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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第二の試練

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I - ❷ 記憶の井戸を覗く

◆ Iルート ❷ 「記憶の井戸を覗く」



 透明の道を進むと、空気は次第に湿り気を帯び、耳元で水の滴る音がかすかに響き始めた。足元の石床は滑らかで、苔の匂いを含んだ冷気が深呼吸のたびに肺を満たす。道の両脇に立つ古い壁は、光を吸い込み、まるで記憶そのものを映す鏡のように静かに震えていた。


 やがて道は一つの円形の窪地へと開け、そこに小さな水面――記憶の井戸が姿を現した。水は澄んでおり、表面に触れる光は周囲の景色を映し出す鏡の役割を持っていた。しかし、映る像は現実のそれではない。過去の断片、可能性の残影、心が忘れた感情の波紋が、ゆらゆらと静かに揺れている。


 エルドが覗き込むと、水面は柔らかく波打ち、彼の目に幼い日の光景が浮かんだ。転んで泥だらけになった弟の笑顔、雨に濡れた森の匂い、母の穏やかな声の残響。だが、それらは完全ではなく、どこかが欠けている。鮮やかさは記憶より濃く、音は実際よりも静かで、感触は確かだが、心に触れる温度は不安定だった。


 井戸の水面は、彼の意識に応じて形を変える。思い出の一瞬を求めると、そこに輪郭のはっきりした像が現れ、曖昧さを抱いたままの想いを掬い取ると、光の粒子が漂うようにその影を解き放った。過去の自己と向き合うことは、決して懐古ではなく、自己を見極める試練であると、エルドの内側は静かに告げていた。


 記憶の井戸に映るものは、常に変化する。悲しみと安堵、恐怖と好奇、喜びと痛みが混ざり合い、水面に渦を作る。その中で、エルドは自らの心を試すように、深く息を吸い、冷たい水の感触を思い浮かべた。現実と幻の境界線を見極めること。過去の痛みや喜びを受け入れ、理想ではなく、確かな自分自身として井戸の前に立つこと。


 やがて水面は深く澄み渡り、光が一層鋭く反射した。そこにはもう、幼き弟の幻影は現れない。残るのは、幼さも欠けも痛みも含んだ、自身の記憶の核心のみ。エルドはそれを静かに抱き、揺れることのない決意を心に刻んだ。


 視界が再び変わり、井戸の底から淡い蒼色の光が立ち上がった。光は通路の先へと導く梯子のように見え、彼の歩みに合わせて形を確かにしていく。透明な道がここで途切れ、記憶の深淵から現実の空間へとつながる通路が開かれる。苔むした石壁の間に、微かに水気を帯びた冷気が漂い、古い祠の空気に満ちた静けさが蘇った。


 エルドが一歩を踏み出すと、光はさらに鮮やかになり、周囲の暗がりを蒼い輝きで染めた。光の先には、石床と古い壁、そして静かに空間を支配する深い冷気がある。ここはもはや幻の世界ではなく、知識と記憶、過去と現実が交わる場所。彼は迷わず歩みを進める。足元に微かに響く石の感触が、彼に確かな手応えを伝えた。


 やがて道は自然に開け、中心に据えられた古い石台が視界に入った。そこには、時間を越えて蒼く光る書物――知識の試練が待つ場所への導きがあった。記憶の井戸を経た彼の目には、もう迷いも恐れもなく、ただ真実を探求する決意だけが映っていた。呼吸を整え、エルドは石台へ向かってゆっくりと歩みを進める。



①《蒼の道》へ

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