった。


 やがて湖は、エルドの選択を祝福するかのように淡い光を放ち、足元の祭壇がゆっくりと沈み始めた。宝玉が静かに浮かび上がり、エルドの手の内へ戻る。だがその質量は以前よりも重く、触れた瞬間、彼の心にいくつもの古層が静かに重なった。記憶は彼のものではない。それでも、彼はその全てを抱く資格を得た。


 赤い通路へと戻ると、祠全体が静かに形を変えていた。壁に刻まれた紋様は新たな層を示し、古い道のいくつかは閉ざされ、別の通路が淡い光とともに現れていた。祠そのものが、エルドの選択を記録し、世界の構造に変化を与えているのが見て取れた。


 出口へ向かう途中、空気の質がわずかに変わった。風がないはずの祠で、ほんの短い一瞬、細い流れが頬を撫でた。それは、祠に宿る古い意思が、保存された記憶を見届けた証のようだった。


 外の世界へ続く石扉が静かに開く。光が差し込み、祠の深層で見た記憶の残光が、エルドの背へ淡く照り返す。


 宝玉は静かに脈動した。その脈は、“未来のどこかで必ず出会う者”へ向けて、遠く長く続く道標となる。


 エルドは振り返らずに踏み出した。


 保存された記憶は、彼自身の未来ではなく――“まだ見ぬ誰かの物語”へと受け継がれる。

 そしてその物語が芽を出すとき、祠で刻まれた赤い層は、新たな世界の形を決定づけるだろう。


 静かな足音だけを残し、記憶の継承者は祠を後にした。






















《アナザーエンド》

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