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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第四の試練

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35/115

β¹ 《楔の道》

◆ Eルート《紅の道》 β¹:楔の道



 左の通路に足を踏み入れた瞬間、空気は金属と血の匂いを混ぜ合わせたように重く沈んだ。天井から吊り下がる赤黒い鎖は微かな振動を帯び、まるで触れられるのを待つ生き物の筋肉のように脈打っている。《レッド・リザーバ》はその鼓動を強め、主であるエルドの皮膚越しに、進むほど“代償”を求める強い意思を伝えていた。


 道は静かだった。だが沈黙の下で、祠は息づき、試練の機構がじりじりと動いている気配が漂う。壁面に刻まれた紋様は赤熱し、重なった円環が縦へ横へと連鎖しながら脈動を繰り返す。その光はまるで記憶自体が熱され、形を変えようとしている瞬間のようで、触れればすべてが溶け落ちてしまうかのような危うさを孕んでいた。


 やがて通路は途切れ、広い円形の空間へと続く。中央に置かれた石壇は剣を立てかけているような“楔”の形をしており、周囲には無数の鎖が集束していた。まるでこれまでに選ばれた数々の意志が、この一点に押し込まれてきたかのように、重い残滓を漂わせている。


 《レッド・リザーバ》は石壇の前へとエルドを導き、赤い光の糸が宝玉から伸びて楔へと吸い込まれていく。すると鎖がざわめき、祠の奥深くに眠る“強化の儀”の機構がゆっくりと起動した。


 空間は静かに震え、楔が淡い光を発し始める。エルドの周囲に浮かんだ小さな光点――それらは彼の過去の断片だった。幼い頃に見た光景、大切に守ってきた記憶、師との日々、そして旅の始まり。光点は静かに揺らめき、選び取られる瞬間を待つように漂っている。


 エルドが一歩近づくと、鎖が反応し、溶けた鉄のような熱波が床から噴き上がる。その熱は肉体を焼くものではなく、“記憶”そのものを照らし出すためのものだった。光点は強まり、あるものは赤く、あるものは淡い白に染まり、代償として差し出されるべき断片を祠自身が示しているかのようだった。


 楔へと触れた瞬間、空間全体に深い低音が響いた。鎖は一斉に震え、選ばれた記憶が光となって楔へ吸い込まれる。エルド自身の時間の一部が、静かに祠へと還っていく。


 その代償の瞬間、宝玉が赤黒く明滅し、強烈な力が体内を駆け抜けた。肉体の重さが消え、血が熱く流れ、研ぎ澄まされた感覚が全身に満ちる。祠が付与する“紅の加護”――それは単なる強化ではなく、記憶の喪失と引き換えに得た、新たな存在としての再定義だった。


 やがて鎖の振動は収まり、楔は再び沈黙へと戻った。しかし空間は以前と違い、静けさの中に“選択の痕跡”を残していた。消えた記憶の余韻は、薄い霧のように部屋の隅へ漂い、やがて壁紋へと吸い込まれていく。


 通路の奥から、細い光が差し込む。祠は試練を終え、次の階層へ進む資格を認めたのだ。


 エルドの歩みは静かだった。だがその歩幅はわずかに変わっていた。体は軽く、力が溢れ、反応は鋭い。しかし胸のどこかを探そうとすると、指先が虚空をつかむように滑る瞬間がある。


 それは失われた断片の跡。代償として祠へ戻した“記憶”の影だ。


 だがエルドの歩みは止まらない。祠の奥へ続く道は、紅く淡く光を放ち、彼を次なる試練へと誘っていた。


 紅の道は、選び取られた者の未来を静かに書き換えながら、さらに深い階層へと口を開く。


 その奥には、まだ姿さえ知らぬ“真実の形”が、静かに脈動して待っていた。






















《アナザーエンド》

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