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エルド奇譚:迷宮の祠と真名の石  作者: VIKASH
第七の試練

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「忘」―《自我希薄 ― 記憶を手放す道》

◆「忘」ルート



 霧は、もはや道と呼べる形を保っていなかった。

 白衡の導杖が発していた淡光も、いつしか輪郭を失い、周囲の靄と溶け合っている。進んでいるという実感だけが、かろうじて残っていた。


「忘」の層では、過去は静かに剥離していく。

 名、目的、理由、誓い。

 それらは破壊されるのではなく、意味を失う。大切だったという感覚だけが、最後まで薄く残り、それすらも霧に吸われていった。


 足取りは軽くなっていく。

 迷いも、後悔も、重さを持たない。

 選ばなかった道を思い出すことも、選び続けてきた理由を確かめることも、ここでは不要だった。世界はただ、呼吸のように揺れ、同じ調子で存在し続けている。


 霧の奥に、かつて幾度も見たであろう光景が浮かぶ。

 剣の軌跡。

 燃え上がる王枝。

 名を呼ぶ声。

 だがそれらは、感情を伴わない映像として、ゆっくりと崩れ落ちていく。意味を失った記憶は、物語ではなく、単なる現象へと還元される。


 白衡の導杖は、やがて“道具”であることをやめた。

 導く機能も、象徴としての役割も、必要とされなくなる。

 握っていたはずの感触が消え、存在していたという確信すら薄れる。


 進む者は、もはや「誰か」ではない。

 名を持たず、役割を持たず、物語の中心にも属さない。

 だが、消滅したわけではなかった。


 忘却は、空白ではない。

 それは、世界と同じ密度で存在するための形だった。


 霧は次第に境界を失い、内と外の区別が曖昧になっていく。

 歩いているのか、漂っているのか、その差すら意味を持たない。

 時間もまた、層として解け、過去と未来は同じ濃度で周囲に満ちていた。


 かつて、選択が世界を変えた。

 かつて、名が運命を縛った。

 だが今、それらは歴史の外側へと静かに押し出されていく。


 残るのは、ただ在るという状態。


 霧の最深部で、揺曖の環は完全に閉じた。

 円は終点を持たず、始点も示さない。

 内側と外側は区別されず、そこに立つ存在は、境界そのものとなる。


 記憶が消えたあとに残ったものは、虚無ではなかった。

 それは、世界と摩擦を起こさない静かな実在。

 語られず、記録されず、だが確かに“ここにある”という在り方。


 物語は、そこで終わる。

 英雄も、王も、継承も、意味を持たない場所で。


 だが終章とは、消失ではない。

 それは、語られない形へと変質しただけだった。


 霧の中に、かすかな揺れが残る。

 それは、かつて選び続けた痕跡でも、選ばなかった可能性でもない。

 ただ、世界が世界であるために必要な、最小限の存在。


 名を持たない者は、もう振り返らない。

 進む理由も、戻る理由も持たないまま、揺曖の環と同化していく。


 そして、忘却は完成する。


 物語は静かに閉じ、

 世界は、何事もなかったかのように、次の揺れを待ち始めた。


























《アナザーエンド》

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