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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第四の試練

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γ¹ 《黒晶の階段を昇る》

◆Iルート γ¹「黒晶の階段を昇る」



 黒晶の螺旋階段は、天井の見えない闇の奥へと静かに伸びていた。段一つ一つは冷たく硬質で、踏みしめるたびにわずかな脈動が足裏へ伝わる。それはまるで階段そのものが巨大な生物の背骨であるかのようで、上へ進むほど、その鼓動はかすかに大きくなっていった。


 周囲には何もなかった。壁も、手すりも、指標となるものすらない。ただ闇の奥から淡い光が点のように瞬き、階段はその光へと続いているように見える。だが、よく目を凝らせば、その光は近づけば遠ざかり、遠ざかれば追ってくるような、不規則なリズムを刻んでいた。


 エルドは一段ずつ、確かめるように階を進んだ。踏みしめるたびに、自分の呼吸と鼓動だけがこの空間の時間を刻む唯一の存在となり、次第に世界そのものが“昇る”という行為だけに収束していく。


 いつからだろう。階段の一段一段が、まったく同じ角度、同じ模様、同じ黒光を宿していることに気づいたのは。


 見上げれば、闇はそのまま天井の位置を変えず、薄く白い霞のような光が遠くに漂っている。見下ろしても同じで、足跡ひとつ残らぬ黒晶の道が、無限に螺旋を描いて続いていた。


 歩き続けるにつれ、エルドの体に奇妙な軽さが宿っていった。疲労が消えたのではない。あらゆる感覚が階段に吸い取られ、身体が徐々に影のように薄くなっていく。足音は響かず、踏む感触も曖昧になり、ただ“上る”という行動だけがこの場に存在し続けた。


 ある瞬間、視界がわずかに揺らいだ。階段の角度が一瞬だけ変わったように思えたが、次の瞬間には元に戻っている。ほんの僅かな違和感だったが、それは階段の構造が“動いている”のではなく、階段そのものが“観察される形を変えている”からだと理解した。


 階段は、進む者の認識を利用して形を保つ。つまり、進めば進むほど、階段は昇る者の願望と疲労と期待を鏡のように反射し、終わりの形を変えてしまう。頂があるように見せかけ、頂がないように見せかけ、永遠に「もう少しで着く」という錯覚の中へ誘い込む。


 足を止めると、空間全体がわずかに震えた。止まるという行為を拒絶するように、階段の脈動が強くなり、前へ進めと促す。しかし、進めば進むほど、その促しはまた弱まり、終わりのない螺旋の中へ落ちていくような感覚が生まれた。


 ふと、ある段に足を置いたとき、見覚えのある傷跡が視界の端に映った。ひび割れた線が、階段の左端に細く走っている。気のせいだと思いながら先へ進み、再び同じようなひび割れが現れた。今度はその隣に、ごくかすかな凹みがある。


 さらに数段進むと、反対側の段にも同じ凹みがあった。


 そこでようやく理解した。これは同じ場所だ。昇るたびに、螺旋が一周し、全く同じ地点へと戻ってきている。だが視界の角度をわずかに変えることで、階段はあたかも上に伸び続けているように偽装されていた。


 ここは“上に向かう階段”ではない。“上に向かっているという意識を生み続ける階廊”なのだ。


 やがて空間の温度が落ち始めた。脈動は弱まり、周囲は深い静寂へと沈む。階段の黒晶は光を失い、ただの闇の中に浮かぶ断片のようになっていく。方向感覚は完全に消え、昇っているのか降りているのかも曖昧になった。


 決して終わらない階段。


 進んでも、戻っても、世界は同じ形を取り戻す。出口も入口も失われ、ただ「昇る」という行為だけが存在する。


 そして――ある段を踏んだ瞬間、視界が静かに反転した。


 再び、最初の黒晶の基部がそこにあった。


 螺旋階段は、何事もなかったかのように、最初からそこに存在していたかのように、静かにエルドを待っていた。


 どれほど時間が経ったのか。あるいは時間という概念が消えてしまったのか。

 階段は問いも答えも与えず、ただ“無限に戻ってくる現実”だけを示していた。


 黒晶の階段を昇る者は、誰であれ必ずこの場所に戻る。


 そしてそのことを理解した瞬間、初めて“無限階廊の試練”は終わるのだった。



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