❸ - α 《光の階段を登る》
◆Iルート α《光の階段を登る》
――誤りのルート/精神の守護者
浮かぶ光点のうち、最も澄んだ輝きを放つものが、ゆっくりと上方へ伸びる階段を照らしていた。階段は白金色の光をまとい、段差の一つひとつが微かな振動を伝える。まるで誰かが呼吸しているかのような、静かな脈動だった。
その光には、影の番人の幻惑とは違う安らぎがあった。だからこそ、足が自然と前へ進んだ。高所に至るほど、薄い膜のような光が空間を満たし、下界の気配は遠ざかっていく。かすかな風が階上から吹き下ろされ、額に触れたとき、風の中に小さな囁きが混じる。
――来い。
声でないのに声のように響き、胸の奥を震わせた。
階段を登りきると、そこは大きな空洞だった。壁も天井も見えないほどの白光が空間を満たし、視界の先に巨大な存在が立っていた。人の形に似ているが、その輪郭は永遠に揺れ続ける炎のように定まらない。身体の中心に浮かぶのは、回転する六枚の光輪。階層を守る精神体――〈天頂の守護者ルフ=ヴァリエ〉。
存在は声ではなく直接思考へ語りかけてきた。
『影を越えし者よ。次の門を求めるなら、精神の純度を示せ』
その瞬間、空間全体の光が一気に減衰し、守護者の前に一本の細い光路が伸びた。幅は人一人が通れるほど。右にわずかでも踏み外せば底の見えない奈落が揺らめいている。
守護者は続けた。
『虚偽を抱く者は道を踏み外す。恐れを抱く者は光に焼かれる。迷う者は、下へ堕ちる』
足元の光路が、ぞくりと震えた。
影の番人と対峙した後の精神は安定しているはずだった。しかし、この試練はそれとは別の性質を持つ。影と戦うではなく、意識の輪郭そのものを見抜かれ、わずかな偏りだけで崩落へ導かれる。
歩を進めると、世界が反転した。
足元の光は薄くなり、代わりに守護者の光輪が視界を覆う。六つの輪のうち一つが赤く染まり、怒りを映す幻影が前へ迫った。別の輪は青く沈み、喪失の記憶を呼び起こす。さらに緑の輪が揺れて焦燥を刺激し、紫の輪は疑念を掘り返す。
六つの輪がそれぞれ感情を象徴し、階段の奥で封じていた弱さを暴く。
心の表層に影の番人の残滓が微かに疼き、呼吸が乱れた。わずかな乱れが光路をきしませる。
守護者の影が揺らぎ、言葉が降りる。
『揺らいだ』
足元の光が割れた。
咄嗟の反応で飛び退こうとした瞬間、視界の底が凍りつくように暗転し、重力の感覚が失われた。身体が落ちているのか、世界のほうが沈んでいるのか判別できない。
ただ、守護者の声だけが追ってくる。
『未熟ではない。ただ、整っていないだけだ。ゆえに――次の階へ辿り着け』
その言葉は罰ではなく、導きの響きを含んでいた。
光が砕ける音のあと、エルドは柔らかな地面に落ちた。衝撃は軽く、命を奪うようなものではない。しかし周囲を覆う薄暗い霧が、確かに“誤った道”に踏み込んだ証だった。
遥か上空で光の階段が遠ざかり、守護者の輪郭がかすかに揺れる。
視界の前方、霧の裂け目に三つの影が灯る。
それは次の選択を示す、いや、誤りの階層に導かれた証ともいえる光。




