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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第七の試練

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「敵」―《ガルラル・ハウンド》

◆「敵」ルート

《ガルラル・ハウンド ― 救えなかった名》



 泥の獣は、ゆっくりと身を起こした。



 四肢は不自然なほど長く、背骨の位置が曖昧なまま引き延ばされている。だが完全な獣ではない。肩口の形は人の名残を留め、胸部の隆起はかつて鎧を受けていた空白の輪郭を帯びていた。



 ガルラル・ハウンド。



 エルドの記憶には、その名は「討伐対象」としてのみ存在している。山道を塞ぎ、旅人を裂き、王道を汚染した魔獣。討たれ、灰となり、歴史から削除された存在。



 だが、目の前のそれは――

 ただ、道を塞いでいるだけだった。



 唸り声は低く、警告の域を出ない。

 牙は露出しているが、噛みつく気配はない。



 近づくにつれ、エルドの視界に微かな“ずれ”が混じる。



 泥の表面が剥がれ落ちる一瞬、

 その内側に、異質なものが見えた。



 ――布。



 獣の肩口から、かつて衣服であった繊維が覗く。

 胸部には、金属の欠片が埋もれている。円形の刻印。

 祠とは異なる、しかし見覚えのある構造。



 それは――

 境界都市で配布されていた、護衛兵の識別紋だった。



 思考が、遅れて追いつく。



 この存在は、最初から“獣”だったのではない。

 世界が書き換えた結果、

 「救えなかった誰か」が、“魔獣討伐”という物語に再構成されたのだ。



 ガルラルが一歩、前に出る。

 床に落ちた泥が、水面のように波打つ。



 その動きと同時に、

 エルドの脳裏に、断片が流れ込む。



 ――雪。

 ――狭い谷道。

 ――崩れかけた橋。

 ――誰かが、助けを求めていた。



 だが、そこに“結末”はない。



 記憶は、途中で途切れている。

 世界が、続きを許さなかったからだ。



 ガルラルは吠えない。

 代わりに、首を低く垂れる。



 それは敵意ではない。

 “役割”を待つ姿勢だった。



 討伐されること。

 それだけが、この存在に残された意味。



 エルドは剣を抜く。

 だが腕は、即座に動かなかった。



 倒せば、すべては“正史”に回収される。

 救えなかった者は、最初から魔獣だったことになる。

 後悔は存在しなかったことにされ、

 選ばれなかった未来は、敵という単語に圧縮される。



 それが、

 “結果を定着させる者”に与えられた権能だった。



 ガルラルの身体が、わずかに震える。

 それは恐怖ではない。

 終わる準備だ。



 エルドは理解する。



 この存在は、

 救われることを望んでいない。



 なぜなら、

 救われるという形は、

 この世界にはもう存在しないからだ。



 敵として倒される。

 それが、

 “ここに在った”という唯一の証明になる。



 剣が振り上げられる。



 その瞬間、

 ガルラルの奥に、かすかな人の輪郭が浮かぶ。



 名を持っていた頃の姿。

 誰かを守ろうとした、途中の存在。



 エルドは、心の中でだけ、

 その名を呼ぶ。



 声にはしない。

 ここで言葉を与えれば、

 “敵”という役割が壊れてしまうから。



 刃が、泥を裂く。



 悲鳴はない。

 ただ、静かに――

 何かが“完結”する音がした。



 ガルラル・ハウンドは崩れ落ち、

 灰色の塊へと還る。



 残されたのは、

 床に沈む、小さな金属片。



 識別紋だった。



 それは、魔獣の証ではない。

 人であった痕跡だ。



 エルドの足元で、

 新たな紋章が、わずかに脈動する。



 “敵として終わらせた者”の印。



 その意味を、

 世界はまだ、言葉にしていない。





◆「讞」ルート《The One Who Judges Existence》


 ガルラルの最期と同時に、祠は“敵”という概念の定義権をエルドへと委ねる。以後、出会う存在は自動的に敵とならず、「斬るに値するか」を問われる。

 迷い、保留し、あるいは赦した瞬間、世界の因果は書き換わる。敵とは、生まれるものではなく、決められるものとなった。エルドは剣を振る者から、“存在を裁定する者”へと変質していく。

 だが、その判断は常に不可逆であり、一度“敵”と認めた瞬間、その未来は閉ざされる。



---



◆「縻」ルート《Chain of the Forgotten》


 ガルラルを境に、以後現れる敵すべてに“人であった痕跡”が混ざり始める。獣の奥に名残る記憶、魔物の瞳に宿る躊躇。

 エルドは気づく――敵とは、世界が切り捨てた“誰か”の連鎖であると。倒すたび、彼の内に見知らぬ人生が沈殿していく。

 戦いは浄化ではなく、回収となり、剣は処刑具から記憶の鎖へと変わる。世界は静かに歪み、もはや純粋な“悪”は存在しなくなる。



---



◆「顛」ルート《Enemy of the World》


 ガルラルを“敵”として確定させた瞬間、世界の視線が反転する。

 以後、エルドの存在が微かに“異物”として扱われ始める。道が閉じ、祠が応えず、かつての味方が違和を抱く。

 敵を定義する力は、同時に“世界の敵”を生む力だった。やがて世界は、エルド自身を“修正対象”として認識する。

 誰が敵なのか――その問いは、ついに彼自身へと向けられる。剣は、世界に対して抜かれる運命へと傾いていく。



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