❷ - β 《記憶の深層へ》
◆ Eルート《紅の道》 β:記憶の深層へ
エルドが視線を三つの道の間で巡らせたとき、導きの欠片が淡い光を放った。その震えはまるで囁きのように、彼を正面の《β》へと誘っていた。円環紋は脈動し、水面に落ちた雫の波紋が広がるように周囲の霧を震わせている。
「……ここだな。祠が真を見せる道は」
足を踏み入れた瞬間、霧が深い水のように絡みつき、周囲の音を吸い込んだ。視界は白ではなく、淡い赤の層へと変化し、まるで内側から灯る血潮の光が迷宮を満たしているかのようだった。
道は緩やかに下降し、壁面には古い刻印が浮かんでいた。輪の連なりは、やがて“誰かの記憶”へと姿を変え、影のような映像を映し出す。人影は複数、祠の守護者らしき者たちの足跡。争い、献身、祈り、そして封印。すべてが断片的で、触れれば壊れてしまいそうな儚さだった。
「祠は……見せているのか。ここに至るまでの記憶を」
ふいに足元の霧が裂け、鋭い冷気が走った。反射的に体を捻るが、霧の刃が肩をかすめ、深く裂いた。熱い血が滴り、白い霧に赤い線を描く。
「っ……! 試練か。記憶が守り手になるというわけか」
周囲に散った記憶の影は形を変え、半透明の魔獣となって立ちはだかった。刃を抜き、応じる。斬撃は影を裂くが、同時に祠の記憶も傷つけるように胸へ鈍い痛みが返る。守るべき物語そのものを切り裂いているような妙な感覚に、エルドは眉を寄せた。
「俺が進むことで、過去の誰かの痛みも蘇る……そんな仕組みか」
影をすべて払うと、霧は静かに沈み、赤い波紋が遠くから寄せてくる。通路の最奥に、ひとつの台座があった。台座の上には、小さな光源のように“朱色の宝玉”が浮かんでいる。
宝玉はただの石ではなかった。まるで内部に炎ではなく、**心臓の鼓動そのもの**を宿しているような脈動を繰り返していた。
「これが……祠の記憶の核か」
触れた瞬間、宝玉は光を放ち、赤の奔流がエルドの腕へ走った。痛みではなく、重さでもない。だが、自分ではない何者かの意思が胸を叩くような衝動が駆け抜けた。
視界が一瞬、別の場所を映す。祠の守護者たちが円環を囲んで祈る場面。誰かが命を落とす瞬間。選択によって破滅した未来と、選択によって救われた未来。あり得たはずの道が幾重にも重なり、その結び目が赤い光として宝玉に封じられていた。
「……これが“記憶炉珠”」
名が、自然に理解として心に流れ込む。
祠が長い年月の中で取りこぼした記憶、犠牲、選択の層を溜め込み、力ではなく“意味”として蓄えた宝玉。
掌に宿した瞬間、導きの欠片が静かに震えた。
「持てというのか。次の階層で必要になる……そういう気配だな」
深手を負った肩からは血が流れ続けていたが、宝玉に触れている間だけ、不思議と痛みがやわらいだ。
台座の奥には、霧の層が静かに割れて一本の道が開いた。
βを選んだ者にだけ開く“真の正規ルート”。祠の核心へと続く道だ。
エルドは肩を押さえながら、赤く揺らめく道の入口へと踏み出した。
「行くしかない。ここまで来たのなら、紅の道の奥にある真意を見届ける」
霧はゆっくりと閉じ、彼の足跡を飲み込むように静まった。
祠は、次の階層で本当の試練を提示しようとしていた。
“記憶炉珠”を手にした者への、逃れられない問いとともに。
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◆ 次なる深層 ―《紅の道:記憶階層を突破した者へ》
入手:記憶炉珠
赤い霧が静かに閉じ、エルドの足元だけが淡い光となって浮かび上がった。肩から流れた血はすでに乾き、痛みは残るが動けないほどではない。祠の空気はさらに重く、まるで深い湖に沈みこむような静圧がかかっていた。
手の中の《レッド・リザーバ》が脈打つ。
脈動に合わせ、周囲の壁紋が反応し、新たな通路が三つの形をとって姿を現す。
祠は、次の選択を迫っている。
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α¹ ― 《楔の道》―紅の加護と代償を秤にかける試練
左の通路は、赤黒い鎖が天井から垂れ下がり、壁に無数の刻印が浮かんでいた。
《レッド・リザーバ》が強く脈打ち、まるで「力」を求められているかのようだ。
通路奥から聞こえるのは、金属が擦れる低い音。
ここは“宝玉を媒介に己を強化する道”。
だがその代償は、肉体ではなく 記憶 に払われる。
過去の一部を失う可能性さえある。
だが、得られる加護もまた、紅の道で最強と伝わる。
選択すれば、エルドは力を得る代わりに何か大切な断片を忘れるかもしれない。
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β² ― 《層の道》―祠の真意へ至る最短ルート
正面の通路は静かで、霧は深く、光は薄かった。
だが、足元には淡い赤の円環紋が続いており、まるで「ここが本筋だ」と示すように伸びている。
《レッド・リザーバ》を入手した者だけが進める“正規中の正規ルート”。
祠の記憶層、その核心へ至る道。
ここでは新たな敵は現れない。
代わりに、祠の“本来の目的”と“創造の始源”が明かされる。
ただし進んだ先では、祠自身が次なる形を再構築し、
これまでの選択すべてが影響した“運命そのもの”の試練が待つ。
王道だが、最も欺かれやすい道と古伝では言われている。
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γ³ ― 《灰の道》―退きながら進む、裏のルート
右の通路は灰色で無紋。
しかし、霧が薄く、どこか風が流れている。
まるで祠の深層から外側へ迂回するような道だ。
このルートは“退く選択”とされる。
だが実際は、祠の外周を沿って進む隠れた裏道であり、
本来対面するはずだった試練を避ける代わりに、
後の階層で必ず“歪んだ別形態”として再登場する。
ここで祠の意思に逆らえば、
次の階では必ず、“逃れた試練の影”が襲い来る。
安堵ではなく、後の負債を背負う道。
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◆ 次の選択
ここからエルドは、次の三つの未来を選ぶ。
β¹《楔の道》
β²《層の道》
β³《灰の道》
どの道も正しく、どの道も代償があり、どの道も結果を変える。
《レッド・リザーバ》は静かに脈動し、エルドの選択を待っていた。




