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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第四の試練

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β² 《層の道》

◆ β² ― 《層の道》:正規ルート ― 深層境界メモリア・アビス



 正面の通路へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。霧は深いが重さはなく、どこか透明度を持った水煙のように漂っている。エルドが歩くたび、足元の赤い円環紋が淡く揺らぎ、光の層を一枚ずつ剥がすように奥へと続いていた。


 《層の道》は他の二つと違い、まったく敵の気配がなかった。だが、それが逆に不安を煽る。霧は静かだが、奥に何か巨大な意思が沈んでいるのがわかる。祠そのものが、長い眠りの中で息を潜めているような――そんな深い静寂。


 壁面にはこれまで見たことのない紋様が浮かび、円環は重層し、まるで“世界の層”を視覚化したかのような構造を形作っていた。手の中の《レッド・リザーバ》が静かに脈打つ。その脈動が反応するように壁の紋が微かに明滅し、見えない何かが“通ってよい”と認めているのが伝わってくる。


 やがて道は緩やかに下り、巨大な空洞へと開けた。そこは天井も見えないほどの深い縦穴で、その中央に円盤状の足場が浮かんでいた。霧の層が何層にも重なり、赤い光を反射させながら静かに揺らめいている。


 足場へと近づくにつれ、エルドの胸に圧力がかかった。痛みではない。しかし、誰かの感情だけが強引に胸へ送り込まれてくるような……そんな不可解な負荷だった。数百年分の祠の記憶が、この場所一帯に焼き付いているのだと直感した。


 円盤へ足を置いた瞬間、霧が裂け、深層の映像が空中へ浮かび上がった。


 ――祠の創造者らしき人物が、巨大な円環装置の前で石を積んでいる。

 ――守護者たちがこの場所へ“未来の欠片”を封じている。

 ――祠はただの試練ではなく、“記憶を世界へ還すための炉”として造られた。


 そして最後の層は、黒い霧に覆われたまま現れなかった。


 その瞬間、深層から地鳴りのような響きが伝わった。祠が反応している。奥に潜む創造の核心、“最後の記憶”が不完全なまま揺らいでいる。


 突如、縦穴の底から黒い霧柱が噴き上がった。それは影獣でも魔物でもない。祠そのものの作用が“試練の形”を取ったものだった。輪郭は曖昧で、肉体を持たず、触れれば思考そのものを削られそうな危険な揺らぎを帯びている。


 足場は激しく揺れ、エルドは体勢を崩しそうになった。霧柱から伸びた影が彼の腰に絡み、引きずり落とそうとする。縦穴は果てしなく深く、落ちれば肉体ではなく精神が溶けて砕けるだろう。


 《レッド・リザーバ》が手の中で震え、強烈な赤光を放った。

 それは、これまで宝玉に蓄えられていた“記憶の層”が共鳴している証だった。


 エルドは影に飲まれかけた片足を引き戻し、宝玉を掲げた。


 赤光は層となって広がり、霧柱の揺らぎを押し返した。影の根は焼かれ、縦穴全体に祠の記憶が共鳴音となって響いた。宝玉はまるで「ここを通すために創られた」と言わんばかりに、祠の構造そのものと連動していた。


 だが、それでも影は残った。祠が隠し続ける“最後の記憶”が、負の層として抵抗しているのだ。


 エルドは呼吸を整え、低く、ただ一つの言葉を呟いた。


「――道を開けろ」


 その瞬間、《レッド・リザーバ》は眩いほどに輝き、縦穴の霧層が一気に裂けた。祠の記憶が持つ“正しき流れ”が、影の層を押し流したのだ。


 影は叫びも音もなく崩れ、縦穴の底へ沈んでいく。

 足場は安定し、頭上から淡い赤光が降り注いだ。


 そこに、霧が収束し、新たな通路が一本だけ現れた。


 祠の最深部――《メモリア・ネクサス》。

 正規ルートの先にのみ開く、記憶の核。


 《レッド・リザーバ》は静かになった。

 だがその沈黙は、嵐の前の静けさのように、重い意味を帯びていた。


 エルドは赤く照らされた道へ一歩踏み出す。


 深層の核心は、祠が隠し続けた“創造の真実”を示すだろう。

 その先に待つものが、救済か破滅か、それとも新たな選択なのか――まだ誰も知らない。



---



◆ 分岐ポイント


──“記憶をどう扱うか”を選ぶ三つの道──


BAルート《記憶を保存する》


 エルドは、赤い貯蔵液の揺らめきを覗き込んだ。湖面の奥には、失われかけた過去が断片となって浮かび上がる。手を伸ばせば、その断片は形を保ったまま、時間の流れから切り離されるだろう。


 彼は静かに導きの欠片を沈めた。赤い光が微かに脈を打ち、記憶は湖に封じ込められる。


 その瞬間、世界の輪郭がわずかに変わり、未来の道筋に新たな枝が生まれた。保存された記憶は、後に必ず彼を助ける“鍵”になるはずだった。



---



BBルート《記憶を上書きする》


 赤い水面に映った自分の影が、ゆらりと歪んだ。湖は“新しい記憶”を欲している。古い記憶を塗りつぶし、新たな像を刻む、危うい力。


 エルドは躊躇いながらも、導きの欠片を高く掲げた。欠片が発する光が、古い記憶の痕跡を淡く溶かし、新しい物語をそこへ流し込んでいく。


 やがて水面は、過去の姿を完全に変えてしまった。

 彼は静かに息を呑む。

 ――戻れない何かが、確かに消えた。

 それでも新しい道は、確かに開かれていく。


---


BCルート《記憶を忘却する》


 レッドリザーバが深く低い波紋を生んだ。それは、過去との断絶を促す呼吸のようだった。


 エルドは、胸奥の重みを見つめるように目を閉じた。導きの欠片を水面に触れさせた瞬間、赤い光が静かに吸い上げられ、彼の中の一部がそっと抜き取られていく。


 失われた記憶は形もなく溶け、湖底に沈んで二度と戻らない。

 代わりに、心は奇妙な軽さだけを残した。


 だがその軽さは、新たな迷路へ踏み込むための、冷たい始まりでもあった。



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