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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第一の試練

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Gルート その手を握る

◆ Gルート《翠の道》

選択:その手を握る



 エルドは、差し出された小さな手を見つめた。

 あの日の川べりで、冷たい水の中へ消えていった細い指。助けられなかった後悔が骨の髄まで染みつき、何度眠っても夢の底から浮かび上がってくる痛み。その象徴が、いま何事もなかったように目の前に立っている。


 恐怖ではない。

 悲しみでもない。

 胸の奥にあるのは、ただひとつ――遠い春の日の温もりだった。


 風が草原を渡り、幻の空が淡く揺れた。小鳥の影が流れ、緑の匂いが満ちる。ここが幻であると理解していても、その世界は傷ついた心の奥を優しく撫でるようだった。


 エルドはそっと息を吸い込む。

 胸が熱い。喉が痛む。だが、その痛みは拒絶を求めるものではない。向き合えと訴える痛みだった。


 エルドはわずかに首を振り、静かに言う。

「……イアン」


 それだけで、幻影の少年は嬉しそうに目を細めた。

 そしてもうひとつ、エルドは低くつぶやく。

「会えて……よかった」


 言葉はそれだけだった。

 あとは、一切の説明も、懺悔も、泣き叫ぶような感情の吐露すらない。ただ、差し出された手へ、自分の手を伸ばす。それだけで十分だった。


 触れた瞬間、幻影の少年は驚くほど温かかった。


 その温もりは、幼いイアンと手をつないで駆け回ったあの日のまま。小石だらけの道で転びそうになるたび、兄である自分をまっすぐに見上げ、信じるように笑っていたあの顔のままだった。

 幻だとわかっている。それでも、指先に触れた感触は、長く失われていた“家族”そのものだった。


 握った手は、少し震えた。

 エルドが震えているのか、幻影が震えているのか、もはや区別はつかなかった。


 そのとき、青空がゆっくりと淡く滲んだ。

 草原の風はいっそう優しく吹き、蔦のさざめきが遠くから流れてくる。空気が光に溶けるように揺らぎ、少年の姿に柔らかなひかりが重なった。


「兄ちゃん、もう……大丈夫だよ」


 その一言だけが、幻影の許された最後の声だった。


 次の瞬間、握っていた手は光となり、指の間からこぼれるように消えていった。

 温度はあたたかく、痛みは静かで、涙は流れなかった。それは、失う再演ではなく、“別れのやり直し”だった。


 消えた光は足元へ集まり、草原が波紋のように揺れる。大地の奥から翠色の光脈が広がり、祠の紋章と同じ模様を形づくった。調和を示す環の形。それは、エルドが過去と向き合い、心の淀みを受け入れ、ようやく辿り着いた“答え”だった。


 光は祠の通路へと向けて道をつくり、その先には静謐な森の奥のような扉が現れた。

 エルドは最後に、消えた少年のいた場所へ視線を落とした。


「ありがとう」


 それだけを小さく告げ、森の扉へと歩き出した。

 真実の弟ではなくとも、その記憶は確かに彼を前へ進ませた。“調和の試練”は終わり、別の未来の扉が静かに開いた。














《アナザーエンド》

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